50歳を過ぎて発達障害と診断されたキヨタカさん。「私たちより上の世代には発達障害という概念がなく、下は早期発見される人が多い。私はちょうど狭間の世代」という(写真:キヨタカさん提供)

現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困の個別ケースにフォーカスしてリポートしていく。

今回紹介するのは「52歳で発達障害と診断されました」と編集部にメールをくれた、53歳の男性だ。

「発達障害があるからといって仕事のパフォーマンスが悪くなるわけではない」「自己の問題点や性格を発達障害で説明しようとしていないか」――。

10項目ほどが箇条書きされた書類。表題には「診断に対する注意点」とある。キヨタカさん(仮名、53歳)が昨年、発達障害の診断を受ける直前に医師から手渡された書類だ。最後は「これらをクリアするなら、診断は可能」という言葉で結ばれている。

仕事はなく、80歳を過ぎた母親の年金頼み

キヨタカさんは関西のある地方都市の出身。私立大学を卒業して会社員として働き始めたものの、仕事が長続きせず、これまで30回近く転職を繰り返してきた。職場での人間関係もうまく築くことができず、上司や同僚から「生きとる意味あるのんか」などと罵倒されたり、こぶしで頬を殴られたりしたこともある。


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仕事はもって1、2年。その間うつ病を発症し、何度もひきこもり状態に陥った。自宅は、父親が建てた築50年以上の持ち家。父親はすでに亡くなり、現在は80歳を過ぎた年金暮らしの母親と同居している。

室内の土壁はところどころ剥がれ落ち、屋根のトタンも一部が剥がれかかっている「地域では有名な廃屋」。先日も近隣の住民から「風で屋根が飛んできそうで危ないから何とかしてほしい」と苦情を言われたが、母親の年金は月約10万円で、キヨタカさん自身は現在、失業中。日々の食費にも事欠く状態で、家の修理など到底ままならないという。

80代の高齢の親が50代のひきこもり状態の子どもと同居する「8050問題」。キヨタカさんは「うちはまさに8050問題の真っただ中にいます」と打ち明ける。

キヨタカさんにしてみると、何十年にもわたって失業とひきこもりを繰り返した末、50歳をすぎてようやく病院にかかったのだった。冒頭で紹介した「診断に対する注意点」と書かれた書類を渡されたのは、本人や家族の問診、発達障害の診断の参考にされるウェクスラー式知能検査などを終え、後は診断結果を聞くだけというタイミングだった。医師から書類について説明を受けながら、キヨタカさんは複雑な思いになったという。

「私にしてみたら、これまでの生きづらさに何らかの説明がつけばという藁にもすがる思いで病院に行ったわけです。それなのにただの甘え、やる気、気合の問題と、今まで散々言われてきたことを病院でも言われているような気がしました。下手に反論すると診断をしてもらえないのではと思い、医師には『はい、わかりました』と答えました」

医師によってばらつきがある「診断基準」

果たして診断結果は「ADHD (注意欠陥・多動性障害)。ASD(自閉症スペクトラム、アスペルガー症候群)の傾向もあり」というものだった。

話はずれるが、ここで私が発達障害当事者の人たちの取材を通して疑問に思っていることについて少し言及したい。

それは医師による診断基準のばらつきだ。例えば、「大学を出ているのに発達障害のはずがない」「話し方が発達障害らしくない」などという謎の理由で門前払いを食らう人がいる一方で、受診したその日にいとも簡単に発達障害と診断されたという人もいる。そうかと思うと、即日診断された挙句、そのまま精神科病院に強制入院させられた人も知っている。

また、障害年金の受給に必要な医師の診断書についても、就職ができないのに、障害年金の等級を下げられて年金が受けられなくなった結果、やむをえず売春をしていると打ち明ける人がいるのに対し、「初日に診断してくれたうえ、年金受給に必要な等級が出るような診断書も書いてくれた」と話す人もいた。

発達障害の診断は、最終的には医師による総合的な判断によってなされる。一方でウェクスラー式知能検査においては、各指数の数値に15以上の凹凸がある場合は障害ありと判断される可能性が高いなどの客観的な基準もある。キヨタカさんのケースについていうなら、必要な問診や検査も行っているのだから、後は医師が経験と知見に基づき判断すればいいだけの話だ。診断を受けるための“交換条件”と受け止められかねないような「診断に対する注意点」など、“ドクターハラスメント”と指摘されても仕方がないのではないか。

キヨタカさんによると、担当医は彼の職歴を見て「これだけいろいろなところで働いてきたんだから、就職はなんとかなるよね」とも言ったという。暗に障害年金の受給に必要な診断書は書けないという旨のこともいわれたという。キヨタカさんは「いろいろなところで働かざるをえなかったことこそが、私の困りごとなのに……」と途方に暮れる。

