近年、右肩上がりの好調が続く漫画業界。漫画の制作現場にも注目が集まり、漫画家だけでなく編集者への関心も高まってきた。メディアでも編集者に関する記事を目にする機会が増え、ライブドアニュースでもこうした記事を掲載しては、大きな反響を集めている。

では、編集者は、何を考えて仕事をしているのか?
漫画家は、編集者に何を求めているのか?

「担当とわたし」特集は、さまざまな漫画家と担当編集者の対談によって、お互いの考え方や関係性を掘り下げるインタビュー企画。そこで見えてきたのは、面白い漫画の作り方は漫画家と編集者の関係性の数だけ存在し、正解も不正解もないということだ。

第5回は、「月刊flowers」で連載中の『ミステリと言う勿れ』から、漫画家・田村由美と編集者・永田裕紀子。インタビュー後編では、いよいよ本作の誕生秘話に迫る。ふわふわの天然パーマの主人公・久能整や、「僕、常々思ってるんですが…」から始まる彼の鋭いセリフなど、作品を形作るさまざまな要素について聞いた。

「整のセリフは、私が常々思っていたことが前面に出ているんです」

非常に実験的な試みが行われている本作。終盤では作品の内容にも触れながら、今後の展開についても踏み込んだ。ファン必読のインタビュー、ぜひ最後まで読んでほしい。

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取材・文/加山竜司

「#担当とわたし」特集一覧

田村由美(たむら・ゆみ)
9月5日生まれ、和歌山県出身。O型。1983年に『オレたちの絶対時間』でデビュー。主な作品に『巴がゆく!』、『BASARA』、『7SEEDS』など。『BASARA』で第38回、『7SEEDS』で第52回小学館漫画賞 少女向け部門を受賞。現在、「月刊flowers」で『ミステリと言う勿れ』、「増刊flowers」で『猫mix幻奇譚とらじ』を連載中。
担当編集者・永田裕紀子(ながた・ゆきこ)
メディアワークス、スクウェア・エニックスなどを経て、2007年に小学館に入社。「週刊ヤングサンデー」、「Sho-Comi」に配属後、「月刊flowers」編集部へ。現在の担当作品は『マロニエ王国の七人の騎士』(岩本ナオ)、『オープンクロゼット』(谷和野)など。

    『ミステリと言う勿れ』は読み切り1本だけのはずだった

    『ミステリと言う勿れ』の『episode1 容疑者は一人だけ』は、「月刊flowers」2017年1月号に読み切りとして掲載されました。このときは『7SEEDS』と2本立てでしたね。
    永田 編集部が「2本立てでやってください」と無茶な注文をして……(苦笑)。
    田村 結構何度もやったことあるんですけど(笑)。日頃から描きたいものがあるとせっせとアピールしてるので、「じゃあそろそろ何かやりませんか?」って言っていただいて。じゃあこの話をやってみようか、となりました。
    なるほど。新連載を始める前に、試しに読み切りで読者の反応を見ようと。
    田村 いえ、違うんですよ。このときの『ミステリと言う勿れ』は完全に1本の読み切りとして描いたもので、新連載には別のお話を予定してたんです。
    そうなんですか!
    田村 はい。でも描いてる途中でこのキャラ(整)でもうちょっと描きたいな、とは思っていました。載せていただいたらすごく評判がいいと言われて、続編を描くことになって。そのあたりで当時の担当さんと何度も話し合うことになりました。

    予定通り新連載を始めて、『ミステリと言う勿れ』はたまに、といっても3カ月おきくらいに読み切りで描くか、新連載の作品を置いといて、代わりに『ミステリと言う勿れ』を連載にすることはできないかって。

    でも2作品同時に描くのはしんどかろうと思ったし、『ミステリと言う勿れ』も連続で描けるほど話ができてたわけじゃないので、連載するのも難しいと思って。隔月連載とかはありなのか聞いたら、それはダメということで……。

