中国では現地のネット配信事業者「ビリビリ動画」などを通じ、日本の新作アニメが日本と同時配信されてきたのだが(写真はイメージ、Roy Liu/Bloomberg)

「4月クールの作品は、ほとんどが中国で同時配信できなかった。このままでは契約金が減額される」

ある大手アニメ制作会社幹部は、苦虫を嚙み潰したようにこう話す。日本アニメ業界は今、中国政府が新たに実施する「ネットコンテンツ規制」の影響で大混乱に陥っている。

中国ではこれまで、映画館上映ややテレビ放映される輸入コンテンツへの事前検閲が厳しかった一方、ネット配信向けのコンテンツには比較的寛容な姿勢を取ってきた。そのため、現地のネット配信事業者が自主的に審査・規制することはあっても、当局が事前検閲することはなかった。

ところが、ここへ来てその状況が急激に変わり始めた。これが、現地では今やネット配信を主戦場としている日本アニメに打撃を与えている。

「同時配信」できないことの大ダメージ

「中国当局は3年ほど前、エンタメとして存在感の高まるネットコンテンツへの規制についてパブコメ案を出していた。(その後しばらくは以前と変わらない状況が続いていたが)ついにこれに関連して具体的な規制が始まったとみられる」現地のエンタメ法制等に詳しいIP FORWARDグループ総代表の分部悠介弁護士はそう話す。

足元で顕在化しているのが、冒頭のような配信の遅れだ。多少審査に時間がかかったとしても、いずれ現地で配信できるなら問題なさそうに思われる。が、日本と中国で新作アニメを同時配信できないことは、実は極めて大きな問題をはらむ。

中国では「とくに、中国で正規配信・放送されていない人気アニメは、日本で放送された後、程なくして海賊版が登場することが少なくない」(分部氏)環境にある。そのため、「ビリビリ動画」など現地の動画配信事業者は、日本での放送と同時に視聴できることをユーザーに対する最大のウリとしている。

彼らが日本アニメに高い契約金を支払うのも、当然ながら同時配信を前提にしている。「同時配信ができない場合は、契約金が3分の1から5分1に減額される」(前出のアニメ制作会社幹部)というのだ。

中国への配信権収入は、今や日本アニメにとって大きな収益源になっている。日本動画協会の調査によれば、2019年の日本アニメの市場規模は3017億円(前年比12%増)。10年前と比べ2倍に成長している。

2000年代は利益率の高いDVD販売などが市場成長の牽引役だったが、現在は中国、北米など海外からの収入がその代わりを担っている。とくに中国の存在感は大きく、「仮に中国での売り上げが5分の1になれば、海外向けは40%減少してしまう計算だ」(前出のアニメ制作会社幹部)。

「人気作品」と「新興作品」で前提が変わる

こうした中国規制強化が加速させるのは、稼げるアニメと稼げないアニメの「二極化」だ。

あるアニメ関係者は「(ドラえもんや名探偵コナンなど)誰もが知るビッグネーム作品は、内容などもおおよそわかるため審査がスムーズで、今後も高値で売れそうだ。一方、無名の深夜アニメで過激な描写が多いものはとくに厳しくマークされ、稼ぎにくくなるだろう」と話す。

日本のテレビ局関係者も「日本でヒットした人気作品については(配信事業者からの)引き合いも依然として強い。今後も表現などを規制される心配は少ないと思われる」と語る。人気作品と新興作品では前提の異なる勝負を強いられそうだ。

こうした中国の規制によるダメージを軽減すべく、日本のアニメ製作出資委員会もさまざまな対応を模索している。その1つが、中国の審査のスピードを考慮したスケジュールでアニメ制作を進めることだ。

前述の通り、新作アニメ作品に関しては日本と中国で同時配信できるようにすることが重要。そこでアニメ制作のスケジュールを早め、仮に中国側から一部表現にNGが出た場合でも、その修正に対応できるだけの時間的余裕を持たせようというのである。

とはいえ、ただでさえ遅れることの多い制作スケジュールをさらに前倒しして管理することには課題が多い。大手制作会社ならともかく、中小制作会社には人員の余裕もなく、すべてのアニメで中国配信に照準を合わせた制作スケジュールを組むのは現実的に難しそうだ。

もう1つ注目されるのは、現地でアニメを制作するという手段だ。前出のテレビ局関係者は「中国側は国産アニメを増やしたいと思っている。現地に制作会社作って、そこで制作した作品は(海外作品という扱いにならず)規制の網をかいくぐることが可能だ」と語る。

実際、あるアニメ制作会社は現地への”傀儡(かいらい)制作会社”の設立をコンサル企業から提案されている。現地に作った拠点に日本からアニメ制作ノウハウを移植すれば、見た目は中国企業・中身は日本企業という制作の環境を整えることができる。

ただ、これも簡単なことではない。「中国に赴任して、技術を指南できる人材を確保できるかが問題だ」(前出の制作会社幹部)。資金力に余裕がある一部の大手のみが取りうる手法になりそうだ。

「政治的発言」で映画祭への出展がキャンセルに

中国でのネットコンテンツ規制はまだ始まったばかりだ。当局ともやりとりを行う分部弁護士も、「今の段階ではわからないことが多い。中国当局側の内部基準、運用についても、詳細はまだ固まっていない印象だ」と話す。

上記に挙げてきたような対策では太刀打ちできない、まったく別の中国リスクも顕在化してきている。それが「言論リスク」だ。

今夏に中国で開催される、ある映画祭。ここに、ある日本アニメ映画の出展が決まっていたのだが、突如キャンセルになった。「理由は、当該作品の監督が過去にTwitterに投稿した内容だった」と製作出資する関係者は打ち明ける。香港で2020年に盛り上がった民主化運動を支持したツイートが問題視されたのだ。

香港や台湾、ウイグル、チベットなどをめぐる、作品関係者の過去の政治的発言を理由に当局が配信許可を出さない事例は、数年前から徐々に増えている。が、「(監督や関係者にも)言論の自由があり(政治的な)ツイートをしないでくれとはなかなか言いにくい。解決策はないだろう」(製作出資委員会関係者)。

日本アニメにとって大きな収益源である中国市場。しかし、規制強化や言論統制など、中国ならではのリスクは根強く残る。今後どのように中国と付き合うのか、難しい舵取りが続く。