台湾でデジタル担当政務委員を務めるオードリー・タン氏(撮影:徐嘉駒)

オードリー・タンは、ストーリーの本質を抽出する能力に非常に長けている。そんな彼女は、アメリカの映画『テネット』(原題:Tenet・注1)を2文に凝縮して語った。「時間の順行と逆行が交互に起きることで生まれるパラドックスが、映画の中で『機械による神の降臨』によって瓦解する。古代ギリシャ演劇のように、人間にはどうすることもできない不条理が神の手によって解決されるのです」。

(注1)『TENET テネット』(原題:Tenet)
2020年公開のクリストファー・ノーラン監督・脚本・製作によるSF映画

普通の人はたいてい、本を一通り読んでよく理解できなければ2回、3回と読み返し、ゆっくりと咀嚼することで自分の中に吸収している。一方、オードリーが実践している「スキャン式読書法」の場合は読むのは1回きりで、読書中に執筆者の文脈を止めないことを重視している。そして一区切り読み終えたらベッドに入り、目覚めてから考えると、その本の文脈が完全な形で頭の中にできあがっているという。そんな彼女独自の「高速スキャン読書法」とは?

『天才IT大臣オードリー・タンが初めて明かす 問題解決の4ステップと15キーワード』を一部抜粋・再構成してお届けします。

前回:タピオカミルクティーの仕掛けが何とも奥深い訳(2月11日配信)
前々回:台湾の超天才が「視点を偏らせない」思考を貫く訳(2月4日配信)

執筆者の話の腰を折らない読書法

私の場合、映画を観る時間はなかなか取れませんから、よくシナリオを読んでいます。そのほうが映画を観るより短時間で済むからです。膨大な文書を読むのは私にとって日常ですが、その中から重要なポイントや文脈をつかむために使っている方法があります。最も重要なのは、すぐに判断を下さずひたすら耳を傾けること。文章を読むことも文章と対話することも一種の「傾聴」です。文章との対話、そして他人との対話もすべて「読む」素材なのです。

では先に大量のデータをインプットし、それから落ち着いて判断を下すにはどうしたらいいでしょう。これは練習すれば、誰でも習得できます。相手が話をしている間はその話に黙って5分間耳を傾け、頭の中でむやみに判断しなければいいのです。これを難しく感じる人は多いでしょうが、相手の話に口を挟まないようにするだけなら、まだやりやすいのではないでしょうか。

文章や資料を読むときも同じです。例えば数百ページにも及ぶ分厚い本なら、作者の話の流れに横やりを入れずに最初の200ページを一気に読んでしまい、それから改めて要点を考察します。最初の20ページの段階で早々と判断を下すという行為は、本の内容をインプットするリズムを止めるに等しいからです。

結果として、21ページ目や22ページ目をめくったときにあなたはもう、20ページ目の時点でできあがった固定観念によってそこから先の内容を理解しようとするでしょう。そうなると要点をつかむのは難しくなります。それは最初の20ページから得た印象によって、その後に下す判断が決定づけられてしまうからです。これを「アンカリング効果(先に与えられた数字や情報〈アンカー〉によって、その後の判断や行動に影響が及ぼされるという現象を表す用語)」といいます。

例えばあなたがある本を読み終える前に、あれはこういう意味だとか先回りして判断したら、たいていそれはあなたが「脳内補完」した、あなたがもともと持っていた考えであって、執筆者の考えではないのです。多くの人は本を読む際、執筆者に話をさせずに自分の頭の中の声と対話しているのです。

そもそも数百ページもある本の最初の20ページに目を通しただけで、筆者の言いたいことを理解できるものでしょうか。自分の思い込みで性急に判断を下すのは避けるべきです。先入観は捨てて、まずは最低でも半分は読んでみましょう。要点をつかめるようになるのはそのあとです。せめてそれくらい読まなければ、筆者の頭の中にある設計の完全性を把握することはできないからです。要点の理解は、これを境に簡単になります。判断を急がないこと。これがいちばん重要です。

見開き2ページを2秒で読む

私は今ほとんどの本を、タブレット端末とタッチペンを使用してデジタル形式で読んでいます。紙の本しかない場合も自動スキャナーでページをスキャンし、全文検索できるようにOCR(光学式文字読み取り装置、Optical Character Recognition:画像化された文字をコンピューターが識別可能な電子記号に変換するもの)を使ってデジタルファイルに変換しています。

最近読んだ約400ページの『The Routledge Handbook of Epistemic Injustice(未邦訳)』でしたら、画面に同時に表示される左右の見開きページを私が読み取るのに2秒かかりますから2秒×200回で400秒、つまりこの本を読み取る所要時間は10分以下です。ですから、性急に判断を下すことなく一気に200ページ読むことは可能なのです。

ページを読むときは、すべての行の文字が見えます。1文字1文字読むわけではなく、視線がつねにスキャンし続けるような状態になっています。しかし声には出しません。ポイントはやはり、頭の中で流れを止めないことです。流れを止めてしまったら読み取った内容を覚えておくことは私にもできず、記憶に残るのは私が流れを止めてしまった部分だけでしょう。

