食楽web

 タベアルキストのマッキー牧元さんといえば、年間500食以上を外食するなど、日々美味しいものを探究し続けるだけでなく、近年は『虎ノ門横丁』をプロデュースするなど、「食」に関するさまざまなシーンで活躍する食いしん坊の代表格。

 そんな食に対してどこまでも貪欲なマッキー牧元さんが、今回目指したのは、岩手県の北三陸地方。目的は、岩手県北東部を中心とする北三陸地方のセレクトアンテナショップ『北三陸エクスペリエンス』に参加する生産者を訪ねるためです。

『洋野うに牧場』のウニを食べるマッキー牧元さん。品のあるきれいな味に感嘆した

『北三陸エクスペリエンス』とは、北三陸を発信していくために、こだわりの生産者が集結したオンラインストア&実店舗。マッキー牧元さんが北三陸のふたりの生産者のもとを訪ね、見つけてきた美味とは? マッキー牧元さんによるエッセイをお楽しみください!

ウニがむき身で販売されている理由。その答えが北三陸にあった!

洋野町の種市漁港にある『北三陸ファクトリー』。その一角に実店舗がある『北三陸エクスペリエンス』は、“味わう”だけではなく、食材を生み出す北三陸の自然や季節感、生産現場の空気感までを体感し、生産者の哲学にふれあい、共鳴できることをモットーにしている

 ウニはなぜ、木の箱などに並べられたむき身で流通されるのだろうか? 高級感を高めるためか。身が脆弱のためか。見栄えのよさか。あるいはそのすべてか。以前より、そんな疑問を抱いていた。その秘密は、北三陸にあった。

 北三陸とは、岩手県宮古から青森県八戸までの洋野町、久慈市、野田村、普代村などの三陸沿岸北部地域をいう。その洋野町に、『洋野うに牧場』が存在し、『北三陸ファクトリー』の拠点がある。

 高台から『うに牧場』を見せてもらう。大きな空の下、海岸線に沿った海中の固い岩盤に、数十本の溝が整然と並んでいる。古代の海底遺跡かと思う光景である。その一本一本の溝で、ウニを育てているのだという。

高品質な天然ウニを、安定的に出荷させることができる画期的な畜養方法

 ウニは悪食である。英語ではsea urchinといって、直訳すれば「海のハリネズミ」となるが、「海の悪ガキ」という意味もある。それは、なんでも食いつくすからである。おちょぼ口ながら、ダイヤモンドより硬い歯で、貝殻や木片、プラスティック、ガラスまで、貪欲に食べてしまう。

 そのため自然の生態系にいるウニは、個体差がある。飲食店で、ウニを殻ごと出す店が少ないのはそのせいである。開けてみないと、美味しいウニかどうかはわからない。味と色合い、身入りなどがマチマチで、人によれば、6割は使えないウニだという。つまりウニが高級なのは、歩留まりが悪いからであり、木の箱などにむき身が並べられて流通しているのは、質の高いウニの身だけを取り出して出荷ているからなのであった。

稚ウニから育て上げ、大きくなったところで外洋に面した沖へと放つ

 洋野町の先人たちは、それをなんとか変え、身入りが安定した質の高いウニを育てるべく、沿岸の岩盤に溝を掘り、育て上げる仕組みを作ったのである。つまり溝の中には、ワカメと昆布しか生育していない。地上の水槽にて稚ウニをふ化させ、1年かけて1cm程度まで育てた後に、外洋に面した沖に放つ。沖合で2年間育ったウニを収穫し、海辺の溝に戻してさらに1年間、ワカメと昆布だけを食べさせて育てる。

ここから外洋に面した沖で2年間ほど育て、大きく成長させていく

 稚ウニから育て最後の1年を、ウニが美味しくなる昆布とワカメだけを食べさせて出荷する。しかも、沿岸まで迫る森からの豊富なミネラルを取り込んだ海藻類だけを食べて育つ。そのため殻ごと出荷してもハズレがない。

