Netflixで3月31日から世界配信が始まった日本テレビの長寿番組「はじめてのおつかい」が海外でバズっている(写真:日本テレビ)

Netflix、Amazon プライム・ビデオ、Huluなど、気づけば世の中にあふれているネット動画配信サービス。時流に乗って利用してみたいけれど、「何を見たらいいかわからない」「配信のオリジナル番組は本当に面白いの?」という読者も多いのではないでしょうか。本記事ではそんな迷える読者のために、テレビ業界に詳しい長谷川朋子氏が「今見るべきネット動画」とその魅力を解説します。

日本の長寿番組がSNS上で超話題

長寿番組「はじめてのおつかい」が突如、海外でバズっています。「海外で大きな反響を呼んでいる」と、Netflix公式アカウントが4月12日にツイートし、その事実を明らかにしました。なぜ、ここにきて国境を越えて話題を呼んでいるのでしょうか。その背景は日本テレビのビジネス戦略から読み解くことができます。


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「はじめてのおつかい」は生まれて初めて「おつかい」に出かける幼児の姿に密着した日本テレビのドキュメントバラエティーとして、国内ではよく知られた番組です。3歳ぐらいになると自我が芽生え始め、小さな子どもでも徐々にひとりでできることは増えるものの、親の代わりにひたすらに役割を果たそうとするその様子はあまりにも健気で純粋。途中、転んで泣いたり、忘れて遊んだり、時に変装したカメラマンに気づきそうになったりと、ありのままの先の読めない内容も飽きません。

いつの時代でも通じる普遍性を持ち、長年、愛されている番組でもあります。初回放送は1991年に遡り、当時、日本テレビ系列で放送されていた情報番組「追跡」のワンコーナーから始まった企画でした。この番組終了後、1994年から「はじめてのおつかい」の番組タイトルで単発番組の放送が続けられ、現在は夏と新春の時期の特番として定着しています。

海外用のタイトルは『Old Enough!』

そして、この春から番組史上最大規模となる世界展開が加わりました。2022年3月31日からNetflixを通じて過去の放送から「おつかい」場面を集めた計20話の世界同時配信が190か国以上で始まったところ。2億人以上のNetflixユーザーに届けられています。Netflixの棚に加わった海外用のタイトルは「Old Enough!」です。日本語にすると「もう大きいもん!」といったニュアンスでしょうか。日本テレビの海外事業部が敢えて直訳せず「短くて世界で通じるキャッチーさ」にこだわって考えたものです。


海外版タイトルは「Old Enough!」。日本テレビの海外事業部が「短くて世界で通じるキャッチーさ」にこだわって付けた(写真:日本テレビ)

その狙いもあってか、予想以上の反応を受けています。初動の段階からツイッターやTikTokなどSNS上で「愛くるしい」「一気見した」といった番組の感想を投稿する数が増え、欧米の大手海外メディアやセレブも積極的にその現象を取り上げ始めています。番組の中身のみならず、日本の番組作りの独自性や子育て論にまで発展しているほど話題になっています。

では、なぜ配信直後から「はじめてのおつかい」が海外で話題になっているのかというと、要因は大きく分けて2つあると分析しています。配信全盛期であることが影響し、“日本らしさ”が最大の売りになっていることが理由の1つ目です。

【2022年4月25日12時00分追記】 記事初出時、番組タイトルに誤りがあったため修正しました。

“日本らしさ”は、子どもの「おつかい」に集約されています。日本の特に昭和の時代は子どもの「おつかい」はお手伝いの一種であり、身に覚えがある方も多いでしょう。今の時代は住む場所によっては危険性を伴うものへと変化していますが、番組では地域が見守ることで成立する「日本の古き良き慣習」として紹介され続けています。その味付けとして北海道・函館や福島・喜多方、東京・月島、宮崎・日南などを舞台に日本の原風景や食、伝統がさりげなく伝えられています。それが総じて“日本らしさ”として映るわけです。


過去の放送から「おつかい」シーンを集めた全20話。途中、忘れて遊んだりする幼児の愛くるしい姿に海外の視聴者も夢中になっている(写真:日本テレビ)

ただし、以前は多種多様な文化や習慣が色濃く反映された番組は“異質なもの”と捉えられがち。海外流通するためには手の込んだアレンジが求められました。配信時代に入るとそれが“独自性”へと変換され、海外流通されやすくなっています。さらにSNSを通じて議論に発展していく傾向が高くなっています。実際に「はじめてのおつかい」を巡って、日本独自の背景を持った「おつかい」文化に関心が向けられています。

子どもごとに10分〜20分の尺

また欧米のスタンダードに合わせて番組を大きく作り変えることが必須ではなくなってもいます。Netflixで配信されている「はじめてのおつかい」は過去の映像が十分に活かされています。日本の放送版との明らかな違いは、世界の多くの視聴者が慣れ親しむリアリティーショーのスタイルに合わせてスタジオトーク部分をカットし、1話の尺を主役の子どもごとに10分〜20分の見やすい長さに再編集している点のみ。あとはB.B.クイーンズが歌うあのオープニングソングから始まり、日本語のいつものナレーションが流れ、日本独特の色とりどりのテロップもそのままです。英語をはじめとする31言語の字幕付きで提供されています。

「はじめてのおつかい」が海外でバズった要因の2つ目は、その背景にビジネス戦略が組み立てられていたことに尽きます。そもそも日本テレビにとって「はじめてのおつかい」の海外展開の真の目的は当然ながら収益化にあるはずです。この番組の海外展開は今回が初めてというわけではありませんが、世界最大規模の配信プラットフォームNetflixを通じてさらに認知度が拡大し、世界中でリメイク化の機運が高まっていることを日本テレビ海外事業部も認めています。

一方、Netflixはドラマや映画のみならず、リアリティーショー番組の多様性にも力を入れる方針を進めています。日本で長年にわたり人気を誇り、撮影方法からコンセプトまで独自性のある「はじめてのおつかい」は理にかなうコンテンツであると思われます。

つまり、日本テレビとNetflixの双方が合致した戦略なくして、結果としてバズを生むことができなかったと解釈できます。


「日本の古き良き慣習」が独自性として映る時代。それが海外でバズを生み出した要因の1つにある(写真:日本テレビ)

すでに「はじめてのおつかい」の海外リメイク化は進められています。海外における子ども向け番組の需要は日本以上に高く、ファミリー層にも受けが良い「はじめてのおつかい」は海外で年々契約数を増やしているところです。

2007年にイタリアで現地版が制作・放送されたのを皮切りに、2009年にイギリス、2011年にベトナム、2013年に中国、2019年にシンガポールで現地版が制作・放送される実績を作っています。ベトナムではシーズン6まで続く人気ぶりで、シンガポールでもシーズン3の制作が決定し、ヒットしていることがわかります。

「¥マネーの虎」の成功例

日本テレビ制作のバラエティー番組が海外で成功している事例は他にもあります。「¥マネーの虎」がその代表例に当たります。海外リメイクの展開国は45を超え、世界的にも世界ヒット番組として認識されています。日本国内では放送終了している番組ですが、アメリカの4大ネットワークのABCやイギリスの公共放送BBCなどで今もなお放送が続いています。

これは要するに長期的なリターンが実現していることを表しています。事実、「¥マネーの虎」単体の海外売上は年々増加し、累計で数十億円の収益を生み出しています。日本テレビにとって今回の「はじめてのおつかい」の海外でのバズは、収益化の本番を意味するものでもあるのです。

(長谷川 朋子 : コラムニスト)