愛され続ける商品は何が違うのか。セブン&アイ・ホールディングス名誉顧問の鈴木敏文さんは「お客の期待度はどんどん高まっていく。だからリスクがあっても売り手が変わり続けなければ、期待度とのズレが広がり、最後には飽きられてしまう」という――。

※本稿は、鈴木敏文『鈴木敏文のCX入門』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

画像提供=セブン&アイ・ホールディングス

■「おいしいもの」は、その次には「当たり前」になる

お客様は商品やサービスの質について、常に100点満点のレベルを求めます。売り手がその期待を超える120点のレベルを提供すれば、お客様は、期待を超えた体験ができたと心理的・感情的に十分に満足するでしょう。

初めは売り手にとって「おいしいもの」は買い手にとっても「おいしいもの」であり、「売りたいもの」=「買いたいもの」となって一致します。

しかし、買い手の期待度は一定ではなく、次第に増幅していきます。そのため、お客様の求める100点満点のレベルは次は売り手にとって120点のレベルに上がります。

これに対し、売り手はとかく、これでお客様に満足してもらえたし、よく売れたからと、同じ120点の商品を出し続けようとします。しかし、買い手にとっては、それは「ただの合格点」で、本当は140点のレベルでなければ満足しません。

お客様は期待以上の価値を感じて初めて満足する。その期待度は一定ではなくどんどん増幅し、以前は「おいしいもの」のレベルが次は「当たり前」になり、やがて、「飽きるもの」に変わる(図7)。

続けて売ろうとする売り手と、続けて食べて飽きる買い手のズレが生じるのです。

■3500万食を売り上げた大人気商品「金の食パン」

結婚にしても、最初のころはちょっとしたことで満足したのが、慣れるとそれが当たり前になって、同じことをやっていてもさほど満足しなくなります。すると、ちょっとした行き違いで不満が募るようになる。

最悪なのは、期待感が下がってあきらめになることでしょう。これがお客様と店との関係だったら、客足は遠ざかり、二度と戻ってきません。

大切なのは、常にお客様の期待を超えることです。売り手は常に高まるお客様の期待度を上回る価値を提供し続けて、初めてお客様のロイヤルティを維持できます。

一例をあげれば、セブンプレミアムゴールドのシリーズに「金の食パン」というヒット商品があります。厳選した材料を使い、手で丸めるという大量生産には不向きな工程も入れて、もっちりとした食感を引き出した商品です。

一斤6枚入りが250円(※2013年の発売当初の価格)と、NB(ナショナルブランド)の売れ筋商品より5割以上、従来のPB(プライベートブランド)商品の2倍の値段にもかかわらず、おいしさが支持され、年間でNB商品の2倍、3500万食という驚異的な実績を上げて、大人気商品になりました。

■1年間で3回のリニューアルを繰り返した理由とは…

新製品として発売されたその日、普通なら「販売促進に力を入れるよう」と檄(げき)を飛ばすところですが、わたしは開発担当者にこう指示しました。

「すぐにリニューアルに着手するように」

金の食パンは際立っておいしい。おいしければおいしいほど、続けて食べればお客様は飽きる。飽きられる前によりレベルアップした商品を投入できるよう、準備を始めさせたのです。

リニューアル版は、ハチミツを増量するなど、原材料を見直し、食感をより高めて、6カ月後に発売しました。その後も手は休めず、リニューアルは1年間で3回行いました。そこまで徹底しなければ、お客様の支持は得られません。

老舗の料理店などでも、お客様は味が変わらないように感じても、実は毎年のように改良改善しているといいます。セブン‐イレブンでも、ざるそばのつゆやおでんの出汁も、毎年、改良改善しています。

お客様に「変わらずおいしい」と思っていただくために、売り手側が変わる。

売り手のあらゆる努力はお客様のロイヤルティを高めるためにある。高い収益はその結果にすぎません。お客様の求める価値を固定的にとらえたとき、その企業や店舗は支持を失うでしょう。

努力を積み重ねてお客様のロイヤルティを築くことができても、一度でも失望されれば、すべてが崩れます。お客様のロイヤルティは得るのは難しく、失うは易しです。

もし、提供する商品・サービスのレベルは落ちていないつもりなのに、お客様が離れていくようであれば、同じレベルを続けていること自体に原因があると自覚すべきでしょう。

■発案者が“高級食パン”に目を付けたワケ

わたしは経営者時代、よく、「鈴木さんはいろいろなアイデアを発案しますが、どうやって情報を収集しているのですか」と聞かれましたが、意識して情報を集めていたわけではありません。

クルマの中でラジオをつけっぱなしにしたり、新聞や本を読んでいたり、人の話を聞いていたりしているときに、これはと思う情報が頭の中のフック(釣り針、かぎ)に向こうから引っかかってくる。それが、何かを考えるときにとっかかりになりました。

出所=『鈴木敏文のCX入門』

誰でも自分の関心のある情報は自然と取り込まれているはずです。わたしの場合、芸能関係の情報など聞いても何も残りませんが、若い人は関心が高いからどんどんフックに引っかかるはずです。仕事においても同じです。

たとえば、わたしが金の食パンの開発を思いついたのも、専門店や高級レストランでは、よりおいしいパンが一斤300〜400円でも人気を博していて、その情報が頭の中のフックに引っかかっていたからです。

低価格ではなく、質を追求したセブンプレミアムの開発も、デフレの中にあっても、多少値段が高くても、質の高いものを消費者が求める例がフックにかかっていたからです。

■木を見て森を見、森を見て木を見る

仮説を立てるときには、「お客様の立場で」考え、未来から発想しなければなりません。もう一つ必要なのは、ミクロとマクロ、木と森の両方に目を配ることです。

コンビニでの商品の発注も、発注者は担当する商品だけを見ていればいいのではありません。商品というミクロだけでなく、ミクロをとおして、お客様の傾向や地域の特性、マーケットのトレンドといったマクロをつかみながら、売り場全体でどのような品揃えで対応していくかと、ミクロへ落とし込んでいかなければ、お客様の期待を超えることはできません。

