■拡大する「希望退職」という名のリストラ

“リーダー”たちの「ひとつよろしく!」政策と「根拠なき楽観」により、コロナ後の世界が見えない混沌(こんとん)とした状況が続いている。

コロナ禍(か)が長引けば長引くほど、私たちの生活への影響が拡大することはわかっていたけれど、残念ながら、想像をはるかに超える甚大な被害が出ることは、もはや避けられないだろう。

新型コロナウイルスの影響で倒産した企業は1400社を超え、GW前の2週間あまりで100社も増えた(4月30日現在。2020年2月からの累計)。一方、連日、名だたる企業の「過去最悪の赤字額」が発表されるのと並行して急増しているのが、「希望退職」という名の年長者をターゲットにしたリストラである。

2021年1〜3月に早期・希望退職者を募集した上場企業は41社(前年同期23社)で、前年同期の約2倍のペースで推移。人数もすでに9505人と、前年同期(4447人)の2倍を超えた。リーマン・ショック直後の2009年(1万60人)より若干少ないとはいえ、今後はさらに増えることが予想されている。

■「黒字リストラ」から「コロナ言い訳リストラ」へ進展

今回の「年長者のリストラ」がリーマン・ショック時と大きく違うのは、赤字リストラだけではなく、「コロナを言い訳にしている」企業が少なくないという点だ。

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新型コロナウイルスの感染拡大前から、「年長者は今のうちに切っちゃえ!」とばかりに黒字リストラする企業が増え始めていたのだが、そこに「もう無理なんでひとつよろしく!」派の赤字企業が加わり、さらに新型コロナを大義名分に、「コロナによる事業再編」だの「コロナの影響が長引きそう」だのと、希望退職のターゲット年齢を下げ、募集人数も拡大させている。

同一労働同一賃金が法制化され、70歳までの雇用義務化も実現を見据(みす)えているので、企業としてはコストがかかるベテラン社員には、「さっさとお引き取り願いたい」が本音なのだ。

だが、この人生に大きな影響を与えかねない状況を、いったいどれだけの人たちが「自分ごと」として考えられているだろうか。

■「できる部類」でも安全ではない

「エリート意識といってもいいかもしれません。自分はできる人の部類に入っていると思っていたんです──」

こう話すのは原田さん(仮名)46歳。就職氷河期の厳しい就活戦線を乗り越え、大企業に正社員として就職した男性である。

原田さんは「自分さえがんばれば、時代は関係ない」という確信のもと、数年前に課長に昇進した。ところが、コロナ禍で事態が急変し、社内の不穏な動きに戸惑っているという。

「先日、長年一緒にやってきた契約社員がいきなり契約を切られてしまいました。今までうちの会社ではありえなかったことで驚いていたら、国内だけでなく、海外の支店もいくつかクローズすることがバタバタと決まり、赴任が決まっていた同僚も取り消しになり、私もそろそろかなと期待していたポジションが空かない可能性が出てきてしまったんです。

どれもこれも突然のことで、驚いたというか、ショックというか。社内の景色が変わり、自分が思い描いていたキャリアパスとか、これまで積み上げてきた足場がことごとく壊れていくようで、なんかヤバイです。

私は就職氷河期を経験しているためか変な自信があって、仕事ができる/できないで人を判断していました。エリート意識といってもいいかもしれません。自分はできる人の部類に入っていると思っていましたし、肩たたきされる上の世代のこともバカにしていました。過去の栄光で生きられるわけないだろうって。

でも、今は、自分に魔の手が伸びてくるんじゃないかと、不安になる。その一方で、『自分には関係ない』と思う自分もいて。何をどうすればいいのか、さっぱりわからなくなってしまいました」

■新しいパラダイム

人間とは実に勝手な生き物で、実際に“冷たい雨”に降られないと本当の冷たさがわからないという、やっかいなメカニズムが心に組み込まれている。

それでも人は、原田さんがそうだったように「自分に迫りくる不穏な空気」を感じ取るセンサーを持ち合わせ、この感度がいいほど、困難にうまく対処でき、幸せを手に入れることができる。

