水戸ホーリーホックはサッカースクールの子どもたちに、見守り用のタグを配布し始めた(写真:パナソニック

総合家電大手のパナソニックが、新興国発の技術やビジネスを先進国に逆輸入する「リバースイノベーション」を加速させている。

2020年10月には、新興国などで生まれた新サービスや製品を日本などの先進国で活用していくことを目的とした新組織「クロスボーダー準備室」を設立。インドで事業化した見守りサービス事業を日本に導入するなど、すでに21件の事業化の事例が出ている。

インド発「追跡タグ」を日本へ

サッカーJ2リーグの「水戸ホーリーホック」は、同クラブが運営するサッカースクールに所属する子どもたちに手のひら大のタグを配り始めた。パナソニックが開発したIoTタグ「シーキット(Seekit)」だ。

タグは子どもたちがバッグにぶら下げるなどして身につけ、専用アプリが入っているスマートフォンと通信でつなげる。タグとスマホが約30メートル離れると追跡機能が作動し、スマホからタグの位置を把握できる。

スクールで練習する子どもが今どこにいるのか、保護者向けの見守りサービスとして利用しようとしている。パナソニックは今夏までにスクール生全員に配布し、今年の夏をメドに本格利用を始める。

シーキットはパナソニックのインド法人傘下の開発拠点、インドイノベーションセンターが開発した製品だ。現地の主力商品の1つで、アメリカのバッグメーカー「サムソナイト」の一部のスーツケースにも採用されている。

インドでは置き引きや駐輪バイクの盗難が多発しているほか、年間数万人の子どもたちが誘拐被害や失踪事件に遭っている。この切迫したニーズを背景にシーキットは開発され、パナソニックのクロスボーダー準備室が日本への導入を決めた。

クロスボーダー準備室を率いる推進責任者の中村雄志氏は「すでにある技術を活用することは、組織の強みを生かすためには重要だが、パナソニックは大きな組織であるが故にそのポテンシャルを生かし切れていない」と指摘する。

新興国発技術で縦割り組織を打破

パナソニックがクロスボーダー準備室を設立したのは、日本などで成長につながる新規事業の創出に苦戦していることが背景にある。組織は縦割りで硬直化し、社内で成功事例を共有しにくくなっていた。新興国のほうが社会課題が目に見えやすく、新規事業が創出されやすいこともある。


インドでは子どもたちの誘拐事件が多発しており、その対策として見守りタグ「シーキット」が開発された(写真:パナソニック)

シーキットを開発したインドイノベーションセンターは2017年4月の組織設立以降、医療マッチングアプリやオンライン教育ツールなど10件の新規事業を立ち上げた。

「(現地法人の)パナソニックインドはまだ組織が大きくないからこそ、スピード感を持って事業化に取り組めている」(中村氏)。インドではスマート家電などに利用できるIoTプラットフォームも開発し、ソフトウェア分野でのサービスを基軸とした成長が進む。

クロスボーダー準備室は、インド発の電子保証書「e-CareWiz」を日本で展開するためのサービス開発をパートナー企業と進めている。アメリカのシリコンバレーで新規開発した顧客の満足度計測装置「Any Feedback」は、すでに水戸ホーリーホックのスタジアムに導入されている。有償サービスが一部で始まっており、これらの新規事業によって5年間で売上高100億円に育て上げることを目指している。

100億円という目標は、年間売上高約7兆円を誇るパナソニックからすると見劣りがする。だが、中村氏は「インドでの成功例を『リバースイノベーション』という形で、日本などの成熟市場に持ち込み、イノベーションの循環を起こす」と、パナソニック全社で技術革新のスピードを高める考えを示す。

パナソニックが海外での新たな取り組みや技術を日本などに逆輸入できるようになったのは、海外現地法人に開発の権限などを大幅に委譲したためだ。その結果、技術開発のスピードが日本以上にあがった。

パナソニックのインド法人は本社の経営方針に振り回され、現地に合った戦略を実践できず、サムスン電子など韓国勢に劣後した苦い過去がある。そこで、2010年に「インド大増販プロジェクト」を開始。失地回復を狙って、2013年にはインドを事業拡大を図る重点地域に指定し、商品企画の権限を現地法人に委譲した。その結果、現地に合った独自色のある製品開発力が培われた。

同様に経営や開発を現地化して独自の製品開発が大きく進んでいるのが中国だ。スマート家電の進化が著しい中国で機動的に研究開発や製品展開を行うために2019年4月にCNA社を設立。すでに中国で販売されているパナソニックの家電製品のうち、日本で企画開発された製品の数は1割に満たない。

家電と住宅設備の壁を取り払う

CNA社設立の結果、中国では事業部門間の連携がうまく進むようになった。パナソニック副社長でCNA社社長の本間哲朗氏は「(CNA社では)家電事業と住宅設備事業の間の『壁』を壊し、1つのカンパニーで運営している」と話す。

さらに、「中国は世界で唯一、本当の意味でスマート(デジタル)社会が実装された地域であり、中国で開発した製品を、日本や欧米など成熟市場に持ち込みたい」(本間氏)と意気込む。デジタル技術が進んだ中国で培ったノウハウをパナソニック全社で生かせるかも焦点だ。

2022年4月に予定されているパナソニックの持株会社化では、家電や住宅電気設備事業などで構成される中核事業会社のパナソニックにCNA社も参画する。事業会社内で海外部門で培った経験が各個別事業に活用される機会も増えていく。

海外事業を成長させ、そのスピード感を取り込んだ技術革新を全社に展開できるか。リバースイノベーションの成否がパナソニックの成長のカギを握りそうだ。