日々の仕事で実際に手を打つのはミクロですが、ミクロをめぐるマクロの視点をもたないため、仮説をうまく立てられない例がよく見られます。

さまざまなミクロの出来事を見て、マクロのトレンドをつかみ、そこからミクロに落とし込んでいく。「木を見て森を見ず」といういい方がありますが、木を見て森を知り、森を知って、その中にどんな木があるべきかを考えるのです。

■“専門店は別の世界”と思っていては生まれなかった

大ヒット商品となった金の食パンは、「お客様はもっとおいしい食パンを求めているのではないか」という仮説が出発点です。この仮説もマクロとミクロ、両方の視点から生まれたものでした。

マクロの視点で、常に押さえておかなければならないのは、世の中やマーケットのトレンドです。そのとき、目安になるのは、「上質さ」を志向する方向性と、価格の安さなど「手軽さ」を志向する方向性というトレードオフの2つの座標軸です。

出所=『鈴木敏文のCX入門』

金の食パンが発売されたのは2013年4月で、当時、食パンでは低価格競争が続いていました。食パンは従来からスーパーなどでは特売が多く、低価格帯の食パンでは一斤100円を切る価格も珍しくありませんでした。

一方、前述したように、専門店や高級レストランでは、よりおいしいパンが一斤300〜400円でも人気を博していました。そのことは、製パンメーカーも、流通業も、誰もが知りうる事実でした。このミクロの商品の動きを「専門店は別の世界」ととらえれば、その先には進めません。

わたしは、「食パンという毎日食べるものについても、多少高価格であっても高品質のものを食べる心の満足感をお客様は求めている」とマクロのトレンドを読みました。そして、「上質さ」と「手軽さ」のトレードオフの座標軸で見たとき、コンビニの品揃えでは、そこが空白地帯だったので商品を投入し、ヒットに結びつけたのです。

■「コンビニおにぎり」も最初は反対から始まった

みんなが賛成することは、たいてい失敗し、逆にみんなが反対することは、たいてい成功する。

セブン‐イレブンでのおにぎりや弁当の販売もそうです。初めは、「おにぎりや弁当は家でつくるのが習慣だから売れるわけがない」と反対されました。

それに対し、わたしは、材料の質と味のよさを徹底的に追求して、家庭でつくるものと差別化していけば、お客様は「コンビニでおにぎりや弁当を買う」という、これまでにない体験に利便性という価値を見出すだろうと未来の可能性が見えたことで、販売を始めました。

セブン銀行を設立するときも同様でした。流通業が自前の銀行を設立するという、前代未聞のプロジェクトに対し、金融業界を中心に、「銀行が次々経営破綻しているなかで新規参入しても絶対無理だ」「銀行のATMも飽和状態にあるのに収益源がATMだけで成り立つはずがない」という否定論がわき上がりました。

メインバンクの頭取がわざわざ来訪されて、「銀行をつくるといっても、そんな簡単なものではないですよ。わたしたちが(メインバンクとして)ついていて、失敗させたことになり、笑いものになります。だからおやめになったほうがいいですよ」と、親切に忠告されたこともありました。

否定論は総じて、銀行についての既存の定義を前提としたものでした。一方、わたしは、「コンビニにATMがあったら、お客様にとっての利便性が飛躍的に高まる」という未来の可能性が見えたことから、決断しました。

■「本当はそうであってほしい」を探り当て、挑戦する

金の食パンの開発も、過去の経験の延長線上では出てこない発想でした。きっかけは、わたしの素朴な疑問でした。食パンは日本の食事パン市場の約6割を占めます。セブン&アイグループでも、NBの売れ筋商品のほか、PB商品も販売し、販売成績も順調でした。

ただ、わたしはその味にけっして満足していませんでした。世の中のパン専門店や高級レストランでは、もっとおいしいパンが売られ、提供されていました。

鈴木敏文『鈴木敏文のCX(顧客体験)入門』(プレジデント社)

そこで、「コンビニで毎日のように買う食パンについても、お客様はもっとおいしいパンを求めているのではないか」「多少高くても、より質の高い食パンを提供すれば、お客様に価値を感じてもらえるはずだ」と、未来の可能性に目を向けて発売したものでした。

金の食パンのヒットは、食パンのマーケット全体にも影響を及ぼし、街には高品質の食パンを扱う「食パン専門店」が登場し、大手NBメーカーも高価格の高級食パンを発売するなど、高級食パンブームの火付け役になったのです。

目を向けるなら未来に向ける。人々が本当はそうあってほしいと思っているであろうこと、あるいは、思いながらも難しいなと戸惑っていたり、懐疑的になっていることは何かを探り、積極的に挑戦すべきです。

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鈴木 敏文(すずき・としふみ)
セブン&アイ・ホールディングス名誉顧問
1932年長野県生まれ。中央大学経済学部卒業後、東京出版販売(現トーハン)を経て63年イトーヨーカ堂入社。73年セブン-イレブン・ジャパンを創設し78年社長に就任。92年イトーヨーカ堂社長、2003年イトーヨーカ堂およびセブン-イレブン・ジャパン会長兼CEOに就任。05年セブン&アイ・ホールディングスを設立し、会長兼CEOに就任。16年から現職。著書『わがセブン秘録』『挑戦 我がロマン』など多数。
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(セブン&アイ・ホールディングス名誉顧問 鈴木 敏文)