大企業テコットの島耕作・相談役が新型コロナに感染した、というニュースが報じられ、話題になった。自民党の岸田前政調会長やタレントの中川翔子、ケンドーコバヤシらも体調を心配しているという。

 もちろん、これは人気漫画『相談役 島耕作』というフィクションの世界の話である。ただし、このエピソードを実際に読んだ読者はリアルな描写に驚かされるだろう。

実際に感染した人物に取材

 感染した島相談役は都内の宿泊療養施設であるホテルに入ることになるのだが、その段取りや内部の様子などが事細かに描かれているのだ。作者の弘兼憲史氏が「現代ビジネス」のインタビューで語ったところによれば、実際に感染して施設を利用した人物に取材をした成果を活かしたのだという。

画像:ツイッター(島耕作(相談役)公式アカウント@30shimakosaku)より

「島耕作」シリーズに限らず、弘兼氏の作品の魅力の一つがこのリアリティーだ。それを裏づけているのは、取材や独自にストックされた情報。その執筆の裏話などを明かした著書『気にするな』から、取材に対する姿勢が垣間見えるところを引用してみよう(引用はすべて同書より)。

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取材先で“郵便ポスト”を撮るワケ

 ちゃんとしたサラリーマン漫画を描くにあたっては取材が必要です。幸い、版元の講談社は取材の段取りを受け持ってくれました。

 海外取材にも随分でかけたものです。舞台が小さな町工場ではなく、世界規模のメーカー「初芝」ですから、主人公が海外に出張に行くのは自然なことです。私が松下電器に入社した時でも「松下は海外へ」といったスローガンを皆で口にしていました。

登場人物が手紙を投函する場面が出てくるかわからないから、こういうものも撮影しておかなければなりません ※写真はイメージ

 フィリピン、アメリカ、ヨーロッパ、バリ島等々、課長島耕作がでかけた外国には当然のことながら、すべて私自身も出かけています。

 取材先では、とにかく写真を撮りまくることになります。よく「作者取材のために休載」という文言が雑誌に掲載されていることがあります。この取材というのは半分は写真撮影だといってもいいでしょう。普通の小説家等の取材だと、現地の人にインタビューすることがメインになるのでしょうが、そうではありません。

 外国に行って写真を撮るだけなら、物見遊山と同じじゃないか。そう思われるでしょうが、実はこの撮影が意外と手間がかかります。パリに行ったとして、普通の観光旅行ならば名所旧跡を撮影してくればいいわけです。凱旋門、エッフェル塔、ルーブル美術館等々。

人気漫画家が生い立ちから社会人時代、「島耕作」シリーズ等、ヒット作の裏側まで、キャリアを振り返りながら語る。読むと気分が晴れて元気になれる人生論

 しかし、漫画に必要なのは観光客が見向きもしない場所です。たとえば郵便ポストのような日常的なもの。郵便ポスト一つとっても日本とフランスでは形状が異なります。

 すぐに使えるかどうかは別として、いつ登場人物が手紙を投函する場面が出てくるかわからないから、こういうものも撮影しておかなければなりません。

 もちろん、絵葉書に出てくるような名所の写真も撮影します。これはこれで重要です。というのも、最近の若いアシスタントは背景を描くときにトレースする傾向があります。トレースというのは、専用の台を使って下から光をあて、写真を透かして上からなぞるように描くことです。これをやると作業自体は速く進みます。本当はこればっかりだとデッサン力がつかないので本人のためにはなりませんが、まあ仕方がありません。

 しかしこのとき雑誌等の写真を勝手に使うと撮影者の著作権を侵害することになります。昔はかなり鷹揚でしたが、最近は無断でトレースをすると盗作問題にもなります。結局、名所の写真にしても自前の写真が必要になります。とにかく写真をたくさん撮っておいて損はありません。

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マンガの神様”手塚治虫さんの取材現場に遭遇

 同書ではマンガの神様と写真をめぐるこんなエピソードも紹介されている。ある時、文化人、有名人が首相官邸に招かれる会があった。この経験は使えると思い、ここぞとばかりに官邸の中で写真を撮りまくったという。2階には執務室や官房長官室もあると聞き、階段を上がっていったところ、「これ以上は駄目です。上は撮影禁止ですから」と言われたので、スゴスゴ階段を下りて行くことに。

 ところが反対側の階段から大きな声がする。向こうでも揉めている人がいて、しかも簡単には引き下がらず「写真を取らせろ」とえらい剣幕。

 誰かと思えば、それが手塚治虫さんだったのだ。

「ああ、さすが手塚さんだ、こういうところも撮って漫画に使われたいんだな、と感心したものです」

 写真以外にもかつての会社員生活、さまざまな人への取材から、食事など普段の生活まであらゆる経験が作品には活かされているという。

「考え方ひとつで、どんな経験でも使える。捨てるところはないのです」

 島耕作もコロナ感染経験をまた何か新しいビジネスに結びつけるのだろう。

デイリー新潮編集部

2021年3月2日 掲載