長引く外出自粛によって、清涼飲料市場は対前年比6.6%減と伸び悩んでいる。そんな中、
サントリーの「クラフトボス」が好調だ。
コーヒー特有の苦味を抑えた味わいが支持されているという。言い換えればクラフトボスは“薄味”なのだ。なぜ当たったのか。経済ジャーナリストの高井尚之氏が取材した――。
■清涼飲料が落ち込む中、BOSSが好調
晴れた日には心地よい季節となった。コロナ禍で外出自粛ムードが続く中、食品買い出しのため、近くのスーパーやコンビニの店頭をのぞくと、さまざまな清涼飲料が並ぶ。
巣ごもり消費の結果、清涼飲料市場は伸びているかと思ったが、実は2020年の販売数量は市場全体で17億7700万ケース(※)。対前年比93.4%と落ち込んだ。
※「飲料総研」調べ
「(昨年は)大人も子どもも在宅時間が長くなった結果、家庭の水道水からつくる飲料との胃袋争奪戦もあり、最需要期の7月に2年続いた冷夏、外出自粛による飲食店の(市販品での)購買控えなどの複合要因で、伸び悩んだと思われます」
飲料分野の首位ブランド「サントリー天然水」の責任者・平岡雅文氏(サントリー食品インターナショナル ジャパン事業本部 ブランド開発事業部課長)はこう説明した。
2021年の市場全体の数字は18億1700万ケース(対前年比102.3%)の予想だ。コロナ前の2019年までは4年連続で19億ケース前後となっており、2021年の数字は2012年と同レベル。ここ2年のコロナ禍で、通勤や通学、出張や旅行、学生の大会や発表会も制限され、移動時に携帯できるペットボトル飲料の消費も影響を受けている。
市場の伸び悩みとは裏腹に、好調なブランドがある。サントリーのコーヒー飲料「BOSS」(ボス)だ。昨年の販売実績はコロナ禍で前年割れとなったが、1992年の発売以来、売り上げを伸ばしている。
今回は同ブランドに焦点を当て、消費者意識の変化も探ってみた。
■15年で1.7倍に拡大し、ジョージアを猛追
まずは、2005年と2020年のブランド別数字を紹介しよう。
2005年には6000万ケース弱の「BOSS」が15年で1.7倍以上に拡大した。ここ数年は長年にわたり首位ブランドだった、コーヒー飲料「ジョージア」(日本コカ・コーラ)を猛追。2019年は一時上回ったほどだ。なお、商品の容器は缶とペットボトルが中心だ。
こうした躍進には何があるのか。実はあの商品が大きく影響していた。
■新たな“働く人の相棒”として登場
「2017年から販売する『クラフトボス』(CRAFT BOSS)が好調で、2019年、2020年と年間3000万ケースを突破。発売以来の累計販売本数は1億ケース=24億本を超えました。BOSSブランドが大きく成長した原動力は、まぎれもなくクラフトボスです」
こう話すのは「BOSS」グループ責任者の大塚匠氏(サントリー食品インターナショナル ジャパン事業本部 ブランド開発事業部課長)だ。さらにこう続ける。
「BOSSは1992年の発売以来、ブランドコンセプトに“働く人の相棒”を掲げていますが、クラフトボスは“現代の働く人を快適にする新しい相棒”です。コーヒーの香りがありながらすっきりした味わいで、世代や職種を超えてご愛飲いただいています」
■深煎り豆で実現した「薄いコーヒー」
缶コーヒーのBOSSに対して、クラフトボスはペットボトル。形状も独特だ。深煎りした5種類の豆をそれぞれ粗挽きし、抽出したコーヒーをブレンドするという独特の製法をとっている。このため一般的なコーヒー飲料よりも薄味だが、この味を支持する消費者は多い。
「クラフトボスの開発当時、コンビニのカウンターコーヒーが売れに売れていました。そこで消費者インタビューをすると、苦味よりも優しい味を好む人もいた。さらに市場調査と議論を重ね、クラフトボスは、すっきり飲みやすい味に仕上げたのです。発売当時はここまで売れると思っておらず、この味を好むお客さまが多かったことは大きな発見でした」(大塚氏)
ブランド内のカニバリゼーション(シェアを奪い合う)も少なく、既存商品に上乗せする形で販売数量も拡大。コロナ禍の昨年こそ数字を落としたが、安定した売り上げを維持する中、今年3月23日に全面リニューアルした。
■働き方が変わればコーヒーの好みも変わる?