    そもそも、予定してた作品もずっと描きたかったものだったので、それを引き出しにしまうのも残念で、結構長いこと悩みました。でもせっかく皆さんが楽しみにしてくださってるので、今は『ミステリと言う勿れ』を描くべきなのかなと思って、「連載と言い切らずにシリーズ連作という形でやりましょうか」ってことになりました。
    そういう経緯があったんですね。
    田村 『ミステリと言う勿れ』は、もともと読み切り用だったので、なにもかもすごく気楽にできたところはあります。連載を立ち上げるときはもっと構えるとこがあったりするので。タイトルもすごくするっと出てきて、まったく考えも悩みもしなかったというか、あまりにもするっと出たのでどこかにあったものなのかと調べたんですが、別になくて「じゃあこれで」ってなりました。
    永田 ガッとはまったんですね。でも、今考えても本当に絶妙なタイトルだと思います。「ミステリじゃないじゃん!」と突っ込まれても、「いや、タイトルでそう言ってるし」と言える、みたいな(笑)。
    とはいえ、この作品は「ミステリ」というジャンルを意識して描かれているんですか?
    田村 まったく意識してないわけではもちろんないです。一歩も動かずに犯人を見つけるとか、集まって謎解きとか、雪の山荘とか楽しいシチュエーションは入ってます。ただ本来ミステリって、ルールというか作法があると言われてますよね。「主人公が嘘をついてはいけない」とか「事件を解く手がかりはすべて開示しなくてはいけない」とか。
    「ノックスの十戒」とか「ヴァン・ダインの二十則」が有名ですね。
    田村 そこを意識してないです。自分の思惑はいろいろあるんですけど、「やっぱりミステリですよね」と言ってくださる方もいらっしゃるし、「たしかにミステリではないですね」って言ってくださる方もいらっしゃいます。どのように読んでいただいても構わないので、物語として楽しんでいただけたら幸せです。
    本格的にミステリをやろう、というわけではなかったんですね。
    田村 そもそも最初は事件を解決するとも思ってなかったです。「主人公が犯人と疑われて」「刑事さんたちといろいろ話をして」「疑いが晴れたからもう帰っていいよ、と言われる」というワンシチュエーションの会話劇のプロットでした。刑事さんたちと何を話すかが、この話のメインだったんです。

    でも実際ネームを作る段になってちょっと欲が出て、「ついでに事件を解決できたらいいな」と思い始めたら、こんな感じになって。60ページで予定してたのに足りなくなって、2本立てだった『7SEEDS』のページを20ページぐらい横流しさせてもらいました。2本立てでよかったです。いつもページ調整では編集さんにご迷惑をおかけしてます。
    ▲『7SEEDS』は2001年〜2017年に「別冊少女コミック」(のちに「月刊flowers」に移籍)で連載。隕石落下後の荒廃した世界に放り出された若者たちの、生き様と人間ドラマを描いた。2019年にはNetflixでアニメ化された。
    田村 整は、特に事件を解決しようとは思ってない人だけど、だんだんしなきゃいけない感じになってきたので解決しない回も作ろうと思ってます(笑)。
    永田 ミステリとして謎解きを楽しんでいる読者さんもたくさんいらっしゃるんですけど、圧倒的に多いのは「整くんの言葉が刺さった」という感想ですね。だから、核となるのは「整くんの言葉」なのかな、と思っています。
    ▲第1巻『episode2【前編】会話する犯人』より。人質に「お前が逃げたら残り全員を殺す」と脅すバスジャック犯に、久能の鋭い言葉が刺さる。読者の胸がスカッとする瞬間だ。

