なぜ、モスバーガーが食パンを売るのでしょうか?(筆者撮影)

ここ数年高まっている食パン人気。食パン専門店も雨後の竹の子のように誕生している。中には1本が1000円近くする高級食パンもある。さらに、コロナにより家庭で過ごす時間が増えたことが、このムーブメントに拍車を掛けているようだ。「外食機会が限られるから、家で食べるものを少しぜいたくに」と考える人も増えているためだろう。

この過熱する食パンブームを背景に驚くべき手を打ってきたのが、モスバーガーを展開するモスフードサービスだ。3月12日より約1000店舗にて食パンの物販を始めた。

発売前から大きな話題に

それが「バターなんていらないかも、と思わず声に出したくなるほど濃厚な食パン」(税込600円)だ。


「バターなんていらないかも、と思わず声に出したくなるほど濃厚な食パン」(税込600円)。3月12日より約1000店舗にて販売を開始した(筆者撮影)

近年はコンセプトをそのまま言い表した、長い商品名や店名をつけるのが1つの流行になっているが、その中でも抜きんでて長く“濃厚”な商品名である。

命名のインパクトはともかくも、発売元がモスバーガーであるという事実に目を見張った人は多いだろう。

そのため同商品は発売前から大きな話題となり、初回発売時には約9万5000個の受注があったという。

モスフードサービス営業本部付グループリーダーの吉野広昭氏は「想定を軽く超える受注数で、用意しておいた商品持ち帰り用の紙袋が在庫切れになりそうなほどだった」と、反響について語った。

CMなど、大々的な宣伝をしたわけではなく、プレスリリースと店舗ごとのリーフレットやSNSなどの普通の販促をしただけだったそうだ。やはり、「ハンバーガーチェーンが食パンの物販」という意外性が、耳目をひきつけた大きな要素のようである。

2回目の販売日にはおよそ半減とは言え、それでも多い約4万7000個の受注があった。

初回、2回目と述べたのは、この食パンは完全予約販売のため、販売日が毎月第2・第4金曜日と決まっているからだ。予約締め切りは前週土曜日、つまり1週間前となっている。購入したい場合は、ホームページからダウンロードあるいは店舗に設置されている予約表に記入し、受け取りを希望する店舗に提出する。

このように客にとってはいささか面倒くさい手続きとしているのは、受注生産のため。「注文しておいて受け取りに来ない」といったケースをなるべくなくす意味があるようだ。また、予約販売を月2回と限ることでプレミア感も高まる。

それにしても気になるのが「なぜ、モスバーガーが食パンを売るのか?」である。

「外食自体が難しい中、モスバーガーとして『ご家庭で楽しめるものをご提供できないか』と考えた。そのことと、当社の中期計画の中で物販事業に視野を広げていることが結びついた」というのが吉野氏の説明だ。


店舗でのテイクアウトとイートインの比率はもともと6:4。現在はコロナの影響で7:3に変化してきているという。写真はモスバーガーの1号店成増店(写真:モスフードサービス)

実はモスバーガー全体としては、コロナ以前よりテイクアウト率が6割と、イートインに対しテイクアウトが優勢だった。現在はさらにこの傾向が進み、テイクアウトが7割になっている。

モスバーガーを家庭で楽しむ人はむしろ増えてきているのだ。しかし、ハンバーガーはファストフードの一種でもあることからもわかるように、「すぐに食べること(即食)」が前提の食べ物。モスのブランドを日常的に家庭で感じてもらえるものはないか、という発想から、食パンにつながったようだ。

ふんわりとした食感と濃厚な味わいを実現

ニュースリリース内では「週末のちょっとリッチな“おうち朝ごはん”」というコピーが採用されている。リッチというのは値段もそうだが、口にすることでぜいたくな気分になってもらうことを意図している。

上質な小麦にたっぷりのバターと卵、生クリームやその他の乳製品を使い、ふんわりとした食感と濃厚な味わいを実現。またキメの異なる小麦粉を使っており、耳までやわらかいのも特徴としている。あえて4つ切りとしたことも、どっしりとした食べ応えを強調し、ぜいたく感を高めた。

