拡大する所得格差を是正するにはどうしたらいいだろうか(写真: ELUTAS/PIXTA)

拡大する所得格差を是正するにはどうしたらいいだろうか。不平等が私たちの心をむしばむことを500超の文献と国際比較データから示した『格差は心を壊す 比較という呪縛』によると、格差の拡大と縮小の長期トレンドには、労働運動や政治イデオロギーの盛衰が関係しているという。同書の指摘を抜粋・編集して紹介しよう。

所得不平等の長期トレンド

環境の持続可能性や国民全体の福利改善を実現するのに比べれば、所得格差の是正など簡単だと思う人がいるかもしれない。しかし所得や資産の分配は、権力構造という厄介な問題と絡んでいる。


理念や政策の内容がいかにすぐれていても、すぐに実行に移せるわけではない。こうした問題を理解するために、過去の所得分配で大きな変化をもたらした要因を調べてみる必要がある。

ここで、一部の先進国の所得不平等に関する長期トレンドをみてみよう(図1)。

(外部配信先では図を全部閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください)


出所:リチャード・ウィルキンソン/ケイト・ピケット『格差は心を壊す 比較という呪縛』

最富裕層1%の所得シェアの推移で見ると、所得の不平等は長期的な縮小が始まる1930年代まで高水準で推移していた。国によって、あるいは所得の不平等を測定した尺度によって、長期的な縮小が始まる時期には5〜10年のズレがあるが、その後、不平等の縮小は1970年代末まで続いた。

そこから少し後れた国もあるが、所得の不平等は1980年前後から21世紀初めまで再び拡大した。不平等の水準が1920年代の水準まで戻ってしまった国もある。

不平等と労働組合参加率との関係

期間の前半は長期縮小、後半は再拡大という全体としての不平等の変化は、労働運動やその背景にある政治イデオロギーの隆盛と衰退を反映している。労働組合参加率を労働運動の影響力、つまり社会における拮抗力の指標として見た場合、不平等との関係は明らかだ。

次に、1966〜94年のOECD加盟16ヵ国について、不平等と労働組合参加率の関係を見ると、労働組合参加率が低い時期や、低い地域では、不平等は拡大した。この関係は多くの国々で長期トレンドとして繰り返し認められてきた(図2)。


出所:リチャード・ウィルキンソン/ケイト・ピケット『格差は心を壊す 比較という呪縛』

さらに米国の1918〜2008年のデータでは、労働組合の力が強まると不平等が縮小し、逆に労働組合の力が弱まると不平等が再び拡大したことが示されている(図3)


出所:リチャード・ウィルキンソン/ケイト・ピケット『格差は心を壊す 比較という呪縛』

労働組合参加率と不平等の関係を、労働組合が組合員の高賃金を勝ち取るための手段という観点だけで見るのはミスリードである。むしろそれが意味しているのは、進歩主義的な政治の隆盛(とその後の衰退)である。

資産や所得の分配を決定してきたのは、社会の価値観である。それが最も明確な形で表れるのは、労働運動のイデオロギーや政治活動である。さらに共産主義への恐怖や、1930年代の大恐慌によって、マルクスが予言したような資本主義の崩壊が起きるのではないかとの不安を引き起こしたのも、そうした価値観だった。

大恐慌では、米国のフランクリン・ルーズベルト大統領がニューディール政策を実施して所得格差を大幅に縮小させた。彼が経済界や富裕層に説明したのは、資本主義を改革しなければ存続自体が難しくなるということだった。

資本主義崩壊への恐怖心が不平等を縮小させた

実際に、ルーズベルトは資本主義の自壊を防いだ人物として評価されることが多い。不平等を縮小させたのは、特定の仲間意識や目的の下に人々を団結させた集団的政治運動と、その運動が提起した最終的帰結に対する恐怖心である。

だが、現在の不平等に苦しむ多くの人々は、これまでのところ、進歩主義的な政治勢力を結集し、共通の理想や目標の下に団結するまでに至っていない。

1960年代末までは、共産主義の中央計画経済はその欠点にもかかわらず、資本主義よりも効率的で、高い経済成長率(CIAの推計による)を実現できると考えられていた。その見方が変わるきっかけになったのが、1970年代、1980年代の旧ソ連やその衛星国の経済パフォーマンスの悪化である。

1980年前後から不平等が再び拡大したのは、ロナルド・レーガン米大統領やマーガレット・サッチャー英首相によって支持され一般に広まった新自由主義的イデオロギーの政治力に拠るところが大きい。

労働組合を弱体化させる法律が多くの国で次々に成立した。ガス・水道・電気などの公共事業、輸送会社、相互会社が次々に民営化され、企業間の賃金格差が急速に広がっていった。その一方で、富裕層の税率は大幅に引き下げられた。

最高税率引き下げは、経済成長率の低下と関係

しかし、最高税率を80%超から引き下げる(税率が半分になることも)ことについては、予想外の影響が生じた。高額所得者の税引き前所得の伸び率が鈍化するのではなく、逆の展開になった。

富裕層は所得の追加的な増分について多くの割合を手にすることができるようになったため、突然、税引き前所得を増加させるインセンティブが強まったのだ。

その結果、OECD諸国では、政府が最高税率を大胆に引き下げたところは、富裕層の税引き前利益が急速に拡大した。つまり最高税率の引き下げ幅が大きい国ほど、富裕層の税引き前所得が急増加したのだ。

それまで最高税率は実質的に収入の上限を決める機能を果たしてきた。それがいったん取り除かれると、富裕層は税負担の減少と税引き前所得の急上昇の両面からの恩恵を受けることになった。

最高税率の引き下げは、当初の目論見では経済成長を刺激するということだったが、現在は成長率の低下と関連していることが判明している。皮肉としか言いようがない。