2015年に登場し、2018年にマイナーチェンジを実施した「プリウス」(写真:トヨタ自動車

「プリウス」と「アクア」の車名は、クルマに興味のない方でもご存じのことだろう。

どちらもトヨタのハイブリッド専用車で、特にプリウスの初代モデルは1997年に世界初の量産ハイブリッド乗用車として誕生した、革新的なクルマだ。

アクアは、2011年に登場した5ナンバーサイズのハッチバック車で、日本の使用環境にピッタリ。両車とも機能や装備のわりに価格が安いこともあり、人気を高めた。

現行プリウスは4代目で、2015年12月に発売された。


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発売の翌年となる2016年には24万8258台を登録して、国内販売の総合1位になっている。今はホンダの軽自動車「N-BOX」が絶好調だが、2016年は18万6367台でプリウスのほうが売れていた。

2017年にはN-BOXが現行型にフルモデルチェンジして国内販売の総合1位になったが、プリウスも小型/普通車市場では、2017年と2019年に1位を獲得している(2018年はノート)。

ところが2020年のプリウスの登録台数は、6万7297台と前年に比べて半減した。2016年との比較では、36%まで下がってしまう。4年間で、実に60%以上の需要を失ったのだ。

コロナ禍の影響とはいえない2車の販売状況

2020年はコロナ禍の影響でクルマの販売が低調だったが、それでも国内総市場の対前年比は、12%の減少に留まっている。コロナ禍の影響が落ち着き始めた10〜12月に、対前年比がプラスに転じたためだ。

それにもかかわらずプリウスは10〜12月も20〜40%のマイナスで、2021年に入っても減少が収まらない。その結果、4年前の36%という落ち込みになった。

一方、アクアの発売は2011年で、2012年には26万6567台を登録した。このときは先代プリウスの次に多く、国内販売の総合2位になっている。


長いモデルライフの中で二度のデザイン変更を実施した「アクア」(写真:トヨタ自動車)

2013年にはプリウスが少し下がり、アクアが国内販売の総合1位となった。この後、2014年と2015年も総合1位を守り、2016年もプリウスに続いて2位となった。

それが2020年のアクアの販売台数は、5万9548台まで落ち込み、2012年の22%と低迷する。2016年の16万8208台と比較しても、35%まで下がってしまったのだ。

過去、約10年間にわたって続いてきたプリウスとアクアの人気ぶりが、2020年に一変したといえる。なぜ、この2車種は、今になって売れ行きを急落させたのか。

まずは、プリウスについて考えたい。トヨタの販売店に尋ねると、以下のような回答をえた。

「以前は、ハイブリッド車ではプリウスが定番でした。特に3代目は室内が広がって質感も高まり、ファミリーから法人のお客様まで好調に売れました。しかし、今はミドルサイズワゴンの『カローラツーリング』、ミニバンの『シエンタ』、SUVの『C-HR』など、大半のトヨタ車にハイブリッドが用意されます。お客様がプリウスにこだわる必要が薄れました」

以前は「ハイブリッド=プリウス」だったが、ハイブリッドパワートレインがいろいろな車種に展開されたため、需要が分散されたというわけだ。


2018年のマイナーチェンジでデザイン変更された現行「プリウス」(写真:トヨタ自動車)

大きかったプリウスαの存在

別の理由として、「プリウスα」の設計が古くなったことも挙げられる。プリウスαは、3代目プリウスをベースに開発された車内の広いワゴンで、3列目のシートを備えた7人乗りもある。実は、プリウスα登録台数は、プリウスに含まれる。

プリウスαは2011年に発売され、当時は車内の広いハイブリッドが少なかったため、人気車になった。発売後1カ月の受注台数は5万2000台と好評で、2013年の時点でも、プリウスαだけで約10万4000台が登録されていた。プリウス全体の約40%をプリウスαが占めており、プリウスの販売台数を押し上げた。


3列シートの7人乗りも設定される「プリウスα」(写真:トヨタ自動車)

4代目となる現行プリウスが好調に売れた2016年も、プリウスαは発売から約5年を経過しながら、年間登録台数3万台弱を確保していた。それが2020年には、約6000台まで減っている。つまりプリウスαの登録台数も、4年前の20%まで落ち込んだのだ。

前述のとおり、今のトヨタ車ではコンパクトカーから大小のミニバン、SUVまでハイブリッドが豊富に用意される。これに伴ってプリウスαの需要も下がり、設計も古くなって売れ行きを激減させた。

