UEFAチャンピオンズカップが創設された直後に5連覇を達成し、それから欧州で最も重要なクラブとしての立場を確保し続けているレアル・マドリー。

今回は『Sportmob』から、「レアル・マドリーの歴史上最高のベストイレブン」をご紹介する。

GK:イケル・カシージャス

レアル・マドリーで史上最高のゴールキーパーといえば、イケル・カシージャスを除いて他はいない。「聖イケル」の愛称を付けられた彼は、9歳からクラブのアカデミーでプレーし、10代でプロデビューを果たし、724試合に出場したという紛れもないレジェンドである。

これはレアル・マドリーの歴史上2番目の出場数であり、クリーンシートは264回を誇る。その圧倒的な反射神経から繰り出すスーパーセーブの数々は、ファンを常に湧かせ続けた。

またキャプテンとしても多くのトロフィーを掲げ、レアル・マドリーで獲得したメジャータイトルは19回にのぼった。IFFHSの年間最優秀GK5回、FIFProワールドイレブンに5回選出されており、まさに一時代を築いた守護神だった。

左SB:ロベルト・カルロス

そしてイケル・カシージャスと同時代に活躍したブラジル人DFのロベルト・カルロスも、サッカーの歴史上で最もユニークで偉大な選手の一人だ。

レアル・マドリーで11シーズンを過ごし、527試合に出場。サイドバックながらも68ゴールを記録し、88回のアシストを提供した。とてつもない太さを誇る太ももを振り上げて放つシュートは時速140kmを記録したと言われ、フリーキックの壁に入る相手選手に恐怖を感じさせた。

外国人選手としてはレアル・マドリーでのほとんどの記録を所持しており、合計13のメジャータイトルを経験。このクラブのみならず、サッカー界でも有数の存在である。

CB:セルヒオ・ラモス

2005年にセビージャから加入したあと、現在までずっとレアル・マドリーの中心的な存在であり続けるセルヒオ・ラモス。守備のタスクを十分に果たした上で、攻撃面でも結果を残してきた。

アトレティコ・マドリーを相手に戦った2014年のUEFAチャンピオンズリーグ決勝では、後半アディショナルタイムに起死回生の同点ゴールを叩き込み、劇的な逆転優勝のきっかけを作った。

重要なところでゴールを決められるメンタル、尽きることのない闘争心、そして破壊力ある空中戦。すでに100ゴール以上を決めており、歴史上最も得点力があるディフェンダーの一人となっている。

CB:フェルナンド・イエロ

レアル・マドリー史上最高のセンターバックはもうひとり必要だ。そこにはこのクラブで601試合に出場して127ゴールを決めた、偉大なキャプテンのフェルナンド・イエロを選出しなければならない。

1989年から2003年までレアル・マドリーでプレーし、14年間で多くのタイトルを獲得するために重要な役割を果たしてきた。3回のチャンピオンズリーグ優勝を経験し、トヨタカップも2度制覇した。

ボランチとしてもプレーできる多彩なプレーヤーであり、驚異的なポジショニングセンスと予測力を備えていた。スター軍団を後方から常に支え、影に隠れることもない、まさに偉大なレジェンドであった。

右SB:ミチェル・サルガド

右サイドバックもやはり同じ時代の選手を選ばなければならない。1999年にレアル・マドリーへとやってきたミチェル・サルガドは、10年間にわたって大きな役割を果たした選手だった。チャンピオンズリーグを2回、リーガを4回、スーペルコッパを3回制覇している。

攻撃的なプレー、そして恐れを知らない積極性を持っていた選手であり、どんなコーチも彼に大きな信頼を与えた。様々な選手がやってきたものの、結局は彼がスタメンで起用されていた。

その勤勉さはファンにも高く評価され、レアル・マドリーでプレーした371試合で世界有数のサイドバックに成長。退団後はブラックバーンへ移籍し現役引退したが、それからもインドのフットサルリーグに参戦したり、2018年にはパナマで現役復帰したりと精力的に活動している。

