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 東京と横浜を短時間でつなぐ人気路線「東急東横線」と、都内に複数存在する地下鉄の中でも利用客が特に多い路線のひとつ「東京メトロ日比谷線」。これら2つの路線が乗り入れ、日比谷線の終着駅ともなっている中目黒駅は、徒歩圏に目黒区総合庁舎を擁し、周辺部に目黒区屈指の規模の繁華街を形成する交通の要衝。

 そんな中目黒駅から徒歩2分弱という、アクセスが極めて良好なロケーションに店舗を構えているのが、今回ご紹介する『中華そばえもと』です。大通りから一本中へと入った細い路地沿いに佇む同店。入口は、階段を数段降りた半地下にあります。

半地下とはいえ、湿っぽさを全く感じさせない垢抜けた外観。漆黒に染め抜かれた木目調の外壁に、木材本来の温かな色合いを活かした『中華そばえもと』の看板がキラリと映えます

 シンプルでありながらポイントを的確に押さえた店構え。そこから垣間見えるセンスの良さ。真っ赤な提灯も、風情のある外観を演出する上のアクセントとして、抜群の存在感。ラーメンの味に関係しない外観でさえ、無駄がなく機能的です。

 この『中華そばえもと』は、2014年9月にオープンした『らーめん惠本将裕』のリニューアル店舗。なので、店構えの基本的なところはリニューアル前のものを流用しているのですが、改変部分がことごとく素晴らしい。こういう外観を見せつけられると、食べ手としても、否応なく期待が高まります。

内観も黒を基調としたシックなデザインにまとめられている

 店の前には、大きなメニューボードが屹立。外観と絶妙に調和したデザイン。押し付けがましくないが、目立たないわけでもない。このようなバランス感覚は、どうすれば鍛えられるんでしょうか。メニューボードの上半分には、シズル感のあるラーメンの画像がドカン!

 たまたま店の前を通り掛かった人にも、この店がどんなラーメンを出しているのかが伝わるようになっています。私が足を運んだ際にも、メニューボードのラーメン画像に目を奪われたお客さんが、「美味しそうだから食べに行こう」と、店へと吸い込まれていました。

見た目も美しい「月見中華そば」の実力やいかに?

「月見中華そば」850円

 店舗の入口付近に券売機が鎮座。提供する麺メニューは「中華そば」とそのバリエーションのみ。中でも特に個人的に心惹かれたのが、「中華そば」に生卵を落とした「月見中華そば」。同メニューのボタンは「中華そば」の真下に配置され、存在を強くアピールしています。思わず、「月見中華そば」のボタンをプッシュ。

 食券を購入し視線を店内へと移せば、同店の主である佐藤栄市店長が迎えてくれました。ちなみに、同店長は、煮干しラーメンの人気店『ラーメン凪(株式会社凪スピリッツ)』のご出身。『凪』で研鑽を重ねた後、『惠本将裕グループ』へと移籍。同グループの味づくりなど、要の部分を任されている一線級のラーメン職人。

 なので、佐藤氏がこの度、「福島(※)が誇る『白河中華そば』や『喜多方ラーメン』をオマージュした1杯を提供したい」と、ラーメンの味の刷新を図ったことは、瞬く間にラーメン好きの間で話題に。同店は、新装開店直後から行列が連なる盛況ぶりとなっていたところです。

 そんな同氏のラーメン作りの手際は、もちろん鮮やか。無駄のないオペレーションで、オーダーから5分足らずで「月見中華そば」が完成。丼が恭しく卓上へと供されます。

 登場した「月見中華そば」は、見れば見るほどその魅力が実感できる、趣深いビジュアル。美しい琥珀色に染まったスープは、果てしなくクリア。あえて不規則に刻まれたネギや、「の」の字が描かれた桃色のナルトが、ノスタルジーを演出しています。

飲むごとに味わいを増す、飽きのこない美しいスープ

 スープは、豚ゲンコツに煮干し(2種類を使用)・サバ節・宗田節を加え、大きな寸胴でじっくりと丁寧に炊き上げたもの。

「どんな工夫を施せば、深遠なコクと分厚いうま味を表現できるのか。色々と試行錯誤した結果、前日の残りのスープを日々継ぎ足す『呼び戻し』の手法を採り入れました。これで旨くならなければ店を畳もうと腹を括っていましたから、うまくいってホッとしています」(佐藤栄市さん・以下同)

