「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」2日目 女性アスリートとLGBT

「THE ANSWER」は3月8日の「国際女性デー」に合わせ、女性アスリートのいまとこれからを考える「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」を始動。「タブーなしで考える女性アスリートのニューノーマル」をテーマに14日まで1週間、7人のアスリートが一日一人登場し、今、考えたい7つの視点で掘り下げる。2日目のテーマは「女性アスリートとセクシャル・マイノリティ(LGBT)」。元バレーボール選手の滝沢ななえさんが登場する。

 海外では現役選手のカミングアウトも珍しくないLGBTだが、日本では社会の理解が十分に進んでいるとは言えない。引退後にレズビアンであることを告白した滝沢さん。現役時代、反応が不安でチームメートに打ち明けられなかったこと、「美人すぎるバレー選手」と騒がれ、男性ファンに罪悪感があったことなどスポーツ界での経験を明かし、交際4年になる現在のパートナーとの将来について率直な想いを語った。(文=長島 恭子)

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「初めて彼女ができたとき、私にも恋愛感情はあるんだ、人を好きになれるんだって、嬉しい気持ちでいっぱいだった」

 そう話すのは、元バレーボール選手の滝沢ななえさん。彼女は引退から4年後の2017年、出演したテレビ番組でレズビアンであることを公表している。

 滝沢さんが自身の性的指向に気づいたのは、22歳のときだった。

 思春期は彼氏ができても盛り上がれない自分に、「恋ができない病気かもしれない」と思い悩むこともあった。社会人になり、彼女ができて初めて、自分が同性愛者であることを確信。当時、V・チャレンジリーグの上尾メディックスでプレーしていた滝沢さんは、高校時代からの親友と数人のチームメートだけに、レズビアンであることを打ち明けた。

「今ではチーム内で性的指向をオープンにしている競技もあるかもしれません。でも、当時のバレーボール界は違いました。彼女ができたことを打ち明けられたのは、新人の頃から一緒にプレーしていた数人の仲間にだけ。他のメンバーには言えませんでした。

 理由は、未知の世界への不安感、です。私がレズビアンと知ったとき、どんな反応がくるのかが想像つかなくて怖かった。例えば『彼氏ができた』と言えば、『そうなんだ!』で終わるところが、そうではない気がして。チームメートに『好きになられても困る』みたいに思われてもイヤだな、と考えたりもしました」

 ましてや世間に公表するなど「到底考えられなかった」と言う。

 その頃は、「美人すぎるバレーボール選手」という形容詞で、メディアに取り上げられる機会も多かった。男性ファンが多いという自覚もあり、それだけに、本当の自分を秘めている罪悪感のようなものを抱いていた。

「ファンの目は気になりましたね、すごく。試合後、直接声を掛けてくれる方も多かったので、私をすごく応援し、好きでいてくれる気持ちが伝わってきて、いつも裏切っているような感覚がありました。本当の自分を隠して、にこにこと対応している自分が嫌だったし、うしろめたかった」

 レズビアンだと言っても、ファンの人たちは変わらずに、応援してくれるのだろうか? そんな不安がいつもどこかにあった。

「セクシャリティを隠すことで、本当の自分を応援してもらえていない感覚がすごくありました。『応援してくれている私は、皆が思うような滝沢ななえではない』。その気持ちはアスリートとして大切な自分を信じる力にも、(マイナスの意味で)影響していたと感じます」

カミングアウトを決めた理由「パートナーのことを家族、友人にも話せず…」

 そんな滝沢さんは引退後、一転してテレビ番組でのカミングアウトを決める。腹を決めたきっかけは、第二の人生を歩むなか、「自分はどうあるべきか」に向き合ったことだった。

 引退後はバレーボールの指導者を経て、パーソナルトレーナーに転身。当時、所属していたジムの代表に、「セクシャル・マイノリティであることに悩んでいる人もいる。その人たちのためにも、何かできたらいいね」と言われていた。

 すると、時を同じくして、テレビ番組出演の依頼が届く。「ここでカミングアウトしたら、似たような境遇の人たちの支えや勇気になるかもしれない」。その想いが背中を押した。

「自分を隠して生きるって、結構辛い部分があるんですね。例えば、パートナーのことを家族や友人にも話せなかったり、何で彼氏いないの? どうして結婚しないの? と聞かれ『何でって彼女がいるから』と言えなかったり。本当に些細なことだけど、言えるか言えないかでは全然、違います。

 多分、世の中にはそういった思いを抱えている人はたくさんいる。私が公表することで、少しでも、その人たちの助けとか希望とかなれたらいいな、と思いました。

 周りがどう思うかではなく、自分には何ができるのか。どうしていきたいのか。そう考えるようになったら、すごく思考がチェンジした。自分で覚悟を決めてからは、カミングアウトに対する周囲の目は、まったく気にならなくなりました」

