屋外の春祭りでは誰もマスクをしていなかった(写真:筆者撮影)
今年のゴールデンウイークはJAL(日本航空)のハワイ線の予約数が昨年の約9倍にまで跳ね上がるなど、海外旅行をする人が徐々に増えています。そうはいってもまだコロナ禍であることに変わりはありません。
そんな状況下で、筆者は4月から5月にかけてドイツに渡航しました。その際に感じたのは、目的地の規定、使用する航空会社の規定、乗継をする場合は経由地の規定を事前に調べる必要があり、本来楽しいはずの旅の準備はかなり面倒だったということ。
その体験を振り返りつつ、日本とドイツのどちらの国のほうがより自由なのかを考えてみたいと思います。
ドイツ入国は拍子抜けするほどスムーズだった
渡航前にドイツへの入国について調べたところ、geimpft(ワクチン接種済み)、genesen(感染後に回復)、getestet(検査で陰性) の「3G」のいずれかに該当し、それを証明する書面があれば問題ないことがわかりました。
つまりワクチン接種を受けていない人でも、PCR検査の結果が陰性であれば大丈夫です。ワクチン接種を3回している人であれば、「海外渡航用の新型コロナウイルス感染症予防接種証明書」(いわゆるワクチンパスポート)のみを携帯すればよく、事前のPCR検査は必要ありませんでした。
ワクチンパスポートを入手するためには渡航の日付やパスポート番号などの詳細を申請用紙に記入し、居住区の自治体に郵送します。筆者が住む世田谷区では申請書を送って1週間後に証明書が届きました。
筆者はドイツで育ち、ドイツが母国ですが、コロナ禍になってからドイツに行くのは初めてでした。4年ぶりのドイツということでナーバスになっていたので、日本を発つ前からレストランのホームページをチェックし、コロナに関する規制について読み込んでいました。
バイエルン州の飲食店では4月3日から「3G」を考慮しなくてもよいことにはなったものの、やはり従来どおり「入店の際は、3Gのいずれかに該当することがわかる証明書を持参すること」と記載している店が多かったです。
「せっかくドイツまで行ったのに書類の不備によって入店できなくては大変」と焦った筆者は、世田谷区から送られてきた前出の証明書を3部コピーし、それぞれを別のカバンに入れドイツに渡航しました。別々のカバンに入れたのは、「万一証明書がなくなった時のこと」を考えてのことです。
「ドイツに着いたら、いつ提示を求められてもいいように、証明書は肌身離さず持ち歩こう」と心に決め日本を後にしたのでした。
ワクチンパスポートには目もくれず
ところがドイツのミュンヘンの空港でまず肩透かしを食らいました。入国の際、職員にワクチンパスポートを差し出したものの、それには目をくれず、筆者のパスポートにだけ目を通し「行って良し」の仕草をしました。結局ミュンヘンの空港でコロナにまつわる質問はされませんでした。
レストランでは証明書の提示を求められず(写真:筆者撮影)
拍子抜けはその後も続きます。ミュンヘンに滞在中の2週間、数々のレストランを訪れたのですが、店員さんに証明書の提示を求められたことは一度もありませんでした。皮肉なことにワクチンパスポートの提示を求められたのは、出国した際の成田空港、そして帰国後の羽田空港のみでした。
ドイツはコロナのピークを過ぎていたからということもありますが、どこか鷹揚なところがあるのかもしれません。日本であれば、店の入り口に消毒液が置いてあることが多いですが、ドイツでは消毒液もそれほど見かけませんでした。
ではマスクの着用については、ドイツの規定はどうなっているのでしょうか。州によって規定が違いますが、筆者が滞在したバイエルン州の規定では「公共交通機関の中のマスクの着用義務」があります。それも日本で見かけるような不織布マスクではなく、FFP2マスクの着用が義務付けられているのです。筆者も現地の薬局で購入したFFP2マスクを着用していましたが、当初は慣れず、ちょっぴり息苦しさを感じました。
バスへの乗車ではマスク着用が義務づけられていた(写真:筆者撮影)
筆者は「日本のマスクの常識」が身に染みついています。そのためドイツ流のマスクのつけ方について、疑問に思ってしまいました。ほとんど会話のないバスや電車の中でFFP2マスクの着用が義務づけられている一方で、カフェやレストランなどの飲食店に足を踏み入れると、誰もマスクをしておらず大きな声で話しています。
「会話をする飲食店でこそマスクをしたほうが効果的なのでは……」、「マスクをしない、またはFFP2マスク着用義務の二択だなんて、すいぶん極端だな。普通の不織布マスクでいいのに」と思ってしまいました。
ノーマスクの会食で感染不安に襲われる
以前日本国内で出張をした際に、新幹線やタクシーの中などの移動中はマスクをしっかりつけているものの、いざ会議が始まると「話す時にマスクをするのは息苦しいから」という理由でマスクを外していたドイツ人のことを思い出しました。「大きな声でしゃべる時こそマスクを」というのが日本の常識なわけですが、これをドイツ人に理解してもらうのは難しいところがあります。
ミュンヘン滞在中に友達6人でレストランで会食した際にも誰もマスクをつけておらず、私も含めて大きな声でそれぞれが近況報告をしたり、笑ったり、乾杯したりを繰り返していたので、日本への帰国日が迫ってくると「これで万一コロナに感染したら日本に帰れなくなってしまう。どうしよう」と不安にかられ、会食があった日の夜は眠れませんでした。