発売して4年。ヒット商品に育ったこの段階で、なぜ刷新したのか。
「ヒットしたとはいえ、クラフトボスの飲用経験があるのは全体の36%。発売当時の新鮮味も薄れつつありました。この間に働く環境や人材像も変わり、コロナ禍で在宅勤務も進んでいます。働く人の相棒として、魅力を落とさず刷新しようと考えたのです」(同)
リニューアルで、見た目も味わいも変わった。本稿執筆時、競合のペットボトルコーヒーとも飲み比べたが、クラフトボスは一番すっきりした薄味に感じた。
筆者の知人の愛飲者(30代男性)は、「薄い飲み口なので朝のルーティンにしやすい」と話す。「職場のコーヒーマシンで濃厚な味は味わえるので、濃淡のちがうコーヒーを分けて飲みたい」そうだ。こうした「コーヒーの使い分け飲み」をする消費者は一定層いると聞く。
働く人材や環境の変化は、コロナ禍の在宅勤務以前から進んでいた。
「昔と違い、IT系で働く人が増えました。クラフトボスはこうした層にも訴求しています。例えばシステムエンジニアやプログラマーの方は、24時間、365日交代制の勤務です。多くはプロジェクトごとに働く会社が変わります。この人たちにインタビューしながら、クラフトボスで“新しい相棒”像をつくっていったのです」(大塚氏)
一方、BOSSが発売されたのは約30年前の1992年。缶コーヒーの愛飲者は現場作業員や運転手といった現業系がコアユーザーだった。それは現在も変わらないという。
■市場はジョージア、ボスの寡占状態
コーヒー飲料を好む人は、どのブランドを支持するのだろうか。今度はコーヒー飲料の上位7ブランドを、2010年と2020年の数字で紹介したい。
この10年で上位ブランドはあまり変わらないが、販売数量はジョージアとBOSSの2つが圧倒する。味に加えて2ブランドが入る自販機台数が多いのも一因だろう。なお、「缶・ペットボトルなどの清涼飲料自販機」の数は約212万台(2018年。一般社団法人・日本自動販売機工業会調べ)、清涼飲料全体では約240万台だ。2010年には250万台超あり、近年は減少傾向にある。
■「飲料の薄味」ニーズは進むのか?
自動販売機の話が出たついでに、飲料の嗜好の変化も考えたい。
実は、サントリー食品が自販機限定で販売する「GREEN DA・KA・RA すっきりしたトマト」というトマトジュース(缶)がある。気になって買って飲むと、クラフトボスのように、ごくごく飲める味わいだ。
競合のトマトジュース(ペットボトルや紙パック)も飲み比べてみた。こちらも以前のドロッとした味わいから、少しサラッとした味わいに変わっていた。同社を取材した際に「消費者志向を見据えてリニューアルした」と聞いた。今後も「飲料の薄味ニーズ」は進むのか。
「コーヒー飲料に関しては、手堅いニーズがあると思います。BOSSの缶コーヒー『無糖・ブラック』は眠気覚ましに愛飲されるケースが多いのですが、実は競合のほうが濃厚。でもうちの商品が支持されています。コンビニのアイスコーヒーも、“ちびだら飲み”をして、氷が溶けた段階になって流し込む――という消費者の方もいたほどです。心地よく飲めるのも嗜好のひとつになっています」(大塚氏)
筆者の取材結果では「飲料の種類や気分によって変わる」と感じた。前述のトマトジュースは「少しドロッとした味のほうが、リコピンなどの成分が効くように思う」(30代の女性)という声もあり、日本茶市場では「濃茶」も一定の支持があるからだ。
■変化がめまぐるしい中、知恵比べは続く
健康志向を反映して、無糖飲料を好む人も増えた。国内飲料市場全体における「無糖飲料製品」構成比は「2018年は約49%」(全国清涼飲料連合会調べ)と、半数が無糖になった。
カテゴリー別では、2017年からコーヒーに代わって日本茶(麦茶も含む)が首位となり(飲料総研の数字)、無糖の炭酸水も驚異的な伸びを示す。ただし有糖を含めた炭酸飲料は一進一退だ。
「同じ消費者でも、いつも無糖を好むのではなく、有糖も楽しみますが、大きな流れとしては、できるだけ糖分を避ける『避糖化』にあります」と大塚氏は指摘する。
実は、2017年のクラフトボス発売前夜、当時のコンビニコーヒーの拡大は、「ブランドの危機だった」(大塚氏)という。事業環境の変化に神経を使いながら調査と分析を続けた。「コンビニコーヒーの隆盛は、消費者とコーヒー飲料との“出合い”の場が増えた」という認識で、自らや開発チームを励ましたようだ。
マーケティングの現場では「消費者はどんどん変化する」という認識があるが、近年は変化が速いのも共通認識だ。カフェを取材すると「若者はブラックコーヒーを飲まず、スイーツ系飲料が好き」という声も聞く。嗜好が多様化し、時に移り気な消費者の潜在ニーズ=「生活者インサイト」をどう汲みとるか。メーカー各社の知恵比べでもある。
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高井 尚之(たかい・なおゆき)
経済ジャーナリスト/経営コンサルタント
1962年名古屋市生まれ。日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画・執筆多数。近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。
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(経済ジャーナリスト/経営コンサルタント 高井 尚之)