ヴィッセル神戸のアンドレス・イニエスタが、5月11日に2年契約を更新した。

 それ自体はとても素晴らしいニュースだが、記者意見を知らせるメールのタイトルが「イニエスタ選手に関する重要な記者会見」だったので、想像の矢印があちらこちらに向いてしまった。会見当日はイニエスタの37歳の誕生日で、そんな日に契約満了や引退を発表するはずもないだろうと思いつつ、胸はざわついた。

 37歳で2年契約である。20世紀なら考えられないが、選手寿命が延びた現代なら例外的ではない。54歳のカズこと三浦知良は特別だとしても、30代後半の選手はヨーロッパでも見つけられる。

 イニエスタのプレースタイルも、年齢に大きく左右されるものではない。瞬間的なスピードやスタミナが売りではなく、技術は錆びつかないから、経験に裏付けられた適切な判断によってプレーは際立っていく。十分にトップレベルを維持できる期間として、2年契約になったと考えられる。

 イニエスタが契約満了でヴィッセルを離れることになったら、Jリーグに注がれる視線は曇っていたかもしれない。「Jリーグのレベルはイニエスタに物足りないものだった」といった憶測が、まことしやかに囁かれかねない。しかし、契約更新となったことで余計な雑音は流れず、むしろJリーグのポジティブな面が評価されていくのではないだろうか。

 イニエスタが契約を結んだ2年の間には、カタールW杯が開催される。22年11月開幕というイレギュラーなタイミングだが、この大会を区切りに代表から引退するといった選手も出てくるだろう。

 そんなときに、世界的名手がJリーグにいることは大きい。「イニエスタが契約を延長するようなリーグなら、自分も行ってみたい」とか、「イニエスタと対戦できるならJリーグへ行きたい」と、考える選手が出てくるかもしれないからだ。

 もちろん、カタールW杯の終了を待たずに、Jリーグ入りを望む外国人選手が出て来てもおかしくない。今回の契約延長は、ヴィッセルだけではなくJリーグの未来にとっても有益なものだ。

 今シーズンのイニエスタは昨年12月のACLで負傷したため、開幕から戦列を離れていた。5月1日のサンフレッチェ広島戦でようやく復帰し、続く横浜F・マリノス戦でもピッチに立った。2試合連続の途中出場を経て、スタメン復帰が近づいていると言えそうだ。

 契約延長の波及効果は計り知れないが、他でもないイニエスタ自はピッチ上でのパフォーマンスに集中している。

 シーズン途中の加入となった移籍1年目の18年は、J1リーグで10位に終わった。翌19年シーズンはJ1リーグで8位となり、天皇杯で初優勝を飾った。しかし、20年シーズンはリーグ戦で14位にとどまり、ACLはベスト4で力尽きた。

 天皇杯はクラブ初の3大タイトル獲得だった。ACLは初出場で4強入りした。コロナ禍での大会ということを踏まえても、よく頑張ったと言える。

 ただ、イニエスタは満足していないだろう。「自分は小さい目標にはモチベーションを感じないというか、大きな目標を勝ち取りたい性格なので、このチームをさらなる高みへ連れていくための貢献をしたい」と話す。リーグ戦で優勝を争っていきたいはずである。新たに契約を結んだ2シーズンでリーグ戦を制覇し、アジアの舞台でも頂点に立つことが、彼が言う「さらなる高み」だと思われる。

 もちろん、イニエスタに寄りかかるわけにもいかない。監督や選手が変わっても揺らがないクラブの哲学を、ヴィッセルは形にしていかなければならない。Jリーグはと言えば、ファン・サポーターはもちろん選手にとっても魅力的な要素を増やしていく。イニエスタの契約更新は、クラブとリーグがさらに成長するための猶予期間と言っていいかもしれない。