ミュンヘンに滞在中、白髪を染めるために地元の美容室に入った時のことです。美容師さんは大変愛想がよく、たくさん話してくれました。会話の中で、筆者が「3日前に外国(日本)から来た」ことを話しても、美容師さんが警戒をする様子はなく、「ところで、マスクは外していいわよ」と言うではありませんか。
聞けばその美容室では、美容師さんなどのスタッフは全員マスクを着用しているものの、お客さんには「ノーマスク」を勧めているのだそうです。美容師さんの話しぶりから感じ取れたのは、「お客さんにマスクをさせないことこそがサービスである」という信念のようなものでした。
マスクを着用することを不自由だと感じている人が多いためドイツではマスクを嫌がる人が多いのですが、それを察してか、ある老舗の飲食店のホームページには、「お客さんも従業員も引き続きマスクをしても構いません。マスクをしていても、マスクをしていなくても、どんなお客さんもウエルカムです」と記載されています。
この店の客は高齢者が多いのですが、「客にマスクをしなくても良いですよ」とお店側が客に伝えることがサービスの一環であるということが読んでとれるのです。
コロナ禍では罰金が科せられたことも
コロナ禍になって一年目の一昨年の4月にドイツ全土で「スーパーマーケットで買い物をする際や公共交通機関に乗る際にマスクの着用が法律で義務化」されました。違反をすると、州によって額は異なったものの15ユーロ〜5000ユーロ(約2000円〜68万円)の罰金を命じられました。
当時、ドイツでは筆者の出身であるバイエルン州の法律が一番厳しく、商店の経営者が店員にマスクを着用させなかった場合、最大で5000ユーロ(約68万円)の罰金が命じられています。罰金を恐れてこのマスク着用の義務に嫌々従っていた人が多かったものの、飲食店でのマスク着用義務がなくなった今は、誰もマスクをしていないのが現状です。
赤いソファーで読書ができる(写真:筆者撮影)
日本では先日政府が「屋外で会話がない場合は、マスクをしなくてもよい」と発表しました。それでも道を歩いていると、マスクを着けている人が目立ちます。日本には昔も今も「マスクをしないと罰金を支払わなくてはいけない」という法律はありません。それにもかかわらず、今に至るまでマスクをしている日本人は多いのです。マスクを「不自由さのシンボル」のように考えている欧州人からすると不思議な光景に映ります。
現在ドイツの生活は、ほぼコロナ禍前に戻っています。あるドイツの大手の本屋さんには、まだ買っていない本を座って読むためにたくさんのソファーが置いてあり、マスクをせずに長居して読書ができます。
絶叫マシンでもノーマスクで絶叫していた(写真:筆者撮影)
筆者は弟とともにミュンヘンで4月末から5月にかけて開催されていた春祭りに行きましたが、絶叫マシーンに乗った人々がマスクをせずに絶叫していて、マスクを着けているのは弟と筆者だけでした。
一昨年と昨年は中止になった世界最大規模であるミュンヘンのビール祭り「オクトーバーフェスト」も今年は3年ぶりに開催されることが決まりました。ビールを飲んで、ベンチの上に立って歌ったり踊ったりする人々がマスクをするとはまず考えられませんから、今年の9月と10月には何万人もの人がノーマスクで酒を飲みながら大騒ぎするわけです。これが良いか悪いかは別として、「日本とはコロナに関する認識がかなり違う」のは確かです。
着陸から空港を出るまで4時間
実はドイツ渡航のうちで一番大変だったのは「日本への帰国」でした。日本へ帰国する前、72時間以内にミュンヘンで日本の厚生労働省の規準に沿ったPCR検査を受けなくてはいけません。日本の規準となっている検査はドイツでは一般的ではないため、これを実施してくれる検査機関はミュンヘン市内に3カ所しかなく、検査のために遠出をしました。
羽田空港は検査で混雑していた(写真:筆者撮影)
日本に入国するために事前に携帯電話に専用のアプリをダウンロードし、羽田空港に到着後は唾液による検査を受けました。羽田での手続きはすべてスムーズにいったものの、検査結果の待ち時間が長かったこともあり、空港を出たのは、飛行機が着陸してから4時間後でした。
日本に帰国して数日後に「来月の6月からは日本への入国に関する規定が大幅に緩和される」と聞き、ドイツに行くタイミングをもう少し後に伸ばしていたら、もっと楽だったかもしれない……とちょっぴり悔しかったです。
ドイツと日本を比べ、どちらのほうが自由なのかを考えましたが、よくわからなくなってしまいました。ドイツでは公共交通機関以外では、マスク着用の義務はありません。しかし、それはあくまでも現時点の話です。一昨年はマスクをしないと罰金を支払わないといけない時期がありましたし、夜間が外出禁止だった時期もありました。
日本では、「まん延防止等重点措置」が適用され、飲食店等に対して営業時間短縮などの要請が発出されましたが、マスクをしないと罰金といった法律はありません。にもかかわらず、日本で相変わらずマスクを着用している人が多いのです。
日本のように同調圧力があるからマスクをせざるをえない雰囲気のほうが不自由なのか、それとも欧州のように、禁止項目を増やして違反した者を法律で厳しく取り締まるほうが不自由なのか。筆者は後者のほうが不自由だと思います。日本には同調圧力があるとはいえ、「国から押さえつけられている」わけではないのですから、コロナ禍においては日本ほど自由な国もないと思うのです。
(サンドラ・ヘフェリン : コラムニスト)
外部リンク東洋経済オンライン