試食したところ、味わいもそうだが、生地のキメが細かく舌触りが濃厚。確かに耳もやわらかく、食感の違いというよりは香ばしさの違いとして、耳部分を味わうことができる。確かに食べ応えはあるが、よく厚切りの食パンで感じる、胸に詰まるような感じがなく食べ進められる。


トーストした状態。キメ細かな小麦粉の食感の中にバターや卵、生クリームなどの自然な甘味が感じられる(筆者撮影)

食パン自体の開発や製造は取引先の製パン会社が担当しており、今後受注がさらに増加したとしても対応できる体制とのことだ。ただし季節性のものでなく、継続的な事業であることは間違いないが、まだ試験的な取り組み。例えばモスバーガーのメニューに今回の食パンが採用される可能性などについては未知数だという。

同社では食パンのほかにも食品メーカーとのコラボによるスナック菓子「モスバーガーポテト(テリヤキバーガー風味)」(税込220円)を2021年3月25日に発売。こちらは全国のモスバーガー店舗(店舗限定)のほか、4月からはスーパーや小売店、ドラッグストアなどで販売している。なお、コラボ相手の食品メーカーは香川県に本社を置く味源。さば含有量70%、旨味調味料など未使用のチップス「SABACHi」などが代表商品だ。

そのほか少し意味合いは異なるが、食品宅配のオイシックスとの共同開発で、モスのミートソースをアレンジしたミールキットも2020年9月に発売している(現在は販売終了)。いずれも、店舗でのモスバーガーの提供以外にもブランド訴求のチャネルを広げていこうという目的がうかがえる。

2019年から始まった中期計画では「国内のモスバーガー事業の収益性改善を最優先としながら、海外事業や新規事業の成長に向けた投資も高水準」(同社中期経営計画より)で行うとしている。まずは食パン、そしてお菓子と、一見バラバラなようだが、家庭で過ごす時間に寄り添うアイテムを選んでいるという意味では共通性がある。


モスフードサービス営業本部付グループリーダーの吉野広昭氏。加盟店の指導など、モスバーガーチェーンを展開するうえでの幅広い業務を担当しているという(筆者撮影)

食パンの物販の検討が始まったときには、「社内でも驚きを持って受け止められた」(吉野氏)そうで、消費者としても「なぜ食パンなのか?」と疑問を感じたが、順を追って考えるとうなずくことができる。

なお、株式情報を見るとわかるように、モスフードサービスは厳密には「卸売業」に分類される。本部は、パートナーであるフランチャイズ店舗に商品を卸売りしているという立場のようだ。1000店を超える店舗に加えて他の小売業とも連携しながら、次々に物品を販売することは十分に考えられる。

強みは「日本生まれ」のアイデンティティー

課題となるのが、オーダーシステムを含めた各店舗のオペレーション。食パンの販売をさらに本格的に進めるなら、便利性を考えてネット注文にも対応してほしいところだ。

また大事なのが、それらの物販で「モスらしさ」をいかに上手に伝えていくかだろう。ハンバーガーチェーンとしての同社の強みは、国産野菜などに代表される、安心・安全や食材の新鮮さ、日本生まれのチェーンとしてのアイデンティティーである。


春の期間限定バーガー、「クリームチーズベジ〜北海道コーンのソース〜」(税込440円)。新鮮な国産野菜を強みとするモスらしい一品だ(写真:モスフードサービス)

例えば4月1日から発売の期間限定商品「クリームチーズベジ〜北海道産コーンのソース〜」(税込440円)は、春らしくレタスをたっぷり使い、クリームチーズと北海道産コーンのソースを合わせた、いかにもモスらしさが伝わってくる商品だ。また同時期に展開する「ご当地まぜるシェイク」は愛知のブランドいちご「ベニほっぺ」や、新潟産の洋なし「ル レクチエ」を用いたもの。地域の果物をうまく使っており、全国にあるFC店を活用した地域密着の事業を展開する同社の人となりにふさわしい。

物販事業など、新規事業を開拓する取り組みは未だ模索段階にあると推測できるが、さまざまな挑戦の中で改めて、同社としての原点を的確に捉え直すことが肝要になってくるだろう。