◆「性別はない」「普通ってなに?」井手上漠さんが悩み見つけた“自分らしさ”。理解できないのは当然だからこそ、伝えたい想い

PHOTO/AKIRA
日常が大きく変わった今、自分の考え方や行動に対して自信をもつことができたら、今よりもっと前向きになれるはず。今回はジェンダーレスに活躍するモデルで、今年4月に発売された初のフォトエッセイ『normal? 』が話題を集めている井手上漠さんにインタビュー。メディアやSNSを通じて等身大の自分を発信している井手上さんに、“普通”に悩み続けた半生や母の言葉など、自分らしく生きるヒントについて教えていただきました。

◆ジェンダー平等について考える。「性別はない」として生きる井手上漠さんにインタビュー

「性別はない」として生きる井手上漠さん。悩み続けた半生から、改めて考えたい“普通”とは
――今回出されたフォトエッセイ『normal? 』は、かなり踏み込んだ内容だなという印象です。この本を出そうと思われたきっかけは?

私は生物学的には男性として生まれて、いまは「性別はない」と公言して生きていますが、子どもの頃から「なんで普通じゃないの?」や「普通でありなさい」とか、“普通”という言葉をたくさん投げかけられてきました。
“普通”って本当は正解がないはずなのに、まるで正解があるかのように問いかけられるので、私自身も「普通ってなんだろう?」と考えていました。

最近、SDGsやジェンダー平等について取り上げられる中で、私のように当事者が声を上げることが大切だと思うのですが、日本にはまだまだ根強い偏見があり、自分をオープンにできない人が多くいます。「マイノリティ(少数派)」と呼ばれ、「マジョリティ(多数派)」ではない自分を異質な存在と最初から負い目を感じ声を上げられない。そんな人がたくさんいるんです。

この本を通して、「普通ってなんだろう?」と改めてみんなも一緒に考えてほしいという気持ちと、当事者の思いを知ることで、何か意識が変わるきっかけになれば…という思いでフォトエッセイを出しました。


比べる必要はないから。すべてが空気のようにサラッと流れる、偏見のない社会に
――世代を超えて理解を深めるきっかけや、気付きを与えてくれるだけでなく、当事者の方にとっては背中を押される一冊になると思います。

そうだったらいいなと思います。
私の同年代、特に私の周りにはジェンダーに対して偏見がない子が多いんですね。でも、私の母や祖父母の世代になると、昔の文化や「男らしさ、女らしさ」を大事にする風潮がある。もちろん、日本のいいところでもあるし、それを否定するつもりはまったくないんです。18歳という私の年齢も、時代的によかったのかなと思っています。

本当は声を上げていない人が多いだけで、「マジョリティ(多数派)」とか「マイノリティ(少数派)」とか比べる必要もないと思うんです。当事者が声を上げやすいような、または上げなくてもいいような…すべてが空気のようにサラッと流れる、偏見のない社会になればいいなと願っていますが、それが実現して、新しい時代をつくるには20年、30年はかかるでしょう。この本は小さな一歩かもしれないけれど、いつか大きくなっていけばいいな、世界に何か残せたらいいなという願いも込めています。


「誰かを救えるかも」絶対的な味方であったお母さんの言葉が、一歩踏み出すきっかけに
――今、モデルやラジオパーソナリティ、声優などさまざまな分野で活躍されていますが、もともと人前に出ることが好きだったのでしょうか?

実は、もともとの私はすごく内気な性格なんです。自分の思いを誰かに伝えたい、届けたいという気持ちはずっとあったのですが、以前は「伝えたところで、なんになるんだろう」と心の中だけで抑えていました。
自分について誰かに伝えることの意味を感じるようになったのは、中学3年生のときに先生にすすめられて出場した弁論大会がきっかけです。
ただ、私にいちばん大きな影響を与えているのは母の存在ですね。弁論大会に出るときも、しばらくはイヤだイヤだと断っていたのですが、母が「何かが変わるかもしれないね」「誰かを救えるかもしれないね」って背中を押してくれたんです。そこで勇気をもらって出場したら、全国2位という結果になりました。

自分の素直な思いを伝えて賞をもらったとき、自分自身を肯定できたと同時に「私は間違っていなかったんだ」と自信もつきました。それまでは変だと思われたくないという思いから、一般的な男らしい人物を装っていたけれど、これからは自分らしく歩んでゆこうという気持ちに変わりました。