 佐藤氏が自身の進退を賭けて創り上げたスープ。いざ啜ってみれば、味蕾に触れた瞬間、煮干しの滋味とサバ節の和風味が味覚中枢を直撃。魚介の華やかなうま味を支える土台としての動物系のコクも骨太のひと言。味わえば味わうほど奥深く、堪能すればするほど素材が織りなす重層的なうま味に舌を巻く、禁断の味わい。レンゲを持つ手が止まりません。

煮干しやサバ節など、スープに使われる厳選素材たち

 時折、喉元を突き刺すようなキレが知覚できる点も、特筆に値します。聞けば、「呼び戻し」によって、まろやかなベクトルへと傾きがちな出汁に、切れ味鋭い醤油ダレを合わせることでバランスさせているとのこと。「辛みのない唐辛子を加えることで、キレに熱感を伴わせています」と佐藤さん。流石としか言いようのないギミックに、ただ感服するほかありません。

歯切れ、食感、喉越し全てのバランスがとれた麺

 麺は、佐藤氏の修業先『凪スピリッツ』の製麺所である『だるま製麺』のもの。「『だるま製麺』から、この中華そばのスープに最も合う麺を一緒に考えていきましょうとのお言葉をいただき、製麺所と二人三脚でこの麺を創り上げました。ラーメンの開発過程で数多くの試作品を作っていただき、吟味を重ねた結果、誕生したのがこの麺です」

 水魚のごとくスープと交わり、口元へと運び込むスープの分量も適量。放たれる小麦の香りは芳醇ながら、スープの風味を決して邪魔しない絶妙な塩梅。噛むと顎を押し返すようなコシの強さも、この麺の大きな魅力です。

チャーシューのうま味が食べ進めるごとにスープに染み出し、コク深い味わいに

 もちろん、トッピングのチャーシューにも妥協の余地はありません。

「食べやすさを考慮に入れて柔らかく、インパクトを持たせるために塩っぱく仕上げています」。お酒のつまみとしていただいても、立派なご馳走になりそうです。提供する当日の朝に仕込む自家製メンマと旨辛いチャーシューとを、テンポ良く頬張りながら食べ進めていくと、いつの間にか、丼が空っぽになっていました。

「多くは望みません。お客様に末永く可愛がってもらえるお店になれば」と笑う佐藤店長。その愛すべき人柄とハイレベルなラーメン。この2つがあれば、『中華そばえもと』の将来は安泰でしょう。遠からぬうちに、中目黒エリアはもちろん、都内を代表するラーメン店のひとつにまで成長を遂げるに違いありません。

店長(佐藤栄市氏)のプロフィール

・ほぼ独学の状態で、練馬区(大泉学園)にて『初代えーいち』を月に一度、間借り営業。その後、『株式会社凪スピリッツ』に入社し、職人としての腕を徹底的に磨き上げる。
・『ラーメン凪』での修業時代に、惠本将裕氏(同氏もまた『凪』の出身)から「自由に味づくり、店づくりをして構わない」と言われたことを契機に、惠本氏が率いるグループへと移籍。2014年9月に開業した『らーめん惠本将裕』の店長を任される。
・今般、屋号とラーメンの味の全面リニューアルに踏み切ったのは、本文で紹介した理由のほか、佐藤氏がリスペクトする名店『永福町大勝軒』『めとき(閉店)』『びぜん亭』のような、食べ手の心に残る1杯を紡いでいきたいと考えたことによるものだ。

●SHOP INFO

店名:中華そばえもと(ちゅうかそばえもと)

住:東京都目黒区上目黒2-7-10 北上ビル B1F
TEL:03-6452-2849
営:11:00~19:00、火曜11:00~15:00 ※新型コロナウイルス感染拡大により、営業時間・定休日が異なる場合があります
休:水曜

●著者プロフィール

田中一明
「フリークを超越した「超・ラーメンフリーク」として、自他ともに認める存在。ラーメンの探求をライフワークとし、新店の開拓、知られざる良店の発掘から、地元に根付いた実力店の紹介に至るまで、ラーメンの魅力を、多面的な角度から紹介。「アウトプットは、着実なインプットの土台があってこそ説得力を持つ」という信条から、年間700杯を超えるラーメンを、エリアを問わず実食。47都道府県のラーメン店を制覇し、現在は各市町村に根付く優良店を精力的に発掘中。