近年、サラリーマンの「副業」が注目を集めています。給与所得が伸び悩んでいるため、少しでも多くの収入を得ようというのが主な動機ですが、中には「スキルアップしたい」「本業とは違う体験がしたい」など、目先の収入以外の動機もあるようです。ただし、副業を禁止する企業もあり、注意が必要です。サラリーマンが副業をする際のコツや注意点について、経営コンサルタントの大庭真一郎さんに聞きました。

無断で副業、懲戒対象になることも

Q.世間で副業が注目されつつあります。この動きは社会全体にどのような影響を与えるのでしょうか。

大庭さん「近年、次の3つの理由から、副業をする人が増えています。まずは、労働力人口の減少です。日本の総人口が実質的に2008年を境として減少していったのに伴い、労働力人口も減少傾向にあります。しかし、企業の事業活動を維持し続けるためには一定の労働力が必要なため、社外労働力の活用に対する企業のニーズが増えています。

2つ目の理由として、『ダイバーシティ・マネジメント』(人材の多様性を生かした組織づくりを行うこと)が必要となったことです。経済のグローバル化が進展し、消費に対するニーズが変化し続けている社会では、経営に多様性を取り入れることが競争優位につながります。そのために社外の人材を積極的に活用しようとする企業が増え、副業の市場が拡大しています。

3つ目の理由は、働き方改革の推進です。働き方改革により企業が長時間労働を是正せざるを得なくなりました。そのため、以前に比べ残業代が減る傾向にあり、サラリーマンの収入も減少しています。そこで、減少した収入を補おうと副業を検討するサラリーマンが増えています。今後、副業をするサラリーマンが増えることにより、終身雇用が崩壊し、雇用の流動化が進むことが想定されます」

Q.副業について、会社経営者はどのように感じているのでしょうか。

大庭さん「一昔前は従業員の帰属意識の低下や機密情報の社外流出防止などの観点から、従業員の副業に対して否定的な考えを持つ経営者が多くいました。しかし、現代では、副業を認めることで次のような利点が得られるため、積極的に副業を解禁する経営者が増えつつあります。

【従業員のスキルアップ】
副業で得たスキルを本業で発揮することで、業務の付加価値が向上する

【従業員の満足度向上】
副業をすることで社会人としてのキャリア形成や経済面での余裕が実現でき、副業を認めてくれる組織(会社)に対する帰属意識が向上する

【企業イメージの向上】
多様な働き方を認めている姿勢を前面に打ち出すことで、働きやすい会社であることをアピールすることができ、優秀な人材を確保しやすくなる」

Q.サラリーマンが副業をする際の注意点について、教えてください。

大庭さん「日本では憲法で職業選択の自由が認められているため、個人が仕事を選ぶ権利は社会的に保障されています。しかし、自分自身が会社に雇用されているということを忘れてはいけません。雇用され、労働の対価として賃金を得ているのであれば、『雇用契約で定められた所定労働時間中は職務に専念する』『会社の利益のために働く』『会社の看板を汚さない』などの義務を履行しなければなりません。

そのため、所定労働時間中の職務専念に支障をきたすような仕事、所属会社と直接的な競合関係にある会社の仕事、世の中の公序良俗に反する仕事などを副業として選ぶことは慎まなければなりません。こうしたケースに該当せず、自分自身の成長につながる仕事であれば、会社の許可を得た上で前向きに挑戦してください。今の時代に合った生き方だと考えます」

Q.サラリーマンが会社に無断で副業した場合、どのようなリスクやトラブルが想定されるのでしょうか。

大庭さん「多くの会社は、就業規則の中で副業に関するルールを定めています。『社内の業務に悪影響が生じる』『会社の機密情報が社外に流出する』などのリスクを防止し、社内の規律を維持することが目的です。

そして、雇用されている従業員は、会社が定めたルールを順守する義務があります。会社に無断で副業をしていることが明らかになった場合、副業に関して『あらかじめ会社に届け出ること、会社の許可を得ること』というルールが決められていれば、就業規則に違反したという理由で、始末書の提出や減給などの懲戒対象となります。

会社の許可を得ずに副業を行い、それにより、会社から指示された残業や休日出勤ができなくなった場合も、職務専念の放棄や正当な理由なく業務の指示に従わない行為とみなされ、懲戒対象となります。会社の許可を得て副業を行う場合でも、所定の労働日や定時直後からの勤務は避けるなどの配慮が必要です」

従業員の副業に関する経営者の悩みとは?

Q.会社経営者から従業員の副業に関して、これまでにどのような相談が寄せられていますか。

大庭さん「副業に関する相談で多いのは、労働時間の管理と、副業を許可した従業員に対する残業などの指示に関することです。

現在の法律では、2つ以上の会社に雇用されて働いている場合は、一部の例外を除いて、それぞれの会社で働いた労働時間を通算した時間が当日の実労働時間になります。実労働時間が法定労働時間を超えた場合は割増賃金の支払い対象となり、36協定で定める時間外労働の範囲にも影響を与えます。2019年4月に改正法が施行された労働安全衛生法による『企業の実労働時間の把握義務』もこのことに影響してきます。よって、会社が副業を許可する場合は、副業によって生じる労働時間についても正確に把握しておく必要があります。

さらに、副業を許可したことで、当該従業員が働くことのできる時間が制限されることがあります。それにより、必要な残業指示が行えなくなり、他の従業員にしわ寄せが生じるケースも発生します。そのような事態を生じさせないためにも、副業を許可する際は本業に支障が生じない範囲で副業することを誓約させるとともに、副業で働く予定を会社があらかじめ把握しておく必要があるのです」

Q.副業を巡り、企業と従業員が良好な関係を築くにはどのようなことを心掛ける必要があるのでしょうか。

大庭さん「企業が多様な働き方を認め、その一環として従業員が副業を行うことで、従業員側にはキャリアの形成やスキルの向上、経済的余裕といった利点が、企業側には従業員満足度や業務の付加価値向上などの利点がそれぞれ生じるのが、理想的な副業の在り方です。そのような関係性を築き上げるためにも、企業側は副業に関する運用ルールを明確にした上で、従業員に周知し、個人の働き方に対して前向きな理解を示す姿勢を表すことが望ましいです。

従業員側も、本業の職務を第一に考えた上で、副業についての報告を会社へ自主的に行う姿勢を持ってください。会社が副業に前向きな姿勢を示しているのであれば、働き方やキャリアの形成などに対する自分自身の考え方をあらかじめ会社に伝えておくことも効果的だといえます」