2019年ラグビーW杯で日本代表の史上初8強入りに貢献した福岡堅樹氏(28)が、順天堂大学医学部に合格した。麻酔科医の筒井冨美氏は「調べてみると、多忙な医学部の授業をこなしつつ、スポーツ分野でも体育学部の学生を凌ぐような結果を出す医大生アスリートが増えている」という――。
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1次リーグ・日本−スコットランド。後半、トライを決める日本代表の福岡堅樹=2019年10月13日、横浜国際総合競技場 - 写真=時事通信フォト

■「文武両道の極み」ラグビーの福岡堅樹が有言実行で医学部合格

「この度、順天堂大医学部に無事合格することができました!」

2019年のラグビーワールドカップ(以下W杯)日本大会で大活躍し、日本代表チームの8強入りに貢献した福岡堅樹氏(28)が順天堂大学医学部に合格した。2021年2月20日、自身の公式ツイッターで発表すると、その有言実行ぶりに大きな反響を呼んだ。

福岡氏は「父は歯科医師、祖父は内科医」という医師家系に生まれ、幼少期より文武両道に優れていた。ラグビーと医師の夢を両立できる進路として、県立福岡高校(福岡)から筑波大学医学専門学群を志望したものの不合格、一浪して再チャレンジしたが夢はかなわず、後期試験で同大学情報学群に進学してラグビー部に入部した。

ラグビー部では同大学の体育専門学群の学生に交じって頭角を現し、2015年W杯日本代表に選出された。卒業後はパナソニックに所属し「2019年W杯、2020年東京五輪を経て医学部再受験」を公言していたが、20年のコロナ禍によるオリンピック延期を受けて同年6月には「オリンピック出場を断念して医大受験に専念する」と記者会見で公表した上でのチャレンジで、快挙をつかんだ。

2020年に独協大医学部に入学した朝比奈沙羅氏(24歳、2018年世界選手権女子78キロ超級優勝)に次いでの、トップアスリート医学部合格のニュースである。今回は、最近増えてきた医学生アスリートたちについて紹介してゆきたい。

※筑波大学の「学群/学類」は一般大学の「学部/学科」に相当

■医学生アスリートのキーワードは「筑波大」「ラグビー」「陸上」

●川瀬宙夢(ひろむ)(筑波大学医学群医学類6年):陸上選手、2020年箱根駅伝出場往路9区出場

愛知県の中学校時代より陸上部に所属し、3000m障害などで好成績を出していた。県立刈谷高校から一浪で筑波大医学専門学群に進学後、陸上部(長距離・駅伝)に所属していた。4年生だった2019年には駅伝主将をつとめるも箱根本選出場をかけた予選会を突破できなかった。

2020年箱根駅伝・川瀬宙夢選手

5年生でも選手として現役を続け、2019年には「日本インカレ3000m障害」4位という好成績をマーク。同時にこの年、筑波大は箱根駅伝予選会を26年ぶりに突破する。そして、2020年正月の本選は「箱根駅伝初の医学生ランナー」として注目された。2021年2月に受験した医師国家試験に合格すれば、次年度より茨城県内の総合病院で研修医として働き始める予定である。

筑波大学は国立大で唯一、医学部と体育学部があり、体育学部は元Jリーガーの中山雅史氏などアスリートを輩出する名門校である。また多くの総合大学では、「附属病院のある医学部は市街地」「運動施設の必要な体育学部は郊外」とキャンパスが分散しているが、筑波大学は全学部がつくば市の1カ所に集結しているので、多忙な医学生でも授業や実習の前後に、体育学部の練習施設を利用しやすい。

筑波大では陸上競技部やラグビー部員の多くは体育学部生だが、他学部生でも運動能力があれば入部は許可されることが多い。身体能力が高ければ川瀬氏のような医学部生や福岡氏のような情報学群生もチャンスが与えられる風土がある。

しかしながら、福岡氏が苦戦したように首都圏の国公立大医学部入試は難関かつ激戦である。共通テスト(旧センター試験)では正解率が85%以上を求められる。また同大医学部には「スポーツ推薦」のような制度はなく、「文武両道」を目指す高校生にとっての高いハードルとなっている。