そもそもキヨタカさんの働きぶりはどのようなものだったのか。

勉強も運動も「上位クラスだった」というキヨタカさん。大学卒業後、最初は住宅関連の営業社員として働き始めた。しかし、営業成績はつねに最下位。取引先では製品の説明をしているつもりが、いつの間にか自分の身の上話や、その時々に仕入れたうんちく話になっていることがしょっちゅうあったという。

「頭に浮かんだことをぺらぺらとしゃべりだすと、止まらない」――。その後も何度か営業職に就いたが、結果は同じ。取引先からはたびたび「君が何を言いたいのか、さっぱりわからん」と言われたという。

話がまとまらず、話題がポップコーンがはぜるようにあちこちに飛んでしまうのはADHDの典型的な特性のひとつで、「ポップコーン現象」とも言われる。バーテンダーや整体師として働いたときも、こうした特性が災いした。キヨタカさんの目から見ても、明らかに常連客が顔を見せなくなり、自分を指名する客だけが断トツで少なかった。当時、バーのママからは「(バーテンダーは)聞き役に徹することが一番の仕事やで」と注意されたが、このときは意味がわからなかったという。

いわゆる営業トークが不得手だと意識すると、今度は緊張してしまい、それを紛らわすためにお酒を飲んで仕事に臨んだこともあった。ただこれは当然逆効果。ポップコーン現象に拍車がかかっただけだった。

こじれがちな人間関係、何度もひきこもりに

一方でキヨタカさんは子どもの頃から絵を描くのが得意だった。10時間近く一心不乱に戦隊もののヒーローなどの絵を描き続け、作品は周囲の大人からもよく褒められた。しかし、こうした芸術面でのセンスは仕事をするうえではマイナスにしかならなかった。庭木の剪定の仕事をしていたときなどは、出来栄えになかなか納得がいかず、同僚らが3本、4本と片付ける間、キヨタカさんは1本しか仕上げることができなかったという。

人間関係もこじれることが多かった。例えば、キヨタカさんはごちそうになったり、おごられたりした際にお返しをすることの意味が理解できなかった。介護職場での夜勤や、林業の現場でのお昼ご飯のとき、キヨタカさんはよく弁当を忘れた。そのたびに先輩や同僚がカップラーメンや自分の弁当を分けてくれたが、キヨタカさんは一度としてお返しに何かを渡したり、買ったりしたことがなかったのだ。そのことについて嫌味を言われても理由がわからず、職場では孤立しがちだったという。

そして仕事を辞めるたびに落ち込み、何度もひきこもり状態に陥った。ひどいときは2年近く自室に閉じこもり、このときは排せつもペットボトルの中で済ませたという。久しぶりにコンビニで買い物をしたとき、声帯の機能が衰えていて「ありがとう」という言葉を発することができず、ショックを受けたことを覚えているという。

出口が見えないトンネルのような半生の中で、ようやく得た発達障害の診断。キヨタカさんは「原因がわかってホッとした気持ちと、もっと早く教えてほしかったという気持ちの半々でした」という。自分と同じような目に遭う人が少しでも減るようにと、ウェクスラー式知能検査の受検を義務化したほうがよいと訴える。

取材で話を聞き始める前、キヨタカさんは私に対して次のように言ってくれた。

「発達障害の特性で話が止まらなかったり、内容が飛んだりすることがよくあります。ご迷惑をおかけするかもしれませんが、脱線しているときは話をさえぎってくださって構いませんので『話がずれている』『質問の答えになっていない』と指摘してくださいね」

発達障害の診断を受けて以来、初めて会う人には、同様の説明をしているのだという。

また、最近は人間関係やコミュニケーションに関するハウツー本を片っ端から読んでいる。これらの本を参考に行動を改めたところ、驚くほど人間関係がスムーズになったという。

「お返しひとつにしても、コーヒーを1本渡すだけで、その後のコミュニケーションがうまくいくようになるということを知りました。私の場合は正直、感謝や申し訳ないという気持ちからの行動というよりは、このように行動すれば人間関係がスムーズになるということを学んでいるという感覚です。でも、そのことに気づけただけでもよかった」

「発達障害の私も努力します、だから…」

取材中、キヨタカさんはたびたび質問の内容を確認したり、「脱線しそうになってますよね」といったん話しかけたことを止めたりと、会話がスムーズにいくよう懸命に努力していることが伝わった。診断をきっかけに発達障害の特性からくる問題をなんとか抑えようとしているのだ。「問題を発達障害のせいにするな」といわんばかりの「診断に対する注意点」など必要ないと、あらためて思った。

50歳すぎてからの再就職はただでさえ厳しいだろう。キヨタカさん自身、この後も引き続き一般雇用枠で働いたほうがよいのか、待遇は下がっても障害者枠で働いたほうがよいのか決めかねている。キヨタカさんの願いはささやかだ。

「発達障害の私も努力します。だから発達障害ではない人たちもどうかもう少し私たちに歩み寄ってほしい」

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