 現在も滝沢さんは「明るく前向きに人生を生きている、同性カップルもいると伝えたい」と、SNSでパートナーとの生活を積極的に発信。セクシャル・マイノリティに対する理解も以前と比べ、進んでいる感じを受ける、と話す。

「例えば若い20代の方たちの話を聞いていると、あまり壁がないのかな、と感じます。また、セクシャリティを問わず、自分を隠したり、他人を区別したりすることなく働ける会社に勤める知人もいます。自分を偽らず、自然に会話ができる環境って、すごく素敵ですよね。こういった話を聞くと、社会も変わってきているのかな、と感じます」

 さて、今、滝沢さんは付き合って4年目になるパートナー、そして愛犬と暮らしている。

 パートナーと付き合い始めたきっかけは、滝沢さんの一目ぼれ。「ちっちゃくて、フェミニンな感じが、単純にすごくタイプだった」

「彼女は家庭的な面もすごく素敵です。私は外で働くことはできても、生活する能力が極端に低い! ご飯は作れないし、部屋もぐちゃぐちゃになるし、家事は一切できません。一人暮らしのときなんて、遊びに来た友達から『部室みたいだね』ってよく言われていました(笑)。

 彼女は私にないものをたくさん持っています。愛情深いのかな。世話焼きというか、人に対して色々やってあげたい人なんです。私の帰宅時間に合わせてご飯を用意したり、今日のように取材があると、洋服を準備してくれたり。逆にしゃかりきに働くのは苦手。私とはまるで逆のタイプですね」

 日本では現在、同性同士の結婚は法的には認められていない。お互いのことは家族にも紹介済みだが、形としては独身同士の同居。二人は結婚について、どう考えているのか。

少し考えが変わってきた結婚制度「私は彼女を扶養家族にはできない」

「結婚制度は、パートナーとよくする話題の一つです。

 私たちの場合、本当に有難いことに、生活するうえで不便や困ったことが今までありません。家も二人で住むことをきちんと伝えたうえで貸していただいているし、同性婚が叶わない現状でも、自分たちなりの幸せを築けています。

 ただ、病気や事故で入院した際の面会の問題、相続の問題などに直面していない分、結婚の重要性を実感できていない部分はあります」

 以前は法律婚の必要性はまったくないと思っていた。でも今は、少し考えが変わってきている、という。

「税について学ぶうちに、籍を入れられるってすごくメリットがあるんだな、と思うようになりました。例えばパートナーのご両親は、お父さんが働き、お母さんは専業主婦なので、お母さんはお父さんの扶養に入っています。うちも私が外で働き、彼女が家のことをすべてやっているので形は同じです。でも、私は彼女を扶養家族にはできない。

 以前は、気持ちで何とでもなるとか、異性間の事実婚と同じだとか、結婚しようがしまいが関係ないね! と思っていました。でも、法律婚でないと叶わないこともあると気付き、やっぱり違うのかな、と。

 だから今は、結婚に対して、少し前向きな考えを持つようになりました。同性婚の制度ができれば、ちゃんと籍を入れたいかな。歳を取ったからかもしれないですね(笑)」

 ときには結婚や離婚を「紙切れ一枚のこと」などと、揶揄する会話を耳にすることもある。逆に滝沢さんの言葉からは、改めて「紙切れ一枚」の重みが伝わってくる。

「私たちは気持ちの繋がりがなくなったら、もう本当におしまいというか。『離婚』となると大変じゃないですか? だけど法的な関係がないと、どれだけ一緒にいたとしても別れることは簡単にできちゃう。

 日本にはパートナーシップ制度がありますが、やっぱり結婚とは異なります。

 法律上、婚姻関係を結べない私たちが繋がれる部分は気持ちしかない。だからこそお互い、紙に負けないぐらいの気持ちを持って一緒にいようね、とよく話します。相手に対して真摯に向き合う時間とか繋がりとか。そういうことをすごく大事にしていますね」

 特に滝沢さんの場合、パートナーは異性愛者。滝沢さんと付き合う以前の彼女は、結婚も出産も望んでいたため、交際をスタートする際、子どもについても徹底的に話し合った。

「パートナーは『女性は結婚して、子どもを産んで、家庭を持つ。これが幸せ』という考えの人でした。

 出産に関しては女性の場合、どうしても肉体的なリミットがあります。ですから、女性同士で付き合っていくうえでは、すごく大きな問題だと捉えていて。二人の間でここの認識がずれていると、難しいのかな、と思います。

 もちろん、子育てをしている同性カップルはいますし、お互い子どもが欲しいならば、手段はあります。ただ私自身には、昔から子どもが欲しいという気持ちがあまりなかった。私と一緒になって欲しい。だけど、私は将来的にも子ども望まないと思う、と伝えたうえで、お付き合いを始めました」