 こうして『洋野うに牧場』のウニは、ウニのウニたる本来の力を発揮して、昇華するのである。このウニを畜養する沿岸のポイントを「うに牧場」と名付けたのは、現社長の下苧坪(したうつぼ)之典さんである。下苧坪さんは、このウニから様々な加工品も考案されている。

「洋野うに牧場の四年うに/塩水うに100g」2980円。4月から7月末くらいまでが北三陸のウニのシーズンとなる

 まずはうにを殻からすくい、そのまま食べてみた。なんときれいな味わいだろう。澄んだ、品のある甘みが舌を抱きかかえ、うっとりと目を閉じさせる。酢飯にのせれば、ご飯の熱で甘い香りを膨らませ、米の甘みと響き合いながら溶けていく。たまらない。

 さらにウニ比率が7割という、「ウニバター」もいただいた。バゲットにたっぷりのせて、パクリといく。これは危険である。純真なウニの甘みとバターのコクが、くんずほぐれつ響き合い、官能をくすぐってくる。一口で鼻息が荒くなる。

 次は、またたっぷり一面にのせてから、バケットをかぶせてみた。「ウニバターサンド」である。さらに危険度が増した。これはケチケチせずに、たっぷり使うというのが正しいだろう。

「UNI&岩手産バター SPREAD」3480円。旬のキタムラサキウニと岩手産発酵バターを使用している

 次に生ウニを缶に詰めて蒸し上げた「蒸しウニ」もいただいた。弱火から強火へと、ゆっくり蒸し上げたウニだという。

 口に滑り込ませると、濃縮したウニの甘みが広がるが、すぐにカニ味噌のような味が流れてきた。ウニの甘みとカニ味噌に似たコクが抱き合って、舌を舐め回すのだからたまらない。即座にご飯が、酒が恋しくなる。煮切り酒と醤油で煮切りを作り、ご飯の上にちょいちょいと垂らすと、もういけない。際限なくご飯がいけてしまう。

「洋野うに牧場の四年うに/蒸し」(キタムラサキウニ)5184円。生うにを缶に詰め、低温から徐々に温度をあげ蒸していくことで旨味を凝縮

 次に燗酒を試してみた。ウニをひと舐めにしたら、すかさず燗酒をちびりと呑む。ああ途端にウニは、恥じらうかのように、香りを色っぽく変化させるではありませんか。

 北三陸ファクトリーのウニは、ウニを美味しくしたいという下苧坪さんたちの熱情が詰まっている。だからウニという生物の純がある。雑味や味の汚れがなく、我々に海という豊穣を伝えてくるのだ。

日本で2軒のみ。真に自然に沿った山地酪農による乳牛

 起伏に飛んだ山の斜面に、牛がのんびりと草を食んでいた。牧草地に入り、牛は人間が近寄っていっても、無視である。だが近寄りすぎると、「食事の邪魔をされたくないわ」と、離れていく。

 いままで何軒も、肉牛や乳牛を飼われている農家にいったが、人間が近づいていくと、餌をくれるのかと思い牛は近づいてくる。しかしこのように無視されたのは、2回目だった。ひとつは北海道様似町(さまにちょう)にある、ジビーフの広大な牧場だった。

 そう、ここは、ジビーフ同様の飼われ方をしている、日本で数軒しかない自然交配、自然分娩、自然哺育、完全放牧の乳牛たちである。

 牧草地を開発するのも、木は切り、土砂崩れを塞ぐために山芝はあるが、整地はしない。土が弱まるからである。耕地化不可能な山地の急傾斜地に牧柵をめぐらし、乳牛を放ち、山林を切り開き、乳牛と人間との共同作業で放牧地を作る。

