※この記事は2021年11月09日にBLOGOSで公開されたものです

美空ひばり、とんねるず、おニャン子クラブ、AKB48グループ、坂道グループと数えだしたらキリがないほど日本のエンタメ界に多大な影響を与えている秋元康。作詞家、放送作家、プロデューサーと仕事によって肩書は変わっても、その根底にあるのは“企画力”です。今回の記事では、そんなヒットメーカー秋元康の企画を生み出す思考法に迫ります。

放送作家の深田憲作です。
今回は「テレビ史において最も大きな成功をおさめた放送作家」について書いてみたいと思います。

YouTubeで人気の「本の要約チャンネル」を“テレビマンの本でやってみるコラム”第8弾は、秋元康さんの『秋元康の仕事学』という本をご紹介します。

秋元康の仕事学   Kindle版

秋元さんを「テレビマンの本」というくくりで取り上げることに違和感があるかもしれませんが、秋元さんのキャリアのスタートは放送作家。今でもAKB48や乃木坂46など、AKB48・坂道グループの番組をはじめ、様々なバラエティ番組に関わっているため、僕の中で秋元さんは現役のテレビマンです。

今期は民放の連ドラを3本も手掛けていますし、63歳にして現役バリバリといったところです。

「エンドロールで名前は出ているけどほとんど何もやってないんでしょ?」と思う方もいるかもしれません。僕は何度か秋元さんが監修で入っていたバラエティ番組を担当したことがあるのですが、仕事をする前は「番組の立ち上げ時にアイデアを出すだけでその後はオンエアすら見ないのだろうな」と思っていました。

しかしいざ仕事をしてみると、ディレクターや放送作家が集う制作会議には出席しないものの、総合演出やプロデューサーとの個別会議を定期的に行い、番組内容も細かくチェックしてアイデアを出されていました。なんならほとんどのスタッフが見てもいないようなネット配信限定の動画までチェックして意見するほどだったのです。

面白い企画を思いつくための日常の過ごし方

秋元さんはこれまでに数多くの書籍を出版されていますが、その中でも『秋元康の仕事学』はNHKが秋元さんに密着した番組の派生で作られたもので、「秋元康の企画の考え方」にスポットを当てた内容。

エンタメに関わる人はもちろん、それ以外の人にとっても仕事のヒントが詰まっていると思い、今回取り上げさせていただきました。

まずは、秋元さんが推奨する「面白い企画を思いつくための日常の過ごし方」からご紹介していきます。

秋元さんは「企画とは自分の居場所を作ること」と述べています。企画とはどんな仕事をしている人でもできるもので、その場所で「この人がいないとダメだ」と周りに認められるための手段であると。

秋元さんが講演会で企画について話しているとOLの方からこんなことを言われたことがあるそうです。

「私は会社でお茶汲みばかりで企画のできる部署にいないんです」。

これに対して秋元さんは「お茶を出す時にこの人は胃が弱いとか、この人は昨日徹夜で目が真っ赤とか、それぞれの体調に合わせて効くと言われるハーブティーを出したらそれは企画力のあるお茶汲みになると思います」と答えたそうです。

そして、「企画の入り口は気づくことから始まる」とも述べています。これは幸せにも置き換えられるもので、日常に存在する幸せに数多く気づけるか、それとも何も面白いことがないと思うかで差が生まれるものだと。“企画”とはクリエイターなどの一部の人のためだけのものではなく、「気づく」ことができれば誰もが企画屋になることができるということです。

秋元さんは「企画はあるある話をすることに似ている」と述べているのですが、僕も放送作家をしていて企画の多くはあるあるから生まれていると実感しています。優秀な企画者ほど些細なあるあるに気づいてそれを言語化できているという印象です。

例えば、秋元さんが挙げているあるあるに「本屋で雑誌を買う時、読んだらすぐに捨てるのに一番上ではなく真ん中の方の人に触れられていない雑誌を取ってしまう」というのがあります。このあるあるは多くの人が共感できるでしょう。

しかし、潜在的に思っていても顕在的にこのあるあるに気づいていたという人は少ないはずです。僕が最近、番組の会議で「そのあるある、自分は気づけていなかったな~」と思ったのは「トイレに行ったらなぜかほぼ毎回便器にツバを吐いちゃうんですよね~」というもの。これには女性は共感できないかもしれませんが、会議に出席していた男性の多くが共感して笑っていました。

僕は企業に勤めたことはありませんが、もしも自分が採用面接でその人の企画力を見極めようとするなら「色々なシチュエーションでのあるあるを言ってみてください」と質問するでしょう。気づく力は企画力に直結していると考えているからです。

秋元さんはそんな日常の中で気づいたネタを「リュックサックにどんどん入れて、取り出す時にどれだけ想像力を働かせて拡大できるかが重要」と述べています。秋元さんは以前、新聞で「年末になると上野駅の構内の男性トイレに古い革靴がたくさん捨ててある」というコラムを読んだそうです。

ここから秋元さんが想像したのは「もしかしたら地方から出稼ぎに来た人たちが正月、帰省する時に身をキレイにしようと思ってトイレで新しい靴に履き替えているのではないか?」これがドラマのネタとして使えるなと考えたそうです。

