東京都内のあるドコモショップの出張販売所では、「オンライン専用」のはずのアハモのポスターが大きく掲示されていた(記者撮影)

携帯電話大手のNTTドコモは3月26日、格安の新プラン「ahamo(アハモ)」の提供を開始する。

そんな中、昨年12月から同社がドコモショップを営む携帯販売代理店に対し、アハモを前面に押し出して客を勧誘したうえで、高額な大容量プラン「ギガホ」などに誘導するように指示をしていたことが、東洋経済の取材でわかった。ドコモは事実と異なる説明をするように代理店に奨励しており、景品表示法違反(おとり広告や優良誤認、有利誤認)のおそれがある。

アハモは利用できる月間データ容量が20GB、5分以内の通話無料で月額税別2700円という内容だ。オンライン受付専用のプランで、ドコモショップからは申し込めない。

にもかかわらず全国各地のドコモショップの出張販売の出店では2020年12月以降、ドコモからの指示に従ってアハモのポスターや旗を掲げ、盛んに宣伝している。ドコモはこうした手法を「アハモフック」(フック=「ひっかけるための道具」の意味)と社内資料で称している。

出張販売でアハモフック

出張販売とは、ショップ付近の商業施設のイベントスペースや商店街の場所の一部を借りて店を出すことを指す。ショップに来る客は大半がすでにドコモの契約者のため、他社から客を奪う戦略としてドコモは出張販売を重視している。各ショップには月4回以上、出張販売を行うことを求めている。

記者も今年2〜3月、首都圏の複数の出張販売を回ってアハモフックを実際に確かめた。出店に張り出されたアハモのポスターを眺めながら周辺を歩くと、「docomo」のロゴが入った赤いジャンパーを着たスタッフからたちまち「アハモに興味はありますか」と声を掛けられた。その場でほかの通信会社と契約していることを話すと、スタッフは「アハモにすればお安くなるので、少しお話を聞いていきませんか」と笑みを浮かべてパイプ椅子を勧めてきた。

着席後、店員はアハモの説明をすると立て続けに、「お客様にはアハモが大変お勧めですが、まだ受付を開始していません。ですが、アハモにするなら今からドコモに乗り換えておいたほうがラクです」と畳みかけてきた。そして、アハモの話を聞くはずだったのが、いつの間にか、大容量プラン「ギガホ」を契約する話にすり替わっていた。

景表法に詳しい弁護士の森大輔氏は「出張販売ではオンラインでしか受付しないアハモのサービスは提供することができず、またその意思もないのに、アハモで客を呼び込んだうえで客の意思に反して違うサービスを売り込んでいる。これは景表法違反にあたる典型的なおとり広告だ」と指摘する。

この手法は、ドコモショップを営む特定の代理店が、独自に編み出したものではない。ドコモが代理店に配布している代理店施策の内部資料の中で明確にマニュアル化されている。

そもそも、「ドコモに乗り変えたほうがアハモに移行するのにラク」というドコモ推奨のセールストークの「ラク」とはいったい、どういう意味なのか。

記者が複数の出張販売で店員に聞いてみたところ「今、ギガホに乗り換えておけば、アハモにするときにはプラン変更の手続きで済みます。MNP(モバイル・ナンバー・ポータビリティ。携帯電話の番号を引き継ぐこと)の手続きもここで私がやります。ですが別の会社から直接アハモにしようとすると、ご自分でMNP番号を取らなければなりません。だから、この場でドコモに移ったほうがいいですよ」という趣旨の説明をされた。

だが、ドコモの代理店関係者は「ドコモにいったん乗り換えたほうがラクというのは、まったく事実ではない。むしろほかの通信会社からアハモに直接乗り換えたほうが遥かにラクだ」と断言する。

出張販売でスタッフが勧めるようにその場でほかの通信会社からドコモにいったん乗り換える手続きをすると約1時間、口頭で説明を受けなければならない。携帯電話の通信契約を対面で行う場合、総務省は事業者に対し客に内容を細かく説明する義務を課しているからだ。


ドコモは昨年12月に代理店に配布した施策資料で、アハモをおとりにしてギガホなどへのPI(乗り換え獲得)につなげるように文書で指示している(記者撮影)

ドコモが「【お願い事項】出張販売におけるahamo活用について」と題した資料は、2020年12月に代理店に配られた。そこにはアハモを集客コンテンツとして活用したうえで、客への訴求方法として「ahamoにするにしてもdocomoからの方がラクなので今のうちに乗り換えておきませんか」などとアピールして契約を取るように記されている。まさに記者が実際に受けた店員の話と瓜二つの内容だ。

MNP番号の取得は容易にできる

一方、オンライン上で、他社からアハモへの乗り換えの手続きを自分でする場合には、こうしたプロセスはない。画面上に表示される説明項目のうち読む必要があると思うものだけ確認すればよく、ものの数分もかからない。

また、MNP番号の取得もオンライン上で簡単に済ますことができる。もしくは携帯電話各社が指定する番号に電話をかければ短時間で済む。本来、これはまったく手間取る作業ではない。総務省は他社への乗り換えを防止することを禁じており、携帯電話各社は利用者がMNP番号の取得を容易にできるようにしていなければいけないからだ。