パラダイム──。そう、彼は「新しいパラダイムの入り口」に立っているのである。

一般的に「パラダイム paradigm」は、「ある時代や分野において支配的規範となる物の見方や捉え方」という意味で用いられる。

この言葉を一躍有名にしたは、科学者のトーマス・クーン。彼は『科学革命の構造(The structure of scientific revolutions)』(1962年刊)の中で、パラダイムを「一般に認められた科学的業績で、一時期の間、専門家に対して問い方や答え方のモデルを与えるもの」と定義した。

一方、「パラダイム」という用語自体は古くから使われていて、アダム・スミスは「世界を説明し、世界の動きを予測するための、共有された一連の仮説」と定義。社会学ではロバート・K・マートンが、組織や社会構造に焦点を当て、そのメカニズムを解明する用語として使っている。

また、編集者で社会心理学者のマリリン・ファーガソンは、「パラダイムは思考の枠組み」と定義したうえで、古いパラダイムを捨てない限り、新しいパラダイムを受け入れることはできないとした。

このようにパラダイムにはさまざまな定義があるが、私の解釈では「ある集団のメンバーが共通して持つ、ものごとの見方、信念、価値」だ。つまり、まったく同じものごとを見ても、集団によって受け止め方が異なるのである。

■「見たくない現実」が現実化

たとえば、原田さんは「新しいパラダイムの入り口」でオドオドしているわけだが、経営者から見れば、「え? 今頃、気がついたの? さんざん会社員という身分に安住するなって言ってきましたよね?」と怒るであろう。あるいは、会社で居場所を失っている人たちから見れば、「はいはい、あなたにもやがて魔の手が伸びてくるでしょうね」と笑い飛ばすかもしれない。

原田さんの集団とは、彼の言葉を借りれば「エリート集団」だ。

高学歴や高収入であったり、大手企業の社員、○○会社の部長などと「社会的地位の高いポジション」に属する人ほど、自分に都合の良いようにものごとを見がちだ。とくに、がんばってがんばってがむしゃらにがんばって競争に勝ち、エリートのポジションを手に入れた人ほど、「自分だけは大丈夫」と幻想を抱く。

「肩たたきされる上の世代のこともバカにしていました。過去の栄光で生きられるわけないだろうって」などというように、他人と自分を分けたがる傾向も強い。

さらに、人の心はきわめて複雑で、新しいパラダイムの入り口に立っても「見なかったこと」にしてしまったり、入り口に足を踏み入れても行き先を定められずに後ずさりしてしまったり、「もう、いいかな」と戦線離脱してしまったり。

変化を受け入れるには相当のエネルギーが必要なので、つい、本当につい、人間の弱さが出てしまうのである。

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■より不安定な「働かせ方」が当たり前に…

しかし、新型コロナという100年に一度のパンデミックは、時計の針を一気に進めた。今後生じる問題の多くは、私たちがすでに直面している問題の極端なバージョンと考えていい。つまり、世の中は大きく変わるのだ。もはや新しいパラダイムの入り口でたじろいでいる時間はない。

「会社員崩壊時代」──。「会社員」という枠組みは残る。だが、中身は私たちが知っている「会社員」ではない時代に、すでに突入しているのだ。

平成の30年間を経て、経営者と会社員の蜜月は完全に終わり(前回のコラム「『たとえ会社に捨てられても』幸せな人生を取り戻せる人だけが持つ“意外な能力”」参照)、今後はさらに、経営者と会社員の関係はドライになる。フリーランスやら業務委託やら、雇用義務を放棄できる「働き手」をどんどん増やし、平成で増えた非正規よりさらに不安定な「働かせ方」が当たり前になる。