あのとき母が背中を押してくれなかったら、出場していなかったと思いますし、今も自信がなくなるたびに母の言葉を思い出すと、怖くなくなります。


同じ経験をしていないのだから理解できないのは当然。まずはお互いを「認め合う」ことから
――素敵なお母さんですね! これからジェンダー平等の社会にしていくために大切なことは、お母さんのようにまず身近にいる大人が受け止めることでしょうか。

ジェンダー問題を解決するための第一歩は、わたしは「認め合う」ことだと思っています。
当事者ではない人にとっては、まったく自分が経験していないことや感情だから、理解できないのは当然だと思うんです。だから無理やり理解し合おうとすると、硬いものと硬いものがぶつかって割れてしまう。だからまずはお互いの存在を認め合い、調和し合うこと。

もう1つ、次の時代を生きる子どもたちに対して、大人がどんなふうに声をかけるかも大切だと思っています。大人って無意識のうちに悪気なく、「男の子だからこうありなさい」と決めつけてしまいがちですが、そこから見直す必要があるのかなと思います。
子どもたちは私に対しても「なんで男なのに化粧をするの?」「なんでスカートを履いているの?」と質問をぶつけてきます。私はそこで子どもにはわからない、と切り捨てるのではなく、「男だからって化粧したらダメ、スカートを履いてはいけないということはないんだよ。自分が着たいものを着ればいいし、それで楽しかったらいちばんだから」と丁寧に答えるようにしています。そうすると、子どもたちも「そっかぁ」と受け入れてくれる。
多様性を認め合う世界にしていくための第一歩、ですね。


受け入れてくれた母や友達、傷つく言葉をぶつけてくれた人。すべての出会いに今は感謝
――井手上さんが日々を暮らす中で、いちばん大切にしていることはなんでしょう?

「謙虚であること」です。
これは、故郷である島根県・隠岐の島を出るときに、母がくれた言葉なんです。

今回、エッセイを書く上で過去を振り返りながら、改めてこれまで出会ってきた一人ひとりに感謝をしました。
ジェンダーに対して理解がない親御さんが多い中で、母は「漠は漠のままでいいんだよ。それが漠なんだから」と私を受け入れ、いつも前向きに背中を押してくれました。受け入れてくれる友達もいます。
傷つくような言葉もたくさんぶつけられましたが、その人がいなければ私は変わろうと思えなかった。そう考えると、私は本当に恵まれているなと思います。

自分らしさには正解がないけれど、「好き」をとことん追求している時間がいちばん自分らしい

――謙虚に感謝をする。本当に大切なことですね。
今の世の中には自分をどう表現していいかわからないという人がたくさんいると思うのですが、自分らしく生きるためのヒントはありますか?

自分らしさには正解がないけれど、私は「好きなもの」に没頭している時間が自分らしい時間だなと感じます。

例えば、私は美容が大好きなんですが、「男がメイクなんて」と言われたくなくてずっと隠していたんですね。隠すことをやめて、とことん好きなことをやっていたら、「教えて!」と友達に言われたり、新しい友達もできました。さらに、いつか美容のお仕事をやってみたいという夢や希望も出てきました。

あとは、自分とまったく違う価値観の人の話をたくさん聞いて、吸収すること。そこから自分を知るきっかけにもなるし、どんどん価値観や視野が広がり、新しく好きなものが生まれたりもします。

好きなことを突き詰めて開花させている時間はいちばんキラキラしているし、誰から見ても「あっ、あの人素敵だな」と思ってもらえるんじゃないかな。
人は1秒ごとに進化しているので、私自身も常に「自分らしさ」を追求し続けています。

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2021年4月20日に初のフォトエッセイ『normal? 』を発売。発表の翌日にはAmazonランキングで1位に。予約段階にて重版が決定。
エッセイには、自身のルーツ・島根県隠岐諸島にある海士町(あまちょう)での撮り下ろしを掲載。
生まれ育った土地ならではの自然な姿からハッとするような表情まで、美しい島の風景と調和した美麗ショットが堪能できます。
エッセイパートでは、生い立ちや家族、SNSや性についてなど、今まで語ってこなかった事も深く綴った作品となっています。