もっとも、この2月には、ドコモとKDDI(au)が、MNP手続きを含む解約説明のページがWeb検索で引っかからないようにする措置を取っていたことが総務省の調査で発覚。同省の指摘を受け両社は検索回避措置を解除した。

他社からアハモに移る場合、このMNP番号取得の手続きのほかに必要な作業は、オンライン上での名前や住所など個人情報の入力と、SIMカードの差し替えぐらいだ。こちらも短時間で済む。

優良誤認にあたる可能性も

それなのにドコモが代理店に、「今すぐドコモのギガホ等に乗り換えたほうが、アハモへの移行がラクだ」と利用者に虚偽の説明させている狙いは単純だ。

アハモフックでせっかく捕まえた客でも、3月26日にならなければアハモのオンライン契約はできない。このため、その間に客の気が変わってしまったり、他社のプランに流れてしまったりすることが十分に考えられる。その場で逃がさずドコモのプランに契約させるため、アハモ開始まで3カ月以上もあった2020年12月からこうした手法を推奨してきたとみられる。

弁護士の大空裕康氏は「携帯電話会社を選択するうえで契約手続の負担度が重要な判断要素となっている実状があり、かつあらかじめドコモに乗り換えておいたほうが他社からアハモに移るよりもラクだという説明が虚偽であるならば、このような勧誘方法は景品表示法違反(優良誤認)にあたる可能性が高い」と話す。

優良誤認とは、商品やサービスが、競争業者が販売するものよりも特に優れているわけではないのにもかかわらず、あたかも優れているかのように偽って宣伝する行為などだ。

そのうえドコモはこのアハモフックで、アハモへの移行を前提とする営業トークによってギガホなどに入らせているのにもかかわらず、客をアハモにプレエントリー(事前予約)させたり、アハモの受付開始後にお知らせの連絡をさせたりすることは代理店に一切求めていない。代理店向け資料の中にもこうした記述はまったく出てこない。

通信業界に詳しい野村総合研究所パートナーの北俊一氏は「ドコモはアハモで勧誘した利用者に対して、アハモ開始後に連絡して移行を促さないのであれば、不適切な販売だと言わざるをえない」と指摘する。

東洋経済はドコモに対し、一連のアハモフックの手法の問題点を詳細に指摘したうえで見解を質したが、「お客様のご利用状況やご希望に沿った最適なプランをご提案しております」(広報)と答えるのみだった。

ドコモのこうした手法に見え隠れするのは、アハモによってリテラシーが高い利用者からの収入が減る分を、リテラシーが低い利用者を騙してでもなるべく大容量のプランに加入させて補おうという意図だ。それを裏付ける、ある幻となったドコモの代理店施策がある。


ドコモが代理店に対し、来年度から大容量プランの獲得率評価を導入する旨を示していた内部資料。ドコモは施策の表面化を恐れてか急遽取りやめた(記者撮影)

実は、ドコモが2021年2月25日に開いた代理店向けの会合で配布した資料には、新年度(4月1日以降)から大容量プランの獲得率を、代理店へのインセンティブ評価の重要項目とする旨が記されていた。ドコモはここ数年、こうした施策は行ってこなかった。

しかし、ドコモの代理店関係者によると、3月下旬の土壇場で、この施策の中止が急遽決まったという。3月2日に開かれた総務省の有識者会議・消費者保護ルールの在り方に関する検討会では、「販売代理店の在り方」が重大議案の1つに設定された。総務省は携帯電話各社の代理店施策に関心を寄せ始めており、ドコモの直前撤回の背景にはこうした事情もありそうだ。

ギガホなどへの乗り換え獲得が優良事例に

ドコモショップでの不適切販売を助長しかねない大容量プラン獲得率の成績評価の導入は回避されたが、懸念されるのはこうしたやり方をしようとしていたドコモの企業姿勢そのものだ。

ドコモは2020年12月、親会社のNTTの澤田純社長が同社から送り込んだ腹心の井伊基之氏が社長に昇格した前後から、独占禁止法違反にあたる代理店への頭金0円の強制など、手段を選ばない方法で契約者数の増加を図っている。

ドコモは今年2月、2020年12月のMNPによる乗り換えの転入数が、他社への転出数を12年ぶりに上回ったと発表した。ドコモは「アハモを発表したことで既存のドコモ利用者の流出が少なくなった」などと説明してきた。

だが、実際には、アハモフックによる流入の増加などが大きく寄与していたようだ。ドコモの代理店向けの資料では、アハモフックを使ってギガホなどへの乗り換え獲得で12月に好成績を挙げたショップが「優良事例」として多数掲載されている。

井伊社長は昨年12月3日の就任直後の会見で、アハモ開始による減収影響を問われた際に「その分をどうやって埋めるのかが私の責任だ」と述べていた。その答えの1つがこのような手法なのだとすれば、ドコモを信頼する利用者への裏切りというほかはない。