派生車のなかでもスタリッシュなモデルを振り返る

 開発費を抑えつつイメージチェンジできラインナップの拡充が図れる派生車の展開は、古くから各メーカーともおこなってきました。

 派生車とは既存のモデルをベースに外観の一部を変更して仕立てられるクルマで、時には車名を変えて別車種として販売されるケースもあります。

大胆にモデファイされたスタイリッシュな派生車たち

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 この派生車のなかにはほんの一部のみデザイン変更したモデルや、大胆な手法でデザインの変更がおこなわれたモデルもあるなど、バリエーション豊かです。

 そこで、これまで登場した派生車のなかから、スタイリッシュな印象のモデルを3車種ピックアップして紹介します。

●スバル「バハ」

「アウトバック」をベースにピックアップトラックに仕立てた「バハ」

 古くからアメリカでもっとも売れているクルマといえばピックアップトラック(ライトトラック)です。

 ピックアップトラックは税金や保険料が優遇されており、頑丈で使い勝手もよく、燃費が悪くてもガソリン価格が安いアメリカでは、さほど気にならないといったことが人気の理由といえます。

 そうした背景から日本のメーカーもアメリカでピックアップトラックを販売していますが、かつて、スバルは既存のモデルをベースとしたピックアップトラックを生産していました。

 その第1弾が1977年に登場した、初代「レオーネ4WD」をベースにしたシングルキャブのピックアップトラック「ブラット」です。

 スタイリッシュなデザインと悪路走破性の高さから若者を中心にヒットしましたが、アメリカでは1987年に販売終了となり、スバルのラインナップからピックアップトラックがなくなりました。

 そこで、第2弾として2003年に4WDステーションワゴンの「アウトバック(日本では『レガシィ ランカスター』」をベースにした、ダブルキャブのピックアップトラック「BAJA(バハ)」を発売し、再びピックアップトラック市場へと復帰を果たします。

 バハはアウトバックの後部を荷台(ベッド)に作り変える手法で開発され、外観も専用デザインの前後バンパーにオーバーフェンダー、サイドプロテクターが装着されるなど、スタリッシュなSUT(スポーツユーティリティトラック)に仕立てられています。

 搭載されたエンジンは当初、2.5リッター水平対向4気筒自然吸気のみでしたが、2004年に217馬力を発揮する2.5リッター水平対向4気筒ターボを追加。

 バハはアウトバックと同等の走行性能や走行安定性があるピックアップトラックとして、マリンスポーツやアウトドアレジャーの愛好家から人気となりましたが、より大型のミドルサイズ、フルサイズピックアップトラックほどの需要はなく、登場からわずか3年後の2006年に生産を終了。

 これ以降、現在までスバルのラインナップにピックアップトラックは設定されていません。

マツダ「ロードスタークーペ」

ほとんどが手作業で、かなり凝ったつくりだった「ロードスタークーペ」

 マツダは1989年にユーノス「ロードスター」を発売。当時、世界的にオープン2シーター・スポーツカーは斜陽の状況でしたが、ロードスターの登場で一気に需要が高まり、オープン2シーター車がブームになったほどです。

 当初からオープンカーとして設計されていた初代ロードスターですが、実は企画段階でクローズドボディのクーペも検討されていたといいます。しかし、実際には実現しませんでした。

 そこでマツダは、1998年登場の2代目ロードスターをベースにクローズドボディに仕立てた「ロードスタークーペ」を開発し、2003年に発売。

 ボディはロードスターのシャシに、専用のプレス型で製作されたスチール製のルーフやリアフェンダーなどを手作業で溶接し、ベースのデザインを生かしたスタイリッシュなクーペフォルムを実現しました。

 ラインナップは4タイプ用意され、標準仕様の「ロードスタークーペ」に加えて「タイプA」「タイプE」「タイプS」を設定。それぞれ外観の意匠とエンジン、トランスミッションなどが異なります。

 また、クローズドボディ化に伴う重量増も10kgほどに抑えられており、ロードスターならではの「人馬一体」の走りはキープされました。

●三菱「エテルナ」

ジンクスを証明したかたちで売れなかったもののスタイリッシュな「エテルナ」

 現在、三菱のラインナップはSUVを主力として展開していますが、かつてはセダンの「ギャラン」がラインナップの中核を担っていました。

 ギャランが大きく転換期を迎えたのが1987年に登場した6代目で、高性能なターボエンジンにフルタイム4WDを組み合わせた「VR-4」登場し、ラリーを始めとするモータースポーツでも活躍するなどギャランのイメージが大きく変わったといえます。

 この6代目ギャランの派生車として、1988年にデビューしたのが4代目「エテルナ」です。

 もともとエテルナはギャランの販売チャネル違いの姉妹車で、「ギャランΣエテルナ(後にΣエテルナ)」の車名で販売され、ボディはギャランと同一でした。

 ところが4代目エテルナはボディ形状を5ドアハッチバックとされ、独立した車種として展開。

 フロントセクションとキャビンは6代目ギャランを踏襲したデザインとなっていますが、後部をハッチバックに作り替えられ、伸びやかなスタイルのクーペフォルムに変貌を遂げています。

 また、リアセクションの変更に伴いテールランプまわりも専用のデザインが採用されました。

 トップグレードの「ZR-4」はギャランVR-4と同じパワートレインを搭載し、最高出力205馬力を発揮する2リッター直列4気筒DOHCターボにフルタイム4WDが組み合わされています。

 しかし、当時日本市場では「5ドアハッチバックは売れない」のジンクスがあり、エテルナの販売状況も好調とはいえず、1989年には4ドアセダンの「エテルナSAVA」を投入。

 その後、1992年に5代目にモデルチェンジすると、エテルナは4ドアセダンのみで展開されました。

※ ※ ※

 最後に紹介したエテルナは、スタイリッシュな5ドアハッチバックながらジンクスを証明したかたちで、人気とはなりませんでした。

 このジンクスはなかなか強力で、各メーカーとも5ドアハッチバックを発売しても惨敗を喫する状況でしたが、2003年に登場したトヨタ2代目「プリウス」がジンクスを打ち破るのに成功。

 ただし、エテルナなどは既存のセダンをベースにデザインされていましたが、2代目プリウスは専用にデザインされたクーペフォルムであり、それまでの5ドアハッチバックのイメージと大きく異なったことが成功につながったといえるでしょう。