    整の発言では「本来やっちゃいけないこと」に挑戦している

    久能整という主人公は、とてもユニークなキャラクターですね。
    田村 こんなにしゃべる人を初めて描いてると思います。セリフだけで画面が埋まってしまう。動きもないです。だから最初、こんな文字だらけの漫画は読んでもらえないかもしれない、とちょっと覚悟もしてました。でも「セリフは多いけど読みやすいです」と言っていただくことが多くて、それはもう本当にうれしいです。
    あのふわふわな髪型は?
    田村 これも、考えたり、迷ったり、何種類か描いてみたということがなくて、当たり前のようにああなってました。もともとくりくりしたキャラは大好きなんですけど。
    自分はこれをアフロだと思ったことはないんですが、そう表記されることが多くて、いつも「???」となってます。天然のパーマでふわふわモフモフしてるイメージです。
    カレー好きも?
    田村 これもなんだか自然に。でも、一番普通に作ってよく食べてる、となったらカレーなんじゃないでしょうか。
    ▲第1巻『episode1 容疑者は一人だけ』の扉絵。まだ読み切り段階、しかも久能整という名前が決まる前に、最初に田村先生が描き上げたカット。「今よりちょっとキリッとしてるでしょう?(笑)」と先生。
    となると、「僕、常々思ってるんですが」で始まる特徴的なセリフも、「整くんならこういうことを言うだろう」という基準で考えているのですか?
    田村 これに関しては、ちょっと特殊な描き方をしています。キャラよりも「話す内容」が先にありました。

    私が日頃から思ってることや、いつか別の漫画でテーマとして置こうかと思ってた文言とかが大量に入ってきてます。これは、やっぱり最初が読み切りだったからなんですね。そういう“型”の作品になってると思います。
    そこは“あえて”なんですか?
    田村 そうです。整が「僕は常々それを思ってるんですが……」と話し始める内容は、私が常々思っていたり、ずっと長いこと考えてきてたりすることです。それこそ「なぜ人を殺してはいけないか」なんて質問に対してです。整が「そういう説がある」とか「最近ネットで見た」と言う場合も、実際に自分が見たり読んだりして知ったことだったりします。へええーっと驚いたり感心したりしたことなんかです。
    それは珍しい作り方ですね。ちょっと意外でした。
    田村 本来、漫画ってそれをやっちゃいけないと言われてます。作者の考えをダイレクトに出すのは。いけないのは承知のうえで、この作品に関しては、意図的に実験的にやってみようと思いました。やはり読み切りから入ったからできたことですね。連載として考えたなら、こうはなってないと思います。

    連載と読み切りって描き方がまったく違うんです。第1話のあたりと最近では、整はだいぶ変わってきたように思われると思います。読み切りだと、キャラを“型”で描くことができます。もし年1本くらいで読み切りとしてずっと発表してたら、第1話のような感じを繰り返してたかもしれません。

    でも連載のように連続で転がしていく形にしようとすると、キャラはもっと生きて考えて成長していかないといけなくなるんです。まあ、これは私の勝手な縛りなんですけど。だから、整もそうなっていってると思います。

    整は決して正解を言ってるわけじゃない。それは願いとか、祈りとか、訴えとか、疑問とか、希望とか、そうしたものだと思ってます。
    個人的な意見や感想も作品に落とし込んでいるんですね。
    田村 「そういうことはTwitterに書けばいいのでは」と言われることもあります(笑)。それは本当にその通りなんです。でも私は漫画家なので、気づいたことや思ったことなんかは漫画にしたく思います。
    「久能整」という名前についてはいかがですか?
    田村 「久能」という名字は先に決まってました。ただ名前はすぐには出てこなくて、当初は「我路(ガロ)」にしようかなと思ってたりもしました。だから、そうなるかもしれないと思って描いた扉カラーとか予告カットは、ちょっとキリッとしてます。それで「わがみち」くんと呼ばれようかなって。でもしっくりこなかった。もっと何か合う名前があるはずと思って。

    昔からストックしてある名前たちを見返していたら、「整・ととのう」という文字を見つけまして。いつ書いたのか、そもそも名前のつもりで書いたわけではない気がするんですけど、「整(ととのう)」くんってありだなと。