●中田都来(とらい)(筑波大医学群医学類4年):ラグビー部

「父親が関西大出身ラガーマン、母親が医師」という家庭に生まれ「トライ」と名付けられた。5歳よりラグビーを始め、成績も優秀で、名門灘中高に合格した。運動能力も高く、高校時には、ラグビー兵庫県選抜チームにも選出された。「国立大医学部でトップレベルのラグビー部のある大学」として筑波大学医学部に挑み現役合格した。同大学では体育学部のスポーツ推薦学生などと切磋琢磨しつつ、レギュラーの座を獲った。

●古田京(きょう)(慶應義塾大医学部6年):元ラグビー部主将

5歳よりラグビーを始め、「ラグビーの強い中学校に行きたい」と慶應義塾普通部(中学校)に進学した。慶應義塾高校から内部推薦で医学部に進学しつつ、ラグビー部活動は継続した。練習場のある横浜市の日吉グラウンドと医学部本部のある新宿区信濃町キャンパスは電車で約1時間の距離だが、寮生活などで工夫して練習時間を確保した。4年生になった2018年には同大ラグビー部119年史にして初の医学部生キャプテンとなった。5年生以降はラグビー第一線を退いて、病院実習中心の生活を送っている。

■バレエダンサー、プロボクサー、eスポーツ世界大会優勝の医師も実在

●広田有紀(秋田大医学部出身):中距離ランナー

新潟県出身で母親が眼科医。中学1年から本格的に陸上を始め、県立新潟高校2年時に「女子800メートル走」で国体優勝した。秋田大学医学部進学後も陸上競技を継続し、大学5年生の2018年日本選手権では自己新記録のタイムで4位に入った。2020年春の医師国家試験に合格し、同大を卒業するも研修医としては就職せず、出身地にある新潟アルビレックスRCに入団し、アスリートとして五輪出場や日本新記録を目指している。

●河本龍磨(りゅうま)(鳥取大医学部3年):バレエダンサー

兄姉に誘われて4歳からバレエを始めた。現在は鳥取大学医学部に学びつつ、鳥取シティバレエに所属している。またツイッターで「とある医学生のバレエ練習日記@medical_ballet」で動画配信している。2019年には「第29回全国バレエコンクール in Nagoyaシニア男性部門」で優勝した。「将来はダンサーを助ける医者になりたい」とのことである。

ほかにも、1998年(京都大医学部6年時)にプロボクサーになった川島実氏(のちに僧侶の資格もとり、現在は東北地方で地域医療に携わる) 、2020年(徳島大学医学部5年時)にサッカーゲーム「ウイニングイレブン」の公式eスポーツ世界大会で優勝した医学生兼プロゲーマーの大西将統(まさと)氏、といった医学部+アスリートを実践するスーパーな文武両道な人が実在する。

かつて地方医大に進学すると、体育や芸術の稀有な才能を持っていた医学生でも中央とのつながりが断たれて孤立しがちで、せっかくの才能が埋没してしまいがちだった。

現在ではインターネットやSNSの発達により、地方に分散しても同好の士でつながったり、指導者にコンタクトを取ったりすることは容易になった。また、地方では街がコンパクトなので医学部校舎と体育施設の移動が首都圏に比べて容易であり、体育施設などの利用についても制限が少なく、「体育館の半分を1人占め」のようなぜいたくな使い方が低コストで可能なのだ。

今回、福岡氏が合格した順天堂大も、母校・筑波大同様に医学部とスポーツ健康科学部があり、鈴木大地氏など有名アスリートの出身校でもある。医学部メインキャンパスは東京都文京区、スポーツ施設は千葉県印西市となるので、医大生カリキュラムと競技生活を両立させるのは簡単ではないが、百戦錬磨のトップアスリートらしい集中力と体力で乗り越えてほしい。そして同級生にもポジティブな影響を与えつつ、唯一無二の素晴らしい医師になってほしいと願っている。

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筒井 冨美(つつい・ふみ)
フリーランス麻酔科医、医学博士
地方の非医師家庭に生まれ、国立大学を卒業。米国留学、医大講師を経て、2007年より「特定の職場を持たないフリーランス医師」に転身。本業の傍ら、12年から「ドクターX〜外科医・大門未知子〜」など医療ドラマの制作協力や執筆活動も行う。近著に「フリーランス女医が教える「名医」と「迷医」の見分け方」(宝島社)、「フリーランス女医は見た 医者の稼ぎ方」(光文社新書)
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(フリーランス麻酔科医、医学博士 筒井 冨美)