スポーツ界の未来に望むLGBTのカタチ「誰もが本当の自分を隠す必要なく、応援を」

 しかし一度、二人の関係が大きく揺れた時期もあった。子どもを持つ、持たない、の意見にすれ違いが生じるようになり、話し合いを重ねた。

「彼女的には頭では理解していても、友達が出産をしたり、SNSで子育ての様子を見たりすると、『私の人生はこれでいいのかな』という迷いが生まれたのだと思います。それで意見が合わなくなった時期もありました」

 彼女が愛犬「ぼたん」を家に連れてきたのはその頃だった。ぼたんが現れたことを機に、二人の関係性も大きく変わったという。

「最初の頃はカップル、わんちゃんが来てからは家族って感じです。もうね、一切『デート』というワードが出てこない(笑)。次の休みは家族でどこに行く? 家族の時間をどう過ごす? と、二人の会話のなかでも、自然と『家族』という言葉が出てきます。

 よく『犬は子どもじゃないんだから』と諭されるのですが、私たちもそれはわかっています。だけど、私たちにとっては凄く大切な存在。わが子のように、大事に育てていきたい」

 滝沢さんもパートナーも、今年34歳を迎える。子どもに関してはもう一度、二人で向き合う日が来ると感じている。

「その心構えは私もしていて、自分なりに考えてもいます。

 私は自分が女であることで、彼女の望みを叶えてあげられない部分がある。例えば、今の日本では籍を入れられないとか、二人のDNAを持つ子どもは持てないとか、正直、男性には敵わないな、みたいに思うところもあるんです。

 だから、それ以外のところで、どうしたら彼女にとって幸せな暮らしができるのかを、いつも考えています。私は彼女のご家族ともちゃんと付き合っていきたいんですね。そのためにはまず、彼女が幸せであることが大事ですから」

 結婚の形、家族の形は様々だが、自分たちにはステレオタイプの家族の形がない分、二人らしい幸せの形を作りたい、と話す。

「今の幸せは今の形。でも、時が過ぎれば、考え方も感情も変わってきます。その時にまた、二人で話し合い、新しい形に向かっていく。そうやって自分たちの形を、どんどん築き上げていきたいですね」

【「LGBT」について語った滝沢ななえさんが未来に望む「女性アスリートのニューノーマル」】

「アスリートたちはどれだけ自信を持って試合に臨めるかが、プレーに大きく影響します。ファンからの声援、言葉はアスリートの力です。本当の自分を明かした選手が、ありのままの自分を応援してもらえたら、絶対に自信になるし、すごく前向きになれます。選手の誰もが本当の自分を隠す必要がなく、選手がカミングアウトしても、ファンは変わらず応援する。そんな世界がいつか当たり前になればファンや選手だけでなく、スポーツ界全体にも良い影響があると思います」

■滝沢ななえ / Nanae Takizawa

 1987年9月22日生まれ、東京都出身。八王子実践中・高と進み、高校2年時に春高バレーでベスト8進出。卒業後、V・プレミアリーグ、パイオニアレッドウィングス(06-09年)に入団。09年、V・チャレンジリーグ上尾メディックスに移籍し、13年7月に現役を引退した。その後、バレーボールスクールのコーチを経てパーソナルトレーナーに転身。19年11月、東京・六本木にパーソナルジム「PERSONS Training Salon」を開業する。2017年、出演したテレビ番組で、レズビアンであることを公表。スポーツ界では数少ない、セクシャル・マイノリティであることを公表している一人。

<「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」オンラインイベント開催> 最終日の14日に女子選手のコンディショニングを考える「女性アスリートのカラダの学校」が開かれる。アスリートの月経問題について発信している元競泳五輪代表・伊藤華英さんがMC、月経周期を考慮したコンディショニングを研究する日体大・須永美歌子教授が講師を担当。第1部にはレスリングのリオデジャネイロ五輪48キロ級金メダリストの登坂絵莉さん、第2部には元フィギュアスケート五輪代表の鈴木明子さんをゲストに迎え、体重管理、月経、摂食障害などについて議論する。参加無料。

(「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」3日目は「女性アスリートと摂食障害」、フィギュアスケートの鈴木明子さんが登場)(長島 恭子 / Kyoko Nagashima)

長島 恭子
編集・ライター。サッカー専門誌を経てフリーランスに。インタビュー記事、健康・ダイエット・トレーニング記事を軸に雑誌、書籍、会員誌で編集・執筆を行う。担当書籍に『世界一やせる走り方』『世界一伸びるストレッチ』(中野ジェームズ修一著)、『つけたいところに最速で筋肉をつける技術』(岡田隆著、以上サンマーク出版)、『走りがグンと軽くなる 金哲彦のランニング・メソッド完全版』(金哲彦著、高橋書店)など。