専有面積の広さから優位に立つ戸建ての牙城を崩せるか。写真はイメージ(記者撮影)

テレワークが定着すれば職場に近い都心部に住む必要がなくなり、価格が安い郊外の住宅需要が高まる――。コロナ禍で「郊外回帰」の言説が頭をもたげるが、郊外でのマンション開発は今後増えるのだろうか。

カギを握る「地元需要」

池袋から東武東上線を北上すること30分。戸建てや畑が目立つ埼玉県ふじみ野市で2021年6月、大型マンション「ブリリアシティふじみ野」の販売が始まる。元々イトーヨーカドーが立っていた広大な敷地を生かし、総戸数は1〜3街区合わせて708戸にも上る。


ブリリアシティふじみ野の建設地(記者撮影)

コロナ禍以前より企画されていたが、期せずしてテレワークの普及という追い風が吹いた。事業主である大手デベロッパーの東京建物は、「3LDKで70平米台中心というゆとりある専有面積や共用施設のワークスペースなどを備え、狭小な都心物件との差別化を図りたい」と意気込む。

利便性を武器に広域から客を集められる都心とは異なり、郊外物件は地元や周辺自治体など地縁のある住民が中心だ。ふじみ野の物件では「メインエリアはふじみ野市や(近隣の)川越市、富士見市、東武東上線沿線。サブエリアは埼玉県中域や東京都内を想定している」(東京建物広報)という。

マンション建設大手の長谷工コーポレーションは、分譲マンション子会社が千葉県市原市及び四街道市でマンションを2022年末に引き渡す予定だ。いずれも東京駅から電車で1時間ほどかかるが、照準を定めるのはやはり地元需要だ。

市原市の物件は京葉臨海工業地帯への勤務者、四街道市の物件は市内および隣接する自治体を念頭に置く。同社によれば、2019年に襲来した房総半島台風を契機に風水害に強いマンションが見直されたほか、駅から遠い戸建てに住む世帯の買い替え需要も増しているという。

郊外においては、他社の供給動向や過去の供給実績の分析が欠かせない。人口の多くない郊外では、一度に複数のマンションが供給されると需給バランスが緩む。競合物件がなくとも、直近でマンションが供給されていればファミリー世帯を中心とする顧客層の需要が刈り取られてしまう。「四街道駅周辺では2008年以降マンションの供給がなく、住民の間にマンションの購入需要がたまっている」(長谷工広報)。

地元だけではさばき切れない

デベロッパー各社に取材をすると、地元需要に照準を置く郊外マンションでは、おおむね竣工後1年を目処に完売を見据える計画が多い。一方、地元需要を取り切ってもなお在庫が残り、竣工から1年が経過しても完売に至らない物件も少なくない。

マンションを売却して得た資金を次の開発資金に充当するデベロッパーにとっては、値引きやオプション(設備のグレードアップ)の優遇をしてでも資金回収を優先したほうが得をする場合もある。

ところが、郊外の場合は地縁がなければ購入検討者に注目すらされないため、値引きをしても集客につながるとは限らない。ある郊外のマンションでは、販売最終期には1週間で1組しかモデルルームに来なかった。

アプローチできていない客に接触できないか。そうしたデベロッパーの依頼に応えるべく、不動産仲介大手の東急リバブルは2021年1月、家具やオプションなどの「特典」が付き、購入価格の交渉が可能な物件を集めたポータルサイト「アウトレット不動産モール」を開設した。

開設の経緯について、東急リバブルの佐藤英明営業推進グループマネージャーは、「デベロッパーなどから『お客を紹介してくれないか』という依頼はこれまでもあった。サイトを通じて各物件への送客につなげたい」と話す。掲載料はマンションで月10万円、成約時には別途手数料が発生する。開設当初の1日当たりページビューは数千件と、通常リバブルが開設する特集ページの3倍に上る。

アウトレットという表現に眉をひそめるデベロッパーもいたが、地元以外からの集客ツールとして活用する企業もある。埼玉県内と神奈川県内のマンションを掲載している日本土地建物の担当者は、「検討対象ではなかった客に『こういう物件もあるのか』と気づいてもらいたい」と話す。

掲載物件の多くは竣工済みの郊外物件だ。東急リバブルの岩男恭平係長代理は、「販売が長期化すると、広告を打ってもモデルルームへの来場が増えにくい。地元の不動産業者に集客を依頼するデベロッパーもいるが、業者の営業エリア内での集客にとどまることが多い」と話す。

リーマンショックのトラウマも

テレワークの普及が追い風とはいえ、郊外回帰がどこまで進むかの判断は難しい。前述の長谷工子会社による市原市内の物件では、当初は全戸を100平米の大型住戸で占める企画を立てていた。だが、郊外回帰の勢いが鈍いことや想定顧客の購入予算の制約を受け、商品構成を80〜100平米台に見直した。

郊外回帰の動向にかかわらず、都心でのマンション供給続ける方が合理的という意見もある。「都心の物件であれば投資家や富裕層向けに利益率の高い高級物件を供給でき、販売が振るわなくとも最悪値段を下げれば売れる。実需が中心の郊外では採算が取りにくいうえ、値段を下げても売れないリスクがある」(中堅マンションデベロッパー)。 

2008年のリーマンショック後の苦戦ぶりも尾を引いている。不動産市場の落ち込みを受け、郊外の新築マンションが業者に投げ売りされた。転売先の業者が「新価格」と題して当初の販売価格から3割以上も値引きを行ったことで、さらに需給バランスを崩す要因となった。

リーマンショック後の教訓から、郊外での供給にあたっては地元需要の強さや競合物件の供給状況などを綿密に調べ、事業性を慎重に判断するようになっている。郊外マンションの事業性にデベロッパーが自信を持てるようになるまでには、まだ時間がかかりそうだ。