まさに自然のまま、ストレスを受けることなくのびのびと草を食む

 岩手県田野畑村で、吉塚さん一家は、40数年間、山地酪農という哲学を貫き乳牛を育ててきた。山野を切り開き、土の崩落を防ぐために日本芝を張り巡らせ、後は自然に任せて放牧している。牛たちは、食べたい時に草を食み、水をゴクゴクと飲み、寝たい時に寝る。牛舎はなく、甘やかされることなく、牛本来が持つ力だけで、ストレスもなく自然に生きていく。

 放牧という言葉を聞くが、全国で放牧されている農場は22%であるという。その中でも山地酪農という、真に自然に沿った酪農をしている農家は、日本に2軒だけであるという。

 輸入穀物飼料を与えないのはもちろんのこと、農薬や化学肥料は使用しない。1.5ヘクタールに1頭という原則を守るため、牛を増やすには、さらに山地を切り開かなくてはいけない。天候不順で草が育たぬときは、泣く泣く牛を手放すしかない時もあったという。一般酪農家の牛乳に比べると、年間の総牛乳量は三分の一になる。

マッキー牧元さんも絶賛する「田野畑 山地酪農牛乳」1000ml 700円

 その牛乳を飲んだ。不純がない。すうっと舌の上を流れて、喉に落ちていく。味わいや香り、粘度といった、牛乳が口の中に流入して消えていく様子に、不自然がいっさいない。水のような純粋さがあり、そのまま、抵抗なく体の細胞へと染み渡っていく。

 そのバターを食べた。ああ、なんということだろう。そのバターは、乳の香りに満ちて、心を温める。軽やかで、ほの甘い香りを放ちながら、揮発するように溶けていく。バターの油脂感が一切ない。パンにふわりと着地して、舌に、口の中の粘膜になじんでいく。

 もうこのバターを食べたら、他のバターを食べられないかもしれない。そう思うほど、自然な優しさに満ちている。

「グラスフェッドバター」3500円。不飽和脂肪酸を多く含む、体にも嬉しいバター

 そのチーズを食べた。フレッシュのサンマルセランタイプのチーズである。かすかな酸味と柔らかな甘みが広がる。その中から青い、草花のような香りがほのかに漂う。なにか牛の乳と大地と自分の体が一つになったような気がした。体の汚れを浄化してくれるようなチーズである。

 このままフレッシュな状態でも十二分に美味しいが、アフィネ(熟成)させたら、さらに芳醇になるに違いない。そう思うとコーフンせざるを得ない。牛乳も、バターも、チーズも、飲み、食べた瞬間に、体が養分を感じ取った音が聞こえてくる。

「白仙アフィネ」2300円。田野畑山地の生乳でしか出せない美味しさを追求

 代表の吉塚公雄さんはホームページに、この酪農を続ける意味を書かれている。

「牛乳に限らず、百姓が世の中に食糧を供給する事は人間愛、人類愛の行為であり、地球上に飢えている人がいる限り、続けなければならないし、続ける使命があると思います」

 食を見直す。そう簡単に言い表し、文字でも表すが、こういう時代を迎えているからこそ、吉塚さんの言葉を噛み締め、考えなくてはいけないと思う。毎朝牛乳を飲み、バターを食べるたびに、感謝にひたるのだ。

●DATA

北三陸エクスペリエンス

住:岩手県九戸郡洋野町種市第22地割133-1
https://ex.kitasanriku.jp/

洋野うに牧場の四年うに/塩水うに

https://store.shopping.yahoo.co.jp/hirono-ya/

洋野うに牧場の四年うに/UNI&岩手産バター SPREAD

https://store.shopping.yahoo.co.jp/hirono-ya/

洋野うに牧場の四年うに/蒸し

https://ex.kitasanriku.jp/ksf-mushiuni-murasaki/

田野畑 山地酪農牛乳

https://yamachi.official.ec/items/17460568

グラスフェッドバター

https://ex.kitasanriku.jp/grass-fed-butter/

白仙アフィネ(熟成ダブルクリーム)

https://yamachi.official.ec/items/17496585

白仙(ダブルクリーム)

https://ex.kitasanriku.jp/白仙/