どうも、特殊犯罪アナリストの丸野裕行です。

昔の読物や映画では、多額の借金を抱えてしまった場合に「マグロ漁船に乗って借金を返せ!」なんていう借金取りが出てくるのを、よく見かけました。

しかし今、借金を返済するために“マグロ漁船”などに乗るものなのでしょうか?―いいえ、そんなことはありません。闇金融業者の話では、現在は《カニ漁船》に乗船して働くそうです。

今回は、実際にカニ漁船に乗った経験のある元多重債務者の三宅良治さん(仮名/45歳)に、カニ漁船内の生活ぶりとその船に乗る債務者たちのことについて語ってもらいました。

年に5ヵ月しか働かないカニ漁師

丸野(以下、丸)「どんなキッカケでカニ漁に従事することになったんですか?」

三宅さん「ギャンブルでの借金ですね。パチンコと競馬がどうしてもやめられなかった。知らない間に、クレジットカードが5社で420万円、消費者金融で170万円、闇金融で90万円が膨らみに膨らんで総額1千万円ほどになりました。クレカと消費者金融の負債は自己破産なんかでなんとかなったけど、闇金は許してくれない。しかも借りたのは半グレを何人も飼っているヤクザ金融。仕事をしながら、新聞の拡張員やマルチの営業なんかをやったけど、返しきれない」

丸「ほうほう」

三宅さん「そしたらある日、“おい三宅、おまえ今の仕事休職せえ”と言われて……。やれといわれたのは、カニ漁船に乗って仕事をすることでした」

丸「どこへ連れていかれたんですか?」

三宅さん「片道のチケットをもらって、闇金融業者と一緒に北海道へ。極寒の港にある漁に一室部屋を用意してもらって、漁業協同組合の組合長に引き会わされました。闇金融の男に“逃げたり、仕事しなかったら海へ落としてやってくれ”と言ってあるから、と脅されて……。部屋に宿泊すると他の部屋に別の多重債務者がいて、言葉を交わしました」

丸「どんな感じでした?」

三宅さん「華奢な細身の若者で、“海に出ても大丈夫かな?”という感じで。一緒に弁当を食べながら話すと、ニートで仕事をしたことがないということでした。なよっとしていて、薄気味の悪い男でしたよ」

底曳き網漁で腕をもぎとられることも

丸「カニ漁師って、1年のうち、いつの時期から仕事がはじまるんですか?」

三宅さん「11月から3月半ばまで、カニ漁が解禁になったときに出港します。それ以外カニ漁師は、まったく違う漁を行うわけですね。ほとんどみんな遊んでいるそうですけど。資源保護のことを考えて、たくさんの漁業規制があって、オスガニはその期間内、メスガニは11月6日から1月20までという厳しい取り決めがあります」

丸「なるほど」

三宅さん「港に集合すると、船の整備や漁に使う道具の点検、様々な準備を行います。それから、カニ漁船に乗って、漁ができる海域に行くのがカニ漁師の仕事です。ズワイガニの漁場は、水深230から350メートル付近なので、そこに網を流すわけです。操業方法としては《底曳網漁》になりますね。これは長い2本のロープの先に巨大な漁網を取付けて、網とロープとで海底を曳いて、カニや魚を獲ると。水深がかなりあるので、ロープの長さは約1,800メートルくらいですかね。漁船の船尾に大きなリールがついているので、それで巻きあげます」

丸「そりゃ大変な仕事だ」

三宅さん「ズワイガニを獲るために曳く時間は1時間から1時間30分くらいじゃないですかね。ボーっとしていると腕を巻き取られて、ちぎれます」

丸「怖いですね。一番なにが大変ですか?」

三宅さん「人間関係と極度の緊張感ですかね。やっぱり漁師は荒っぽい。人手不足で、漁業就業者確保育成センターが主催する就業支援フェアの参加者で漁師になりたいという人は少ないし、水産学校出身の新人が毎年何人か入ってくるらしいんですがすぐに音を上げるそうです。それほど、学歴よりもやる気と根性、体力が必要だということですね」

丸「そりゃそうですよね。漁師なんてやっぱり危険を伴う仕事ですもんね」

三宅さん「いつどんなことが起こるかわからないのが海です。でも、大波に囲まれている荒れた海として知られるベーリング海のレベルまではいきません。しかし、人が足を踏み入れることがないところに船を漕いでカニを獲るわけですから、やっぱり危険と隣り合わせですね。航海している数ヵ月は働きっぱなしですし、船の持ち主である船長は不漁ならば、機嫌を悪くします。さらに船員は、獲れるまでひたすら苦しくキツい作業が続きます。体調管理を万全にして休むことなく昼夜を問わずに働かなければいけません」

カニ漁師の収入は高額

丸「カニ漁師ってどれくらい稼げるもんなんですか? だって、稼ぐことができるから闇金業者も三宅さんを連れて行ったわけでしょ?」

三宅さん「やっぱり稼げますね。海に出るのはだいたい3ヵ月なんですが、収入はすごいです。カニ漁師の年収は、カニ漁師歴10年以下の20代でだいたい700万円程度、実力がついてきた30代で1,100万円、責任のある仕事を任され後継者育成などを行う40代で1,500万円ほどですね。これらはすべてカニの捕獲量によって歩合がついた収入です」

丸「すごいな、たった数ヵ月でそれだけ稼ぐんですか」

三宅さん「でも、命がけですからね。時々船が沈むほどの時化に襲われることもあるので……。時化のときの甲板は本当に危険です。おまけに極寒。恐ろしいほどの突風に襲われることもあります。海から吹きつけた水しぶきが船に凍り付いてしまうこともあったり、流氷の流れで帰港できなかったりと日常茶飯事です」

拿捕覚悟で、ロシア水域に侵入

丸「気が休まる暇がありませんね。漁師の体はクタクタじゃないですか? 意識も朦朧としてきますよね」

三宅さん「そうですね、さすがにストレスが溜まって船員同士がトラブルを起こすこともありますね」

丸「やっぱりね」

三宅さん「でも、それは新人の若い船員ですね。ベテランは年中同僚と顔を突き合わせているので、仲間意識が強いですよ」

丸「一見マトモそうなカニ漁船ですけど、なぜ闇金融業者が連れてきた債務者を雇うんですかね。どんなつながりがあるんだか……」

三宅さん「僕が乗った船以外には、高出力のエンジンを何基が並べ、短時間のあいだにロシア水域の暗黙ラインをまたぎ、漁をする《特攻船》と呼ばれる漁船も航行させていました」

丸「やっぱり、そうですか。裏社会とのつながりがないと、債務者の面倒なんてみませよね」

三宅さんの話では《特攻船》の他に、ロシア当局に日本の情報などを提供する代わりに、カニ漁を許される《レポ船》などもあるそうです。

3ヵ月間の長い航海を終えた三宅さん。指の一部が凍傷になった程度で大きなケガはなかったそうです。3ヵ月で数百万円を手に入れた三宅さんは、闇金融に返済する分を7割先引きされて、給料を受け取りました。

そして、出航前に寮で出会ったニートの若者の姿は、そのとき居なかったといいます。船長に恐る恐るそのことを訊ねても「そんなやつはいなかった」と言われたそうです。彼がどうなったかは、聞きたくもありません。

(C)写真AC
※写真はイメージです

(執筆者: 丸野裕行)