    ちょっとやりすぎかと思ったんですが、担当さんもそれがいいっておっしゃってくださって、それで「久能整」って名前が決まったんですが、後になって担当さんが、「“苦悩して整う”ということなんじゃないですか」って言ってくださって、「な、なるほど!」と思いました。

    読者の皆さんが、「整くん、整くん」て呼んでくださるので、この名前はよかったなと思います。とても気に入ってます。

    ……で、我路のほうは別のキャラクターに横流ししました(笑)。彼のほうが似合ったと思います。
    ▲第6巻『episode2.5 骨の在処はまだ』より。『episode2』をきっかけに、久能と深い縁でつながる犬童我路(いぬどう・がろ)。端正なビジュアルで、人気の高いキャラクターのひとり。
    話は変わりますが、『BASARA』や『7SEEDS』は決めゴマでアクションシーンを大きく見せていました。
    田村 はい、なるべく絵で見せようとしてました。本来、漫画ってそうあるべきだと思ってます。
    『ミステリと言う勿れ』はそういった作りにはなっていません。それについて不安はありませんでした?
    田村 読み切りは、いつでも普段の連載とは違うことをやってみようと思う場なんです。普段、自分の漫画はバタバタしてたり、ドカッ、バキッ、見開きでドドーンみたいな擬音と集中線の世界で、そのうえキャラの感情が怒涛のように吹き出しててモノローグがいっぱい、という感じなんですが、今回は全部やめてみようって思いました。整は基本モノローグなしです。我路のほうにあったりします。不安というよりなかなか楽しいです。

    そういえば、デビュー当時、自分の売りはアクションだと思ってたんです。だから、なんとかそういうシーンを入れようといつもしてたら、担当さんに「描けるってことを自慢したいみたいだね」と言われてへこんだことがありました。「売りを入れたらあかんのか!?」って。今ならわかるけど、いやらしく見えてたんだろうな……。

    何年も経って、アクションなしでやってみようとしてるなんて、時間の流れは面白いですね。

    「整の意見=作者の意見」だけど、「整=作者」ではない

    田村先生の作品には、一方的な思い込みをしたキャラクター同士がすれ違ってしまう描写がよく見受けられます。日頃からそういうことを考えてらっしゃるのかな、と思ったのですが。
    田村 答えになるかわかりませんが、私、基本的にコミュ障なんですよ(笑)。いや、笑い事じゃなくて。いまだに人が大勢集まるようなところでは黙ってしまいます。でも近しい人と本音で話したとき、自分のだめさを思い知ることがよくあって。
    「だめさ」に気づく?
    田村 自分で気づいてない欠点や、もしくは知ってて隠しているところ、大事なはずの人に寄り添えなくて相手に悲しく思わせてしまう部分とか。その冷たさがバレてしまって冷や汗をかくとか。他人と交わるって、むしろ「自分」を知ることになりますよね。
    なるほど。
    田村 人とちゃんと話すとか、わかり合うとか、すごく難しいことだと思います。苦手な部分です。そこは整に頑張ってもらいたいですね。
    永田 天達先生も「人に会い」「人を知りなさい」「それは自分を知る旅だよ」とおっしゃってましたね。
    田村 ありがとうございます。これはじつは整が自分を知る話なのかもしれません。
    ▲第7巻『Episode10 嵐のアイビーハウス』より。天達は久能が大学で受講しているゼミの先生。
    自分のマイナス面も(漫画に)出していこう、と考えていらっしゃるんですね。
    田村 新人の頃はカッコつけてたというか、自分の中身を出すというよりは理想ばかり描いてたように思います。自分の恥ずかしい体験や嫌だった思い出とか、自分自身のことは入れないというか。

    でも、『巴がゆく!』の途中くらいからかな。「そこを出してもいいんだな」と思うようになりました。自分の欠点、失敗、嫌なもの、汚い部分。そういうマイナス面でお話を作ってもいいんだ、と。
    それはなかなか勇気のいることですよね。
    田村 読者の皆さんにはこちらの中身がすべてバレてしまいますから。何かを描く・書くって怖いことでもあります。

