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 ワンコインで天丼を食べられる店といえば、真っ先に『天丼てんや』を挙げる人も多いと思います。33年前(1989年)、東京駅八重洲地下街に創業した当時、天丼といえば千円、2千円するのが当たり前だった時代に、破格値の500円で天丼を提供したことで瞬く間に大人気になり、今では国内外に約180店舗を構えるビッグチェーンに進化しているのは周知の通り。

 かく言う筆者もよく『てんや』に行って天丼を食べます。揚げたてサクサクの天ぷらは衣まで美味しくて、スッキリしたタレで食後も胃もたれゼロ。いつ行っても満足感の高いお店だなぁと感心してしまいます。

てんやの天丼は普通は最初からタレがかかっています

 先日、「500円で本格的な天丼が楽しめるし、てんやってやっぱイイですよねぇ」と仕事で付き合いのある某企業の社長に言ったら、「実はてんやを最高に楽しみ尽くす方法があるって知ってます?」と逆に聞かれました。どうやら社長もてんやファンだったようで、しかも食べ方にもこだわりがあり、「必ず“タレ抜き”にしている」と言うのです。

 筆者は「あのタレこそが美味しい」と思っていたのですが…それにしてもなぜ? 聞けば、「タレなしでも、てんやではタレの美味しさを堪能できます。いや、むしろタレがないほうがてんやのタレの美味しさがよくわかるんです…」と、遠い目をしながら哲学的なことをつぶやいています。いやいや、どういうことかハッキリ言ってください! と詰め寄ると、次のように教えてくれました。

「てんやの卓上には、天丼用のタレと藻塩が置いてありますよね。これをフル活用するんです。さらに60円の大根おろしを追加で頼むこと。これで完璧です。えび天など魚介系は最初、塩で食べ、いんげんなどの野菜系の天ぷらは大根おろしで食べ、適当なところで丼全体に卓上のタレを回しかけて普通の天丼として食べる。そしてこれが最大のポイントなんですが、最後に熱いお茶をもらって天茶にして〆るんです」とのこと。

 どうやら社長はてんやの一杯の天丼を、まるで天ぷら屋のフルコースのように楽しみ尽くしていることが判明。そもそも筆者は“タレ抜き”ができることすら知らなかったので、かなり驚きました。社長いわく、「僕はこの食べ方を“てんやの4回味変法”として社員や友人たちにも布教してるんです」とのこと。なんともアツい心意気。でも本当に美味しいのか? 気になって、数日後に実際にてんやで試してみることにしました。

天丼で天ぷらフルコース気分を満喫できるのか?

おなじみ黄色とブルーの看板の『天丼てんや』

 某日のお昼、近所の『天丼てんや』に到着。中を覗くとほぼ満席で、若い人だけでなく、年配の方が多く、てんやの天丼が老若男女に愛されているということが改めてわかります。満席だったので2分ほど待って、筆者も入店します。

『天丼てんや』のメニュー。表紙には復活した「元祖オールスター天丼」の写真が載っています。[食楽web]

 さて、メニューを見ると、表紙に「今日の気分は、元祖オールスター天丼」(690円)とあります。内容としては、海老、いか、ほたて、まいたけ、れんこん、いんげんの天ぷらが載ったひと品。通常の天丼よりも天ぷらの種類が多く、塩や大根おろしで味わうのに最適なフルラインナップじゃないか…ということで、これをベースにすることに。

卓上には(右から)、漬物、天丼のたれ、藻塩、てんやの醤油、やげん堀の七味唐がらしがスタンバイされています

 いざ注文です。そもそも“タレ抜き”のオーダーがスムーズに通るのか不安だったので、少々緊張しながら「オールスター天丼をタレ抜きで、あと大根おろしをお願いします」と店員の方に伝えると、さも当たり前のように「オールスターのタレなし、それに大根おろしですね。ありがとうございます」と、拍子抜けするほどあっさり通過。そして待つことしばし。オールスター天丼が登場しました。

「元祖オールスター天丼」690円(みそ汁付き)のたれなしと大根おろし60円

 さっそく社長に聞いた方法で食べていきます。まずはまっすぐ背筋が伸びた海老天の先に塩をひと振り。かじりつくと、さっくりカラッと揚がった衣、中からプリップリのエビ。エビの味が際立って感じられます。これは取りも直さず塩のおかげですね。しかもてんやの衣は、薄すぎず厚すぎず、ピタッとエビに寄り添っていて、容易に衣がはがれないという安心感もイイですよね。

サクサクの衣から、プリプリの海老が登場

 続いて、大根おろしに醤油を垂らし、そこにれんこん天をつけて食べてみます。天ぷら×大根おろしが合わないわけがありません。シャクシャクとしたれんこん。大根おろしの甘みと苦みがれんこん天の美味しさを倍加させてくれます。うーん、旨し!

大根おろしと天ぷらは相性抜群!

 塩と大根おろしで天ぷらを少しずつ味わったのち、いよいよタレありの天丼タイムに移行。卓上に置いてある天丼のタレをたっぷりと回しかけて食べます。

少しずつ残した天ぷらの上から天丼のたれをタラーリとかけました

 ここで、社長が話していた「タレなしだと、タレの美味しさがよくわかる」という謎の言葉の意味がよくわかりました。塩や大根おろしで天ぷらを食べ進んだ後にタレをかけて食べると、最初からタレがかかった状態で食べるより、ずっとタレの味が際立ち、美味しく感じるのです。これは不思議な感覚です。

 そして最後は、社長イチオシの天茶にしてみます。温かいほうじ茶を丼に注ぎ入れます。

ご飯と天ぷらを少し残して熱いほうじ茶をかけます

 そのままだと味が薄めなので、天丼のたれ、やげん堀の七味で調整。食べてみると、クタクタになった衣に天丼のタレが衣に染みて、これまた最高に美味。サラサラと飲むように食べ、米粒1つ残すことなくフィニッシュできました。

 というわけで、てんやマニアの社長に教わった天丼の食べ方。やってみてわかったことは、天丼の天ぷらは藻塩だけでも十分に楽しめるし、大根おろしを間に挟むと、てんやの天丼のタレの美味しさがよりくっきり際立つということ。そしてたった1つの丼をこんなにも楽しく食べられるとは…最高としか言いようがありません。ぜひ、皆さんも試してみてください。

(撮影・文◎土原亜子)