MF:ジネディーヌ・ジダン

当然ながら現在レアル・マドリーの監督を務めているジネディーヌ・ジダンを入れないわけにはいかないだろう。選手としても指揮官としてもこのクラブに大きく貢献した。

なんとも言えないエレガンスをフィールドに持ち込んだ天才は、ボールを使って魔法をかけられる数少ない選手であった。柔らかいタッチで吸い付くようなトラップをし、信じられないような選択を難なく行う。

フランス代表でもレアル・マドリーでもあらゆるタイトルをコレクションした彼であるが、その中でも最も記憶に残るのはUEFAチャンピオンズリーグの決勝でレヴァークーゼンを相手に決めた左足ボレーシュートだろう。

MF:アルフレド・ディ・ステファノ

ディ・ステファノがレアル・マドリー、そしてサッカー界にもたらしたものを要約するのは簡単ではない。1953年から64年までの11シーズンで394試合に出場し、308ゴールを決めた。未だにクラブ史上最高の選手として評価されている。

なぜかといえば、レアル・マドリーを世界で最も重要なクラブに変えた選手であるからだ。チャンピオンズカップで5連覇を達成したとき、その5回の決勝戦で必ずゴールを決めた。その記録は未だに誰も破っていない。

ピッチの内外で素晴らしいリーダーであり、人格面も高く評価された。合計18のメジャータイトルを獲得し、今でもクラブの伝説として崇められている。2014年に死去した際には多くのファンが悲しみに暮れた。

MF:フランシスコ・ヘント

「カンタブリアの嵐」と異名をとったフランシスコ・ヘントは、ヨーロッパの頂点を争う大会で6回優勝したという世界唯一の選手である。ディ・ステファノやプスカシュらと並び、レアル・マドリーの歴史上最高のチームのメンバーであった。

クロスの精度、ドリブルのスキル、そして驚くべきスピードを備えていたウイング。18シーズンをレアル・マドリーで過ごし、600試合以上でプレーし、12回のリーガ優勝を経験した。

2016年には死去したディ・ステファノ氏の後を継ぐ形でレアル・マドリーの名誉会長に就任している。なお、彼の甥であるパコ・ジョレンテもレアル・マドリーでプレーした選手であり、その息子がマルコス・ジョレンテ(現アトレティコ・マドリー)である。

FW:クリスティアーノ・ロナウド

史上最高のゴールスコアラーであるクリスティアーノ・ロナウドをこのベストイレブンに入れないわけにはいかない。彼はレアル・マドリーでの438試合でなんと451ゴールを叩き込み、9年間で様々な記録を塗り替えた。

1シーズンのゴール数61はクラブ最多記録。チャンピオンズリーグでのゴール記録やハットトリック数など数え切れないカテゴリに名前を残した。

多くの決定的なゴールを決め、3回のチャンピオンズリーグ連続優勝に大きく貢献。リオネル・メッシとの激しいデッドヒートは今世紀のサッカー界のハイライトである。

FW:ラウール・ゴンサレス

もちろんレアル・マドリーで最多出場記録を持っているラウール・ゴンサレスもこのイレブンに入る存在。741試合でプレーし、323ゴールを記録した。得点数もクラブ史上2番目のものであるが、それ以上に偉大なキャプテンであった。

可能な限りピッチ上で努力を行い、飽くなき欲求を持ち、正々堂々と戦った。その姿は多くの子どもにとっての憧れであり、レアル・マドリーというクラブの象徴的な存在であった。

引退後はアメリカでリーガの大使として活動したが、その後レアル・マドリーに指導者として復帰。現在はBチームに当たるカスティージャで監督を務めている。

FW:フェレンツ・プスカシュ

レアル・マドリーで262試合に出場し242ゴール。その記録は簡単なものではない。しかもピッチから離れたブランクがあり、年齢も30代になってからとなればなおさらだ。

世界最強のハンガリー代表で活躍したプスカシュは、母国の動乱を避けて亡命。1年半以上の出場停止処分を受けたあとでレアル・マドリーへと加入した。

【写真】「レアル・マドリーでプレーしたことを忘れられた」スター選手たち

往年の姿とは全く違った体型でスペインに渡った彼であったが、ディ・ステファノと黄金コンビを形成し圧倒的な得点力を発揮。レアル・マドリーでプレーした史上最年長の選手であり、そしてクラブの最年長ゴール記録も持っている。