    でもそうやって長年やってきますと、近しい人との関係の中で起こる葛藤とかで感情的になって一晩中泣いたりしてても、これはあのキャラの気持ちじゃないのか、このキャラも同じかもしれないとか思ったりし始めます。これは現実逃避ともいえますが、のちのち漫画に活かされたりします。あと、まあこういうときは猫がなぐさめに来てくれます(笑)。
    自分の中に降り積もった感情を、キャラクターに投影させている、ということでしょうか?
    田村 「投影」とは、またちょっと違うのかなあ……。先ほど自分が日頃思っていることをセリフに入れていると言いましたが、漫画のキャラクターと自分をイコールだと思ったことはありません。それぞれ別個の人物として存在すると思っています。

    ただ、私がある出来事に対して感じたことは、この人物(キャラクター)だったら同じように感じるかもしれない。私の中にある嫌な部分は、こっちの人物が持っているかもしれない。そんな感じで、あとは自然にセリフになっていきます。しゃべらせてるという感覚はないんですよ。不思議な感じですが、彼らは自分で考えて話してます。だから、『ミステリと言う勿れ』も「整=自分」と思って描いてるわけではないです。

    でも、多少変則的なんです。そうですね、たとえば第1話で整が風呂光と猫の話をするんですが、あれは実際に私の近しい人が同じような状況で猫を亡くして悲しんでたときに、友人がそう言ってくれて、それを私が伝えたら、「そう思ったら少し楽になる…」って言って。私も一緒に泣いてました。だから同じように悔やんでる人がいるんじゃないかって思って描きました。

    ほかにも、たとえば双子編で呼び名の話をするところがあります。私も「お姉ちゃん」と呼ばれてきた長女なんですが、整が言ったことは私が若い頃に思ってたことで、彼女が言ったのは最近私が思うことです。お姉ちゃんと呼ばれるのは決して嫌なことではないんですが、自分の名前がピンと来ない、という時期は長くありました。同じく、天達が話すことも今だから思うことだったりします。

    そんな感じで現実がそのままリンクしたりもしてるのは、今までの作品とは違うところかもしれません。まあ、あの…久しぶりに現代の日常の話を描いてるので違うのも当然かもです。

    整を描くうえで気をつけないといけないと思うのは、彼は若者だということで、自分と同じものを見てきてないということです。そんなこと当たり前なんですけど、うっかりしかねないんです。ああそうだ焼肉行ったことないよな、みたいに。

    整は成長していかないといけないと思ってます。
    ▲第2巻『episode3 つかの間のトレイン』より。「僕は常々思っているのですが」から始まる久能整のセリフは、いつも読者が楽しみにしているポイントのひとつ。

    原稿が上がる最後の1秒まで、面白くすることをあきらめない

    『ミステリと言う勿れ』の場合、ほんのちょっとした指示代名詞(「これ」「それ」「あれ」など)の使い方で意味が変わってくるセリフが多いですよね。編集部としてはチェックが大変じゃないかと思うのですが。
    永田 いやー、チェックというか……。
    田村 自分でもどれが正しいかわからなくなることも多いです。日本語の文法って皆さんご存知ですか? 私は全然わかってないと痛感することが多いです。習ったんだろうか、とか考えながら描いてます。
    永田 ネーム(注1)が終わったらあとは物理的な作画作業に頭を切り替えるという漫画家さんもいらっしゃると思うんですが、田村先生の場合はネーム、下絵、ペン入れといった各段階でどんどんセリフが変わっていくんです。ときにはコマ割りや演出まで。
    ※注1:コマ割りやキャラクターの配置、セリフといった、漫画の構成をまとめたもの。一般的に商業誌の場合、漫画家が描いたネームを編集者が確認し、OKが出たあとで原稿に取り掛かる。
    田村 最近はもう原稿を上げるのがとんでもなくギリギリになっちゃって、「今言うのは本当に申し訳ないですが、ここを変えてください……」とせっせと送ってます(笑)。ちょっとした語尾なんかでも印象が変わりますから。
    永田 本当に最後の最後、原稿が上がる最後の1秒まで面白くすることに貪欲なんだなと。
    田村 普通、皆さんそうすると思うんですけど。
    永田 先生の「普通」はレベルが高すぎるんですよ(笑)。
    田村 そうかなあ。でも、それをいいこととして言っていただけるのはうれしいです。「変えるな」と言われた昔もあるので……。きっと迷惑をかけてるのに。

