年収を偽って婚活した男性が直面した事態とは?(イラスト:堀江篤史)

自分を少しでもよく見せようと思うのは就活でも婚活でも変わらない。聞かれない限りはマイナスポイントを伝えないのは当然だが、ちょっとしたうそをついてしまう人も少なくない。相手をだまそうという気持ちではなく、「受け入れてもらいたい」という願望の結果なのだと思う。


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2019年の冬に結婚した馬場伸之さん(仮名、36歳)は、転職前までは年収400万円台だったのに偽って「600〜800万円」というプロフィールをマッチングアプリに記載していたと告白する。

そのアプリで知り合って交際を始めた3歳年下の愛さん(仮名)と同棲する際、不動産会社への提出書類に本当の年収を記載。愛さんにバレて、いったんは別れを告げられたという。

「それまでは年上の私のほうが立場が上で、彼女が気を遣ってくれていました。あのとき以降は立場が完全に逆転しました」

いかにもまじめそうなメガネ姿の伸之さんが露骨に意気消沈していると申し訳ないけれどユーモラスだ。今では愛さんの両親が田舎から出てきて、新婚家庭で同居中だという。自分の家なのに「マスオさん」状態。それもまた伸之さんには似合うし、うそをついて婚活をした結果ともいえる。

失恋で消極的になった異性関係

浪人をして大学に入り、大学院にも進学した伸之さん。チェーン店の運営会社に就職したときには27歳になっていた。学生時代を通して異性関係には消極的だったと振り返る。

「人並みに興味はありました。でも、好きだった女性からフラれてしまったことを引きずったりしていて一歩が踏み出せなかったのです」

そんな伸之さんを変えた出来事がある。社員として赴任していた店舗のスタッフから好意を寄せられたことだ。

「私はフランクな話し方ができません。その女性のことも名字で〇〇さんと呼んでいました。それが新鮮だったみたいです。好きなことを態度でも示してもらいました」

ただし、その彼女は「ギャルっぽい見た目」の既婚者だった。親や姉たちにはとても紹介できないと伸之さんは感じていた。彼女とは3カ月ほどで別れてしまった。

不倫は決して誉められた行為ではない。でも、伸之さんはだまされたわけでもない。相手が既婚者だと知っていて付き合ったのであり、その数カ月間で男性としての自信を取り戻すことができた。

「その後、合コンで彼女ができました。好きになったきっかけは顔がすごくタイプだったからです。でも、この人とも5カ月ほどでお別れしてしまいました。私以上にコミュニケーションが不得意な女性で、食事代を出しても『ごちそうさま』も言ってくれないことが不満でした。それを口に出せなかった私にも問題があるのですが……」

その後、伸之さんは出会いの場を婚活アプリに移した。3年間ほどで20名弱の女性と出会い、5名とは男女関係に至ったと明かす。「交際」とは書かないのは、不純な動機も混じっていたからだ。

「結婚というよりも彼女が欲しかったのが当初の目的です。でも、話してみて『いいな』と思えなかった相手は大切にできないこともありました」

客観的に見ればいわゆる「ヤリモク」と言われても仕方ないだろう。それだけではない。冒頭で指摘したように伸之さんは年収を偽っていたのだ。

「当時年収が400万円半ばでしたが、600〜800万円にして活動したらマッチング率が大幅にアップしました。今思うと酷い話ですが、それができてしまうのがアプリでもあります」

そしてマッチングしたのが愛さんだった。見た目重視の伸之さんは「写真よりも実物のほうがキレイだ」と感激したと回想する。経歴を偽って出会ったことのしっぺ返しは後述する。

結婚を視野に入れ、同棲を始めた2人だが…

愛さんは大学卒業後、事務職としてまじめに働いてきた。伸之さんによれば、「内向的で、数少ない友達と深く付き合うタイプ」。伸之さん自身も外向的とは言えないので似た者同士で惹かれ合ったのかもしれない。

「社会人として自立しているのも心強く感じました。あとは、タイミングもちょうどよかったのだと思います。私の両親が結婚したのは父が35歳のときです。自分もそれぐらいまでには結婚したいと漠然と考えていました」

マッチングしてから2カ月後には付き合い始め、翌年には結婚を視野に入れて同棲を始めた2人。その際、伸之さんは「本当の年収」を愛さんに知られてしまう。

「LINEの返信がすぐには返って来なくなりました。理由も教えてくれません。週末に会ったときに、『ちょっと聞いていい? 年収はいくら?』と聞かれました」

観念した伸之さんは実際の収入を明かし、奨学金も返済中なのだと話した。愛さんは泣いてしまったという。

「私にうそをつかれたショックだけではありません。世帯年収1000万円の家庭が夢だったそうなのです。本当は夫の年収だけでその金額に達したかったそうですが、無理ならば2人合わせてでも、と。彼女の年収はそのときの私と同じぐらいなので、その夢を壊すことになってしまいました」

愛さんも古いなあ。「だったら自分が頑張って年収を上げればいいじゃん」と甲斐性のない筆者は思ってしまう。でも、悪いのは噓をついた伸之さんのほうだ。「別れてください」と泣く愛さんに平謝りに謝って、がむしゃらな転職活動を開始。現在の会社に入ることができ、年収600万円を達成した。伸之さん、有言実行の男である。

「結婚できて本当によかったです。今の妻と結婚したかったから。幸せです」

相変わらず硬い表情で語る伸之さん。言葉とは裏腹に少しストレスを抱えているようだ。新婚生活がやや窮屈なものになっているのが原因だろう。

「昨年、妻と共同でローンを組んで建売の一戸建てを購入しました。それで価値観がだいぶ変わりましたね。お金のことなどを長期的に考えるようになったんです。子育てや老後のことなども考えると無駄遣いはできません。独身時代は先のことなんてまったく考えていなかったのですが……」

今後、子どもができることを見越してマイホームの間取りは3LDK。しかし、購入して1カ月後にはなぜか愛さんの両親と同居することになった。

「義父ががんを患っていて、東京の病院に通院することになったからです。寝室は別ですし、私のテレワーク用の部屋も確保してあります。それでも風呂やトイレ、リビングは共用なのでストレスはたまります。私は義父母のことが好きですが、ずっと一緒にいると別ですね。終電帰りが多い私に対して、義父から『体に気を付けてね』なんて言われると鬱陶しく感じます。仕事や生活を干渉されたくありません」

時期も悪かった。伸之さんは営業職であり、コロナ禍でも断りにくい会食はある。転職したてなのでなおさらだろう。帰りも毎日遅い。

今後の長い結婚生活の基盤を構築

「妻は基本的に自分の両親の味方です。『親と一緒に住んでくれてありがとう』とは言いつつ、高齢の病人と同居しているのに、と外食している私を責めてきます。仕事なんだよとやんわりと反論しましたが強くは言えません。こっちの分が悪くなるだけだからです」

愛さんはとくに母親と仲がよく、2人で楽しそうに家事をしている。家事が得意ではない伸之さんは「ありがたい」と思いつつ、料理の品数が増えてもうれしくはない。元来、食事は「食べられたらいい」と思う程度でさほど関心はないからだ。

「土日のうちどちらかは妻と2人きりで過ごせています。それが幸せです」

自分に言い聞かせるようにつぶやく伸之さん。新婚早々、さまざまな重圧に耐える日々だ。愛さんとの力関係が「完全に逆転」したのは自業自得だが、考えようによっては今後の長い結婚生活の基盤を築けているとも言える。転職を果たし、持ち家を確保し、義父母と真の「家族」になろうとしているからだ。伸之さんの奮闘を期待したい。

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