スリダール・ラマスワミは15年にわたってグーグルの広告部門を率いてきた。その彼は2018年にグーグルを辞めたあと、広告のないプライヴァシー重視の検索エンジンというビジネスアイデアを追求してきた。これはグーグルの悪事の証拠とは言わないまでも、少なくとも注目に値するだろう。

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ラマスワミは、個人情報を利用して消費者をターゲットにする現在のオンラインビジネスの世界が生まれるプロセスを目の当たりにしてきた。そして、自身も加担したことを認めている。

ラマスワミがグーグルに入社した当時、グーグルの収益の柱となっていたのは「Google AdWords」だった。現在は「Google 広告」と呼ばれるAdWordsは、オーガニック検索結果の横にじゃまにならない有益な広告を配信するプラットフォームである。

この広告はユーザーの個人情報ではなく、検索クエリとの関連性のみを基準に販売されていた。グーグルは検索クエリとの関連性がより高い“良質の広告”が入札で有利になるように、インスタントオークションを調整していた。

転機となったDoubleClickの買収

ところがグーグルが成長するにつれ、この調整の純度は怪しくなっていった。転機となったのは、おそらく07年にあったアドテクノロジー企業DoubleClickの買収である。DoubleClickはユーザーの明確な検索意図ではなく、ユーザーのアイデンティティをターゲットにし、検索内だけでなくウェブ全体に広告を配信する技術を提供していた。

「5,000億ドルを超える広告業界はオンラインへと移行しつつあり、DoubleClickは広告のOSとしてグーグルを超えていました。グーグルがそれを所有したいと思うのは当然でしょう?」とラマスワミは語り、この買収に賛成したことを認める。

グーグルはこのふたつのシステムの分離を維持すると宣言していたにもかかわらず、最終的にふたつのシステムの情報を統合した。そして、グーグルがかつて熱心に取り組んでいたユーザーへの忠誠に疑問が生じたのである。これは現在、反トラスト法(独占禁止法)に基づく調査の焦点にもなっている。

「新たに加わったあらゆる利害関係者たちに忠誠を尽くす義務があるという事実を、グーグルは相当に過小評価していたのです」と、ラマスワミは語る。「いまとなってはグーグルは、あなたやわたしのようなユーザーだけでなく、広告主やパブリッシャー、アドテク業界、そしてもちろんグーグル自体にも奉仕することになっていますよね。この事実からもわかるように、これらの利害関係者すべてと“結婚”して、全員にとっての忠実な伴侶でい続けることは不可能なのです」

広告なしの検索エンジンの誕生

グーグルの親会社であるアルファベットのCEOであるスンダー・ピチャイや、グーグルの広告・検索部門の現責任者であるプラバカール・ラガヴァンと同様に、ラマスワミはインド工科大学で学び、米国で上級学位を取得した。ラマスワミが初めてグーグルに入社した03年はピチャイやラガヴァンの入社とほぼ同時期だったが、彼が所属した広告チームは比較的小規模だった。

しかし、いまやグーグルの広告部門は検索部門より大規模になっている。ラマスワミは広告に対する考え方がグーグルの優先順位に影響を与えるさまを目の当たりにした。検索エンジンに占める広告のスペースがますます増えていっただけでなく、広告収入に頼るYouTubeにおいても同じだった。結果としてユーザー体験は低下し、ときに深刻な影響がもたらされた。

「もはや普通にマウンテンバイクを乗りこなすような動画を観ることはできなくなったのです」と彼が挙げたのは、政治と比べれば議論が噴出しづらい事例である。「YouTubeはすぐに、世界で最も高い山から飛び降りる最高のマウンテンバイカーをすすめてきます。ユーザーをそんなふうにそそのかすのは、そうすれば関心を維持しつづけられるからです。結果としてYouTubeのコンテンツは多くの問題を抱えることになり、後味の悪さが残ったのです」

グーグルを退社したラマスワミは、かつての同僚と共同で設立したNeevaに救いを求めた。彼の原動力は“償い”ではなく、人々は市場のリーダーに代わる選択肢を求めているという考えだった。ピンとこないという人も、こう聞けばわかるだろう。Neevaを開くと検索フィールドに標準で表示されるのは、「広告なし」「プライヴァシー保証」「あなたは商品ではありません」といったスローガンだ。

これはNeevaが実際、そうしたスローガン通りのサーヴィスだからである。サブスクリプションによって収益を得ており、現在のベータ版では3カ月の無料トライアル期間を過ぎると月額5ドル(約550円)の利用料を支払うことになる。その代わりに広告がなければ、アフィリエイトやアプリケーションの宣伝もない。5ドルを支払うことで、Neevaはユーザーの忠実な伴侶となるわけだ。

Neevaの検索エンジンは、サードパーティのテクノロジーと組み合わされている。リンク先のデータは大部分はマイクロソフトの「Bing」のものだが、「近くのレストラン」と入力して結果を表示する地図はグーグルのものだ。製品や旅行先を検索すれば、信頼性の高いレヴューができる限り上位に表示される。営利目的の業者のサイトで溢れることはない。

いかにユーザーを引きつけるか

Neevaは検索エンジンとコンテンツプロヴァイダーの関係についても異なる考えをもっている。フェイスブックやグーグルなどの巨大企業は、リンク先として表示したりフィードに表示したりするデータの対価を新聞社や情報サーヴィス企業に支払うという発想に長らく抵抗してきた。これに対してNeevaは、パートナーと収入を共有することに積極的だ。

そんなNeevaが6月3日(米国時間)、QuoraとMediumというふたつのニッチなコンテンツプロヴァイダーとの提携を発表した。Neevaはこれらのパートナーに対し、総収入の5分の1を還元する(なお、わたしはMediumの元社員であり、9年前に創業した同社のまったく流動性のない株式をいくらか保有している)。

巨大テック企業を批判する人たちは、広告収入に頼る巨大企業はユーザーが直接料金を支払う広告なしのヴァージョンでユーザーにサーヴィスを提供したほうがいいと、長らく主張してきた。Neevaの登場によってユーザーは、「実行に移すか口を閉じるか」という決断の時を迎えたことになる。

ひと握りのプライヴァシー至上主義者以外の顧客を獲得することについて、ラマスワミは難しい課題であると認めている。「利用者を100万人から1,000万人に増やすことは、0人から1人にするよりずっと簡単だと思います」と、ラマスワミは言う。なお、別の検索エンジンである「DuckDuckGo」はサブスクリプション形式ではないが、プライヴァシーを重視したサーヴィスとしてマーケティングを展開している。

今後はNeevaがほかの製品とバンドルされることで、最終的にはより大きなユーザーグループの一部に普及する可能性をラマスワミは示唆している。だが基本的には、ユーザーが直に運営を支援する検索エンジンこそが、対価を払う価値のあるより優れたユーザー体験を自由に生み出せるというのが、ラマスワミの考えだ。

「この10年は、テクノロジーがプラスティックや石油と同列に語られるようになった10年として、人々の記憶に残ると思います」と、ラマスワミは言う。「だからユーザーのために立ち上がり、闘う会社は出てくるでしょう。人々はそれを歓迎するはずです」

問題は、人々がそのために財布のひもをゆるめるかどうかだろう。

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