    言葉の言い回しとか、リズムとか、そこらへんが気持ち悪いと嫌なので延々と直し続けたりします。セリフのリズムはすごく大事なので。

    新人の方に、「説明セリフが多いって言われるんですが…」と相談を受けたことがあったんですが、たぶんそれは量の問題じゃなくてリズムなんだろうな、と。読みやすいかどうか、文の中のどこが大事で、それがはっきりわかるように見せられてるか、無駄な言葉が入ってないか、修飾語の順番は正しいか、みたいな国語の問題というか。これは本当に難しいです。答えを知らないです。そしてやはり思うけど、習ったんだろうか……。
    永田 田村先生がすごいのは、いい意味で他者の反応を気にされるところだと思います。思いどおりのものが描けたら満足するのではなく、人に伝わるかどうかをすごく気にされます。作品を介して読者さんとキャッチボールをしたい漫画家さんじゃないでしょうか。
    田村 これはよくいろいろなところで話しているんですが、20代の頃、漫画家仲間と集まって話していたときに、「読んでくれる人が誰もいない無人島に行ったとしても漫画を描くか?」という話題になったんです。みんなも私も「当然、描くよね」って力強く言ってました。
    面白い話題ですね。
    田村 でも、だいぶ経ってから「誰かがいつか読んでくれると思えるなら描くかもしれない」「絶対に誰も読んでくれないんだったら、本当に描くだろうか?」と自分の中で疑問を持つようになったんです。

    それで、「ああ、私はやっぱり誰かに読んでほしいんだな」って。自分だけが楽しく描ければいいんじゃなくて、読者の方に楽しんでほしいんだってはっきり思うようになりました。
    永田 その考えは商業作家としてすばらしいと思います。自分の情動を表現して終わりではなく、それを他者に読んでもらって、作品に対する反応をちゃんと受け止めようとされていて。
    田村 いや…ただ、逆に面白いと思ってもらえなかった場合、自分も一気に楽しめなくなることがあります。すぐ投げようと思っちゃうから諸刃……。
    永田 本当に田村先生は読み手側の反応をきちんと意識されますよね。
    田村 学生時代、漫研(漫画研究会)にいたときも、「何か描いた? 見せて!」って毎日言ってくれる友達がいて、それがうれしくて、その友達のために毎日何かしら描いていました。カラーだったり、ワンシーンの漫画だったり、4コマみたいなものだったり、設定集だったり。私が描いたものを楽しんでくれて、キャラを好きになってくれて、それはすごく幸せな時間でした。ずいぶん育ててもらった気がします。じつはそれって漫画家になった今も一緒なのかもしれないですね。

