この5年間で住んだ地域は4道府県と、現在も更新中。そんな移住生活のオモシロ体験を綴った、アルム詔子の「京女の移住体験記」。

今回は、登山ド素人の私が標高3000m級の山々からなる「立山」挑戦までを綴った3部作の完結編だ。と同時に、いきなりの「京女の移住体験記」の最終回でもある。

私たちの趣味の1つとなった「登山」。1作目では初心者向けの「尖山(とんがりやま、標高559m)」を、2作目では中級の「小佐波御前山(おざなみごぜんやま、標高754m)」を制覇した話を書いた。

そして、今回は遂に本番だ。実際に登ったのは「立山」の中の1つ、「雄山(おやま、標高3003m)」である。

なんだか感動秘話を想像されているかもしれないが、じつは、全くの逆だ。

軽い気持ちから始まった私たちの登山が、結果的にあんな災難に見舞われようとは…。その時の私たちは思いもしなかったのである。

コレって年のせいじゃないよね…

北海道を離れて富山県に移住した年の9月末。

私たちは、標高3000m級の山々の総称である「立山」のうちの1つ、具体的には「雄山」への登山を決めた。ちなみに、登山初心者の私とパートナーの彼が挑戦するに至った経緯は、前作、前々作をご覧頂ければと思う。

当日の9月28日。あいにく天気予報はギリギリの「曇り」だった。曇りといっても、山の気候はすぐ変わる。できれば「晴れ」を期待していたが、事前にweb予約で切符を手配しており、取材予定もあって日程の変更はできなかった。雨具や防寒具を用意し、私たちは朝の5時半に我が家を出発した。

自家用車で行けるのは「立山駅」までである。じつは、立山黒部アルペンルートには、自家用車の乗り入れができない。「立山駅」からケーブルカーで「美女平」まで行き、そこからは高原バスで移動する。料金は往復で1人6,000円ほどだ。所要時間は併せて1時間ほどだが、乗り継ぎの待ち時間も含めると実際は1時間半ほどかかった。目指すは登山のスタート地点となる「室堂(むろどう)」だ。

室堂ターミナルを出たところに石碑があります(筆者撮影)

8時半に室堂に着いて、まずは記念撮影をした。和気あいあいとした雰囲気の私たち。周囲の景色を見て、私が感嘆の声を上げた。

「そうそう、これ。こういうところを歩いて山登りしたかったん」

これまで登ってきた「尖山(とんがりやま)」も「小佐波御前山(おざなみごぜんやま)」も、緑豊かな山であった。木々が生い茂っていたので、虫やらなんやらで大変だったのである。それに比べれば、虫もおらず、この景色である。曇りであってもなんら問題はなかった。

「雄山は3003mだけど。ここがもう2450mだから、そこまで高低差がないしラクかもよ?」と彼。

「せやなあ」と私。

「富山県の小学生は、ここに遠足に来るんだって」

「へえ。小学生が本気の準備なしで行けるんやもん。大丈夫やな…」

スタート地点である室堂は標高2450mの場所にあった。目指す「雄山(おやま)」山頂との高低差は約550mである。ホームページに掲載されているモデルコースでは、有料トイレや山小屋がある「一ノ越」までは1時間、そこから雄山山頂までは50分となっていた。

念のため2倍の時間がかかるとして、昼食の時間も考慮し、取材の時間はかなり遅めに設定していた。膝に不安はあったものの、見渡す限り、緩い坂道が続いているだけだ。のちに階段があっても、かなりの距離をこのハイキングコースのような道で稼げるはずだ。そう見越した私は、勢いよく出発した。

この1本道から、登山がスタートしました(筆者撮影)

しかし、その15分後。突如、異変を感じた。

息が苦しいのである。平坦な道だ。坂道でもなんでもない。なのに、数歩歩いただけで息が上がるのだ。こんなところで、さすがにしんどいとは言えない。コレって、年のせい? まさか、ここにきていきなりの…更年期が来たとか? 分からない。全く原因が分からない。

相談しようと振り返ったと同時に、後ろを歩いていた彼が言った。

「なんか、しんどくね?」

待ち望んでいた言葉だった。

行きもできず、戻りもできず…

ふと、思い出した。

確か…室堂ターミナルの横にはホテルがあったはずだ。標高の高さに慣れず、このホテルで泊まって体を慣らしてから登山する人もいると聞いた。それは、私たちが陥っているこの症状を避けるためだったのだ。今更ながら、重大な事実に気付いた。

「高山病みたい…」と私。

「せやなあ。オレ、めちゃしんどいわ」と彼。

15分前に「ラクかもよ」と言っていた男は、この時点で既に消え失せていた。

それにしても、初めての感覚だ。身体中、どこもしんどくはない。足も疲れておらず、まだまだ歩ける自信はある。それなのに、呼吸が全く続かないのである。すぐに息切れとなって、立ち止まってしまうのだ。前方に、若い女性グループが2つ見えたが、どうやら彼女たちも同じ症状のようだ。

標高2450mでコレなのだ。これよりも550mも高い場所ならどうなるのか。不安で仕方がなかった。正直、取材がなければ、私はこの付近をブラブラして、彼の下山を待とうと考えただろう。しかし、今回ばかりはそういうワケにもいかなかった。仕事が絡んでいるため、選択肢はないのだ。

情けないことに、喘ぎながら歩きました…(筆者撮影)

意を決して、私たちは共に休みながら先へと進んだ。残念ながら、この息苦しさに次第に慣れるということはなかった。この時の私は、「登山」なのに、なぜか「水泳」を思い出していた。それも遠泳だ。息継ぎを重ねてもしんどいアレである。

しかし、「祓堂」を過ぎ、小屋のある中継地点の「一ノ越」まで辿り着いたとき、幸か不幸か、私たちはこの息苦しさに対して関心を失った。そこまで気にしなくなったのだ。

その理由は、ただ1つ。

私たちの前に、ありえない光景が広がっていたからだ。どどーんと、急勾配の岩山が立ち塞がっていたのである。

「ええっ?」と前方を二度見した。

「山」っていうけど、どう考えても「岩」しかない。それも角度が直角過ぎるのだ。

「コレ、上がっていくの?」半ば泣きそうになりながら、私は訊いた。

「そ、そうみたいだな…」彼もギョギョッとしている。

ここまで来て、進めず戻れず。そんな私たちに、更なる試練が…。

ぽつぽつと、小雨が降ってきたのである……【後編につづく】

この岩山のどこを歩けばいいのか…と途方にくれました(筆者撮影)