この読み方を練習する場合は、最初から分厚い本は選ばず、まずはA4サイズの文章1枚くらいから始めることをお勧めします。そして読み終えたらすぐに眠って、翌朝目覚めたら前日に読んだ内容を思い出してみましょう。するといくつかのキーワードが自然に浮かんできて、頭の中で1つの構造が形成されます。人間は睡眠中に、短期記憶の中で印象深かったことや将来的に役立ちそうなものを長期記憶に書き込むからです。これが、脳が要点を仕分けるプロセスです。

キーワードやキーワード同士の関連性は記憶できる

これは感覚記憶(注2)ではないので、文字の大きさや色を覚えておくことはできませんが、キーワードやキーワード同士の関連性は記憶できます。人間は連想することによって長期記憶を書き込んでいます。つまり私がキーワードや画面、映像などを思い出したときに、文脈構造のつながりが形成されているのです。そこで、私はデジタル形式ならではの全文検索機能を多用しています。

(注2)感覚記憶
音やにおい、味、触覚、視覚といった五感を通じて人間が感じ、記憶として脳内に定着する前の一時的に保持される情報。

ですから、私が読んだ本の内容を人に説明するとしたら、全文検索機能を駆使してキーワードを追いかけ、根拠となる記述を文中から探すでしょう。私の頭の中にはすでに構造ができあがっているので、その構造に関連するデータを調べるのに時間はかかりませんし、しかもランダムアクセスが可能なので、順番に読み返さなくても読みたい部分に直接跳ぶことができます。

大切なのは、判断してはならないのではなく、判断を下すのは一区切り読み終えてからだということです。相手があなたに何かを伝えるつもりで準備を整えているのに、いざ二言三言話したところであなたが口を挟んだら、その人が本当に伝えたいことを理解できるわけがありません。「なるほど」「わかった」などと相槌を打ったところでそれはうそです。脳内補完であり、幻想です。

だからといって何がなんでも1冊読み終えてから判断しなさいと言っているわけでもありません。ただ、せめて半分、あるいは一区切り読めば、作者の主な論点が明らかになっているかもしれないのです。そうすれば客観的に、中立的な判断を下せるでしょう。相手の話の腰を折りさえしなければ、相手や執筆者の文脈を完全に理解して判断することは、極めて簡単なのです。

判断を急がず、データを集めてから行動する

時には判断を下すのが難しい場合もあるでしょう。それは、頭の中に不確かなものが多くて、どういう状況が最適なのかわからないからです。自由に裁量してよい部分が多くなるほど判断が難しくなるのは、客観的なデータによる裏付けに乏しいからです。ですが判断を急ぐのをやめれば、客観的事実とその受け止め方が非常に明白になり、迅速な判断ができるようになります。機が熟したからです。たとえて言うなら、せいろで何かを蒸すのと同じです。もうできたかなと5分おきにふたを開けていたら、いつまでたっても蒸し上がりません。

読み終えたあとに文脈が形成されると、新たな文脈に沿って議論をやり直すこともできるうえ、その議論のあとに行動が触発されるという、より好ましい効果が生まれます。(コロナ禍で打撃を受けた台湾経済を立て直すための)経済振興策を決定する際に、台湾行政院が「振興三倍券(注3)」プランを発表したときがそうでした。

(注3)振興三倍券
国民1人当たり1000台湾元(日本円で約3600円)を自己負担することで、その三倍となる3000台湾元(約1万円)の消費ができる。中華民国(台湾)国籍を持つ国民と、在留資格(居留証)を持つ外国籍配偶者および中国籍配偶者であれば1人1セット受け取れる。使用期間は2020年7月15日から12月末まで。紙の「振興三倍券」のほか、デジタルの振興三倍券(モバイル決済、交通系ICカード、クレジットカード決済)の4種類から選べる。


当時、なぜ現金の直接給付を行わないのかと何度も聞かれたように、このプランには異論が出ることが予想されていました。しかし、私たちは人々が外出できるようになることを望んでいました。当時、現金給付でなく、販売促進のためのチケットを配布するという判断を下したのは、人々は店でお金を受け渡しする体験を求めているのだと理解したからです。

一方で、私たちの真の目的はコロナ禍で苦境にある小売店や飲食店の皆さんに(人々から手が差し伸べられていると感じて)温かい気持ちになってもらうことだとも意識していました。この感覚は自分の銀行口座にお金が振り込まれることでは得られません。人々が外に出て消費活動を行ってこそお金が役立つのです。

この決定を迅速に下すことができたのは、客観的事実と、人々がどんな体験を求めているのかを示すデータが十分に収集できていたからです。やはり初期に性急な判断を下さなかったことが功を奏したと言えるでしょう。

前回:タピオカミルクティーの仕掛けが何とも奥深い訳(2月11日配信)

(オードリー・タン : 台湾デジタル担当政務委員)