    整と我路が仲良く謎解きをする展開も考えていた

    ストーリーを考えるときは、特定のシーンだったりキャラクターだったり、どこから思い浮かべていきますか?
    田村 『ミステリと言う勿れ』は、シチュエーションから入ることが多いです。「取調室でひたすら話す」「バスジャックに遭うけどひたすら話す」「雨の中で記憶を失った爆弾魔とひたすら話す」「病室で隣の人とひたすら話す」「山荘で黒後家蜘蛛の会」「双子を見分ける」などなどです。そこからキャラとか事件があるならいろいろと考えていきます。
    ▲第1巻『episode1 容疑者は一人だけ』より。久能の切れ味鋭いセリフは1話目からエンジン全開。
    事件解決までを考えると、ストーリーの整合性を図る作業はやっぱり大変ですか?
    田村 事件を解決するだけじゃなくて、整が何をしゃべるかが重要なので、そこが一番大変かもです。うまく事件とシンクロできたらいいんですが、そうそう常々思ってることもないというか。事件の整合性は取れてないこともあります。絵に入ってからすごい“抜け”に気づくこともあります。真っ青になることも。だから難しいですね。
    久能くんは結果的に事件を解決することはあっても、犯人を裁きはしないですね。
    永田 犯人を見つけるのが目的じゃないですからね。
    田村 たぶん“悲しく”なっちゃうんですよ……。“哀しい”というか。
    先生ご自身が、個人的に「うまくいった」と思う回はありますか?
    田村 第1話とバスジャック編は考える時間が比較的あったんです。だから割とまとまってると思うんですが、そこから先は自転車操業的で。その中では、雨の中の爆弾魔の話と、病室での会話の話が自分としては結構好きです。

    爆弾魔の話(『episode5』)は、雨と『山賊の歌』と(詩人の)三好達治を入れようととくに理由もなく決めてて、出会いのシーンとその会話部分だけ考えては、楽しくてニマニマしてました。でもそこから爆弾発見にどうつなげるかがわからなくて、ずっとバラバラな感じだったんです。そうこうしてるうちに「3」のキーワードを思いついて、「あ、これでまとまるかも。あと三好達治に3が絡んでたらいいんだけど……え、もう入ってるやん」みたいな、夜中にひとりノリツッコミみたいなことをしてました。「しかも牡羊座のマークって横にしたら3やん」って、だいたいいつもこんな感じで作ってます。家にいると関西弁です。それでなんかわりとキレイにできたのでは、と思います。
    あれは偶然だったんですか?
    田村 そうです。たまたまで。
    「3」をキーワードにしたいから「三好達治」を持ってきたのかと……。
    田村 いえ、ただただ大好きな三好達治を出したかっただけで。「3」が出てきてよかったです。雨関連の本を読んでて思いついたんですけども。
    永田 あれはカチッとはまったんですか?
    田村 はい、自分でも楽しかったですね。病院の話(『episode8』)もシンプルに楽しく作れました。短い方が全体を見渡せるから好きなのかもしれません。
    ▲第4巻『episode5 雨は俎上に降る』より。『山賊の歌』や昭和に活躍した詩人・三好達治の詩の一節など、「雨」にちなんだワードから物語が始まる。
    反対に苦労したのは?
    田村 広島編でしょうか。始まる前に1回休んで考える時間がほしかったんですけど、コミックスのキリのいいところまで一気に載せましょうということで無理やりなだれ込みました。でも、広島に行って遺産相続がらみとしか決まってなかった。これはまとめるのが大変でした。なので、ちょっと異質な雰囲気になってますね。キャラたちはみんな描くのが楽しかったです。誰も殺されない、相続者たちが協力する遺産相続殺人事件を描いてみたかった感じです。