同じ記事を読んでも「ふ~ん、トイレで靴が捨てられているんだ」で終わる人と、想像力を働かせられる人では企画者として大きな差が生まれますね。

人間は予定調和のことをされても響かない

ちなみに『とんねるずのみなさんのおかげでした』の大ヒット企画だった『食わず嫌い王決定戦』は、秋元さんが石橋貴明さんや当時フジテレビアナウンサーだった中村江里子さんらと食事をしている時に生まれました。きっかけは中村さんが「焼きそばに載っている紅ショウガが苦手なんです」と言ったこと。ここから嫌いな食べ物の話で盛り上がり、嫌いな食べ物にスポットを当てたあの企画に繋がっていきました。

これも「誰にでも嫌いな食べ物ってあるよね」「それを嫌いじゃないフリをして食べるのって面白いよね」「どれが嫌いな食べ物か当てるのって面白そうだよね」と気づいて想像力を拡大させたからこそ、あの世紀のヒットが生まれたわけです。多くの人が同じシチュエーションに出くわしてもただの雑談で終わっていたことでしょう。

そして、日常の中で企画に気づくためには常に好奇心を持つことが必要です。あらゆるものを面白がっていないと気づくことはできないし、想像力も働きません。その好奇心の持ち方の一例として秋元さんはこんな話を書いていました。

秋元さんはカレーが評判のお店に行ったら、1回目は当然カレーを食べるのですが2回目はハヤシライスを頼むようにしているそうです。結果的にほとんどの場合は失敗する(=あまり美味しくない)ことが多いそうですが、それでも日頃から色々なものに興味を持って接触するようにするのがよい企画を生むためには必要だと言います。

秋元さんはメディアでコンテンツ作りや企画について話す時によく「予定調和を壊す」といったことを話している印象があります。この本でもその部分には触れていて「それは仕事だけではなく生活の中にも役立てられる」と述べています。

例えとして書いていたのが、息子が悪いことをした時の父親の叱り方。普通の叱り方をしてもおそらく息子には響かない。であれば、息子を釣りに連れていって2時間ずっと何も言わずに釣りをして「帰るぞ」と一言告げる。いつ怒られるのだろうと身構えていた息子にとっては普通に叱るよりもこの方が効果的ではないかと。

つまり、「人間は予定調和のことをされても響かない」ということです。冒頭で述べたように企画職でなくても誰でも企画屋になることはできるということですね。

悪口を引きずるのは「オナラを握ってずっと嗅いでいるようなもの」

そして、著名な方が企画について書いた本に必ずと言っていいほど出てくるのが「失敗との向き合い方」。この本の中には「嫌われる勇気を持つ」という項目があり、僕の心に響いた表現がありました。

それが「人に悪口を言われたらみなさん傷つくでしょう。しかし、悪口を言われてずっと落ち込んでいる人によく言うのは、言った方はその瞬間に満足することが多い。それを言われた方がずっと引きずっているのはオナラを手に握ってずっと嗅いでいるように見える」というもの。

その瞬間は臭かったかもしれないけど、その後も何度も嗅いで「臭いなぁ」と気にしているようで滑稽だと。この例えは、失敗して落ち込むことの非生産性を表現するにはお見事だなと思いますし、今後落ち込むのがバカらしく思えてきます。

「嫌われる勇気を持たないと優れた企画は生まれない」とも述べ、みんながいいと思う平均点の企画ほどつまらないものはない、いい企画ほど賛否両論があるということを意味しています。

秋元さんはメディアに出る時の肩書は「作詞家」にしてもらうようにしているそうです。それは美空ひばりさんという日本歌謡界の最高峰に作詞した『川の流れのように』を認めてもらえたため、作詞に関してはプロと名乗っていいのではないかという意味。

そんな秋元さんの代表作のタイトルのように、秋元さん自身も「あえて流される」という人生哲学を持っているようです。

我々には順風満帆に見える秋元さんの人生ですが、一時期は仕事に悩んで休業していた時期があったそうです。それが30歳頃のこと。そこで秋元さんは日本を離れてニューヨークに行きます。ニューヨークで過ごしている時に日本から連絡があり、依頼を受けたのが美空ひばりさんの楽曲の作詞でした。結果的にそこから生まれたのが『川の流れのように』だったわけです。

この詞を書いたのもニューヨークのホテルの部屋からイーストリバーを眺めていた体験から着想したといいます。人生に行き詰まり休業先としてニューヨークを訪れたことが、自身の代表作を生み出すきっかけとなりました。この体験も含めて秋元さんは「人生に無駄なし」という言葉が好きだと述べています。

どんな苦しい経験にもきっと理由があり、意味がある。無駄と思えるものにも価値があるということです。企画者として気づく力によって差が出るように、この言葉を「それは秋元康だからそんなことが言えるんだ」と思うのか、前向きに捉えるかで人生は大きな差が生まれるような気がします。少なくとも僕は前者でありたいなと思いました。

この本は2011年に出版されたものですが、今読んでも全く色褪せていない内容だと思いました。改めて『秋元康の仕事学』、興味を持たれた方は是非読んでみてください。

深田憲作
放送作家/『日本放送作家名鑑』管理人
担当番組/シルシルミシル/めちゃイケ/ガキの使い笑ってはいけないシリーズ/青春高校3年C組/GET SPORTS/得する人損する人/激レアさんを連れてきた/新しい波24/くりぃむナントカ/カリギュラ
・Twitter @kensakufukata
・日本放送作家名鑑