2020年には、国内で販売された小型/普通車の51%をトヨタ車(レクサスを含む)が占めている。そうなればトヨタ車同士の競争も激しくなり、5ドアハッチバックのプリウスとプリウスαが、ほかのトヨタ車に需要を奪われるのも当然だといえる。

それなら、アクアはどうか。この点についてもトヨタの販売店に尋ねた。

「アクアが登場したころは、ハイブリッドが今ほど多くありませんでした。アクアには普通のエンジン車がないので、外観を見ればすぐにハイブリッド車だとわかります。ミニ・プリウスのような感じで、コンパクトカーでもちょっとした優越感を味わえました。一般のお客様に加えて、環境意識を大切にする法人の社用車としても好調に売れました」

今ほどハイブリッドが多くなかった当時、ハイブリッドであることはステータスのひとつだったのだ。しかし、ハイブリッド車のラインナップが増えれば、そのステータス性は低下していく。先の販売店では、こんな話もえた。

「2020年に登場した新型コンパクトカーの『ヤリス』にもハイブリッドがあり、他社では日産『ノートe-POWER』も人気を高めています。2011年デビューのアクアは、設計の新しいヤリスと比べると、衝突被害軽減ブレーキも古いですし、レーダークルーズコントロールもありません。これも売れ行きが伸び悩む理由でしょう」


WLTCモードで35.4〜36.0km/Lの燃費となる「ヤリス ハイブリッド」(写真:トヨタ自動車)

マイナーチェンジのたびに安全装備のアップデートは行われてきたが、それでも設計の古さは隠せない。アクアは発売から9年を経過しており、ユーザーが高い関心を寄せる安全装備や運転支援機能に古さが散見されるのは販売上、不利だ。そこに同じトヨタから先進的なヤリスが登場すれば、アクアの売れ行きが下がるのも当然だろう。

全モデル全店扱いになった影響も

販売面では、2020年5月からトヨタの全店が全車を扱う体制に変わった。それまでは東京地区を除くと、例えばヤリス(旧ヴィッツ)は、ネッツトヨタ店だけが販売していた。その一方でプリウスとアクアは、以前から全店扱いだから販売面で有利だった。

ネッツトヨタ店が近所にない、または同店と付き合いのないユーザーが小さなハイブリッド車を求めたときは、全店が扱うアクアを最寄の店舗で購入していた。

プリウスも同様だ。初代プリウスはトヨタ店のみが販売したが、2代目ではトヨペット店が加わり、3代目から全店扱いになって売れ行きを急増させた経緯がある。

それが2020年5月以降は、すべてのトヨタ車を全店で買えるようになったから、アクアとプリウスは、販売系列を拡張したヤリスやカローラツーリングなどに顧客を奪われ、さらに登録台数を減らす結果となったのだ。

この流れを振り返ると、今ではアクアとプリウスの存在価値が大きく下がったように思えるが、実際はどうなのか。販売店に改めて尋ねると、以下のように返答された。

「たしかに、発売年から考えればアクアは古くなりましたが、重心が低くてボディも軽いために感じられるスポーティーな運転感覚は、今もアクアの強みのひとつです。買うかどうかを迷っているお客様に試乗していただくと、運転感覚のよさから契約されることも多くあります。このアクアの特徴は、ヤリスハイブリッドではえられないでしょう。プリウスは、認知度の高さで今もハイブリッドのナンバーワンですから、このまま終わらせるには惜しいクルマです」

ハイブリッドの代表選手として

冒頭で述べたとおり、プリウスとアクアの認知度は今でも高い。それなら今後もハイブリッド専用車として、イメージリーダーの方向に発展させるやり方があるだろう。

たとえば、ヤリスハイブリッド「X」グレードのWLTCモード燃費は、日本車では最高峰の36km/Lだが、それなら次期アクアはさらなる軽量化と空力特性の向上によって40km/Lを達成させる。


現行「プリウス」のハイブリッドパワートレイン(写真:トヨタ自動車)

空力特性の優れた5ドアクーペ風の外観とすれば、カッコもよく先進性も感じられるデザインとなる。そうなれば、ヤリスハイブリッドとは異なる、低燃費車の象徴的な価値を与えられるはずだ。

プリウスは、最先端のハイブリッドシステムを搭載して、環境性能の優れたトヨタ車の代表的な存在に位置付けたい。

1955年に初代モデルを発売した「クラウン」が、20世紀のトヨタを代表する存在だとすれば、1997年に初代が登場したプリウスは、21世紀のトヨタを牽引するクルマになっているといえる。プリウス、アクアとも、今後も低燃費車の代表として進化を重ねてほしい。