    最近は合間にお休みをいただけるので、ちょっとほっとしてます。

    山荘の話(『episode10』)も、「透明人間」がキーワードとして決まるまでは、結構悶々としてましたね。「透明人間」という言葉自体は序盤から出てくるんですけど、これも例によって単に入れたくて入れてただけで。だいぶ悩んでぐるぐるジタバタしてから、「あれ、透明人間でいいんじゃ…」と気づいた次第です(笑)。だいたいこんな感じで作ってます。
    ▲第7巻『Episode10 嵐のアイビーハウス』より。アイビーハウスと呼ばれる山荘で起きた事件が描かれるが、序盤で相良レンが久能に「透明人間になれたら何したい人?」と聞くところから伏線となっていた。
    永田 点と線でいえば、点はあるんだけど……みたいな感覚ですね。
    田村 そうです。いつも点がバラバラにあるだけなので、なんとかしてつないでいくことになります。その作り方は今までの連載と同じですね。
    永田 『ミステリと言う勿れ』は毎回のページ数が決まっているわけではなくて、雑誌や展開の都合で変動することもあるんですよ。その中でいろいろな要素を入れて、事件ともシンクロさせて……。
    田村 回をまたいじゃうと、雑誌連載はもう1回同じ説明をしなきゃいけないこともあって。本当は1回でまるっと描くほうがやりやすいのかもしれないですね。
    先ほど「整」と「我路」の名前に関する話がありましたが、久能くんにつけようと思っていた名前を犬堂我路につけたということは、『episode2』の時点から、彼もキーパーソンにするつもりだった?
    田村 いや、最初はこんなにたびたび出てくるとは思ってなかったです。だいぶ先ににもう1回出るだろうってことはわかってたんですが、それまでは何も決まってなくて。

    ただ、あのエピソードは整と我路の関係をどうやって終わらせるかで少し考えましたね。あのあと我路が整の家に遊びに来たりして、ふたりで一緒に謎解きをしていく展開も楽しそうではありました。でも腕を送られるシーンが浮かんでしまって、それが捨てられなくて。でもちょっとやりすぎだろうか、とも。

    担当さんに「どっちがいいと思いますか」と聞いたら「それ(腕がらみ)を聞いてしまうとそっち(後者)がいいと思えます」と言ってくださって。「やっぱりそうですよね」ってなってああなりました。
    ▲第2巻『episode2【後編】犯人が多すぎる』のラスト。整と我路が別々の道を進むことが決定的となったエピソード。

    最後の事件をどうするかは、なんとなく決まっている

    気になる今後の展開ですが、毎話の事件とは別に物語全体を貫く「大きな物語」もあると思います。どこまで決めているのでしょう?
    田村 だいたいの大きなかたまりと最後の事件は、なんとなく決まってます。でもやはり点がいっぱいある段階なので、細かいことはまだまだです。そこに行くまで何をどれだけ、どんな順番で描くかは完全に未定です。
    永田さんはその構想について、もう聞いているんですか?
    永田 一応はうかがっています。ただ、そのゴール地点に向かうにしても、まだそこに至るまでのミッシングリンクというか……。
    田村 まだ決まっていないんです。
    永田 やらなきゃいけないことが残っていますよね。我路についてもそうですし、それぞれのキャラクターの結末を、やっぱり描いてほしい。
    もうちょっと掘り下げたいというか、見ていたいキャラクターはたくさんいますよね。
    永田 本筋とはちょっと違いますが、(相良)レンくんはまた描きたいとおっしゃっていませんでした?
    ▲第7巻『Episode10』で初登場した相良レン。コミュニケーション能力や洞察力に長けており、今後も活躍が楽しみなキャラクターだ。
    田村 はい、レンはまた普通に出てきます。たぶん近いうちに。
    おっ。あと、やっぱり久能くんは読者がいろいろと想像したくなる面白いキャラクターですね。今後の展開も楽しみにしています。
    田村 ありがとうございます。今後ともどうぞよろしくお願いします。

    あ、それから、今回編集さんがらみの昔話をいろいろと語ってますが、年月も経ってるので、自分の中で改ざんされたり、捏造したりしてるところが多々あるかもしれません。忘れていることも。編集さんの方々にうかがったらまた違う見方やご意見があるんだと思います。だからこれは完全に私サイドだけから見た真実です。編集さんサイドにも真実がきっとあります。

    ありがとうございました!
    永田さん、これからもよろしくお願いいたします! なんとか頑張ります。
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    作品紹介

    漫画『ミステリと言う勿れ』
    既刊9巻
    価格472円(1〜3巻)、ほか499円(すべて税込)


    ©田村由美/小学館

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