「Palmeiras nao tem mundial(パルメイラスはワールドカップを持っていない)」
このフレーズはブラジルでは有名なジョークのひとつだ。
ブラジル人にとってサッカーは宗教に等しい。代表につけ、クラブチームにつけ世界の頂点に立つことは非常に大きな意味を持つ。そのため、世界で最も「クラブワールドカップ」を重要視している国であるかもしれない。
サンパウロ州には4つのビッグチームがある。サンパウロ、コリンチャンス、パルメイラス、サントス。その中でパルメイラスだけが、いまだ世界一になったことがない。だからライバルチームのサポーターは、ことあるごとにパルメイラスを冒頭のフレーズでからかった。
それが悔しかったパルメイラスは、クラブワールドカップの歴史を手繰り寄せ、コパ・リオの存在にたどり着く。これは1951年に行なわれた世界初の大陸間のクラブチームの大会でもパルメイラスは優勝しているのだ。
しかし参加したチームは、各大陸のチャンピオンではない。コパ・リオはどちらかというと親善試合の色合いが濃かった。しかし、どうしても世界のタイトルが欲しいパルメイラスは、2001年に弁護士をたて、FIFAに対してこの大会が正式なクラブワールドカップの祖であることを認めさせる運動を始める。FIFAが認めてくれれば、パルメイラスはもうからかわれずに済むのだ。
働きかけは何年も続き、とうとう根負けしたFIFAは、2007年にパルメイラスのタイトル保持を認めた。ただ、FIFAからはFAX一枚が送られてきただけだったが……。ちなみに、第2回のコパ・リオの勝者やその他の大陸間の大会の優勝チームも、それなら自分たちもと騒ぎだしそうなので、FIFAはこの件に関してだんまりを決めている。
FIFAのお墨付きをもらったパルメイラスは大喜びだったが、他チームのサポーターは、これも揶揄し始めた。例えばバック・トゥー・ザ・フューチャーの画像をもじって「1951年に行ってみたが、パルメイラスはワールドカップに勝ってなかったぞ」などという風に。また世界各地の名所で「Palmeiras nao tem mundial(パルメイラスはワールドカップを持っていない)」と書かれた紙を持って記念撮影するのも大ブームとなった。
今回パルメイラスは22年ぶりにコパ・リベルタドーレスを制し、クラブワールドカップに駒を進めた。本当にワールドカップを手に入れ、今までさんざんからかってきた連中を黙らせる最大のチャンスが巡って来たのである。
パルメイラスはホームのアリアンツ・スタジアムを急遽ドライブシアター風に改装、車からスクリーンで試合を観戦できるようにし、優勝の暁に打ち上げる、500キロの花火も用意された。
しかし――花火が夜空を彩ることはなかった。パルメイラスは準決勝であっさり敗れ去った(0ー1)。それもメキシコのティグレスという決して世界的に有名ではない相手に、内容的には完敗だった。パルメイラスはシュート数、枠内シュート、ボールポセッション、パス本数すべてが劣っていた。GKウェベルトンのファインセーブがいなければもっとゴールを奪われていたことだろう。
先制されても40分は同点にする時間があったというのに、選手は苛立ちはじめ、結局は何もできなかった。ブラジルのメディアの多くは、そのメンタリティの弱さが最大の敗因だと指摘している。プレーの内容は本当にお粗末だった。
しかし、これは予測されていた悲劇ではあった。パルメイラスはリベルタドーレスの準決勝、決勝も決して内容は良くなかった。準決勝のリーベル・プレート戦のセカンドレグでは0-2で負けたが、審判が相手のゴールを2つ取り消したため、0-4で負けていた可能性もある。決勝では“貧しい”サントスに対し、相手GKのミスのおかげでやっと勝利している。
このフレーズはブラジルでは有名なジョークのひとつだ。
ブラジル人にとってサッカーは宗教に等しい。代表につけ、クラブチームにつけ世界の頂点に立つことは非常に大きな意味を持つ。そのため、世界で最も「クラブワールドカップ」を重要視している国であるかもしれない。
サンパウロ州には4つのビッグチームがある。サンパウロ、コリンチャンス、パルメイラス、サントス。その中でパルメイラスだけが、いまだ世界一になったことがない。だからライバルチームのサポーターは、ことあるごとにパルメイラスを冒頭のフレーズでからかった。
それが悔しかったパルメイラスは、クラブワールドカップの歴史を手繰り寄せ、コパ・リオの存在にたどり着く。これは1951年に行なわれた世界初の大陸間のクラブチームの大会でもパルメイラスは優勝しているのだ。
しかし参加したチームは、各大陸のチャンピオンではない。コパ・リオはどちらかというと親善試合の色合いが濃かった。しかし、どうしても世界のタイトルが欲しいパルメイラスは、2001年に弁護士をたて、FIFAに対してこの大会が正式なクラブワールドカップの祖であることを認めさせる運動を始める。FIFAが認めてくれれば、パルメイラスはもうからかわれずに済むのだ。
働きかけは何年も続き、とうとう根負けしたFIFAは、2007年にパルメイラスのタイトル保持を認めた。ただ、FIFAからはFAX一枚が送られてきただけだったが……。ちなみに、第2回のコパ・リオの勝者やその他の大陸間の大会の優勝チームも、それなら自分たちもと騒ぎだしそうなので、FIFAはこの件に関してだんまりを決めている。
FIFAのお墨付きをもらったパルメイラスは大喜びだったが、他チームのサポーターは、これも揶揄し始めた。例えばバック・トゥー・ザ・フューチャーの画像をもじって「1951年に行ってみたが、パルメイラスはワールドカップに勝ってなかったぞ」などという風に。また世界各地の名所で「Palmeiras nao tem mundial(パルメイラスはワールドカップを持っていない)」と書かれた紙を持って記念撮影するのも大ブームとなった。
今回パルメイラスは22年ぶりにコパ・リベルタドーレスを制し、クラブワールドカップに駒を進めた。本当にワールドカップを手に入れ、今までさんざんからかってきた連中を黙らせる最大のチャンスが巡って来たのである。
パルメイラスはホームのアリアンツ・スタジアムを急遽ドライブシアター風に改装、車からスクリーンで試合を観戦できるようにし、優勝の暁に打ち上げる、500キロの花火も用意された。
しかし