会社員が瓦解している「ありのままの現実」を受け入れ、最初の一歩を踏み出す正しい“努力”が、今、求められている。

■「働かないおじさん」も若い頃は評価されていた

どんなに今まで仕事を評価されてきた人でも、ビジネスを取り巻く環境が変われば、お払い箱にもなるし、評価もされなくなってしまうのだ。

思い出してほしい。今では「働かないおじさん」とお荷物扱いされるバブル世代たちだって、昭和の時代は高く評価されていたことを。

彼・彼女らは「24時間戦えますか?」を合言葉に、長時間労働を元気にこなし、接待会食、接待ゴルフ、接待麻雀などの「会社のカネで遊べる」勤務時間外の仕事の付き合いもがんばり、経営者からも上司からも、はたまた社会からも大いに評価された人たちだった。

それがいつの間にか、「人材の不良債権」だのとお荷物扱いされるようになり、「働かないおじさん」がバブル世代の代名詞になった。おまけに、若手の給料を上げると「当然でしょ」と言われるのに、年長者はまるで給料泥棒のように言われてしまうのだから、たまったもんじゃない。

年を取るほど、若い社員よりも能力が低く、新しいことへの適応力が劣り、仕事に取り組む意欲が乏しくなる、と思われている。若いからといって仕事ができるわけでも、創造性が高いわけでもないにもかかわらず、だ。

このように、実に残念なことだが、働く時間が延び続ける一方で、ビジネスの論理から言えば年寄りは嫌われる。これも「あるがままの現実」である。

■有名新聞社からついに消えた「囲碁クラブ」

数年前、某有名新聞社の人がこんな話をしてくれたことがある。

「うちには囲碁クラブがあって、月に2、3回、社員が駆り出されるんです。元常務とか、元専務とかの世話役です。過去の自慢話やら、説教やらを聞かされ、地獄のような時間です。社長もやめたいと思ってるみたいですけど、ほら、会長の手前、そうもいかない。行き場を失った元役員のための囲碁クラブとか、わけわかんないですよね」

……この囲碁クラブも、2年前にやっとなくなったそうだ。

「セキュリティが強化されて、社員以外に社員証(=入館証)を出すわけにいかない」というのが、表向きの理由だった。

今、35歳の会社員も、あと5年で40歳。希望退職のターゲットは今では40歳以上だ。若手にも容赦なく魔の手が伸びてくる時代は、もうすぐそこにある。

過去の栄光は正真正銘、役に立たない。社員証1枚で社内のすべてにアクセスできる技術革新が「おい、こら! 俺を誰だと思ってるんだ!」と振る舞う暴君たちをシャットアウトしたように、コロナ禍で一気に加速したリモート環境により、求められる人材、評価される人材は大きく変わる。

■「新しいゲーム」が始まった

企業経営の世界に「パラダイム・シフト」の概念を普及させたジョエル・バーカーは、「パラダイム・シフトとは、新しいゲームに移行すること、ゲームのルールがすっかり変わってしまうことだ」と定義した。

写真=iStock.com/Orbon Alija
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新しいゲームは、「あなた」が想像する以上に厳しく、困難を伴うかもしれない。しかし、想像を裏切るほど「おもしろい!」と思える可能性も高い。絶望の先にこそ、希望はあるのだ。

なので、まずは、「自分だけは大丈夫」という幻想を捨て、あれこれ複雑に考えずに、イチ、ニのサーンで、「次」に進んでほしい。

新しいゲームに、「エリート」はいらない。なにせ、「会社員」は崩壊したのだから。

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河合 薫(かわい・かおる)
健康社会学者(Ph.D.)、気象予報士
東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D.)。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。産業ストレスやポジティブ心理学など、健康生成論の視点から調査研究を進めている。著書に『残念な職場』(PHP新書)、『他人の足を引っぱる男たち』『コロナショックと昭和おじさん社会』(日経プレミアシリーズ)、『定年後からの孤独入門』(SB新書)などがある。
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(健康社会学者(Ph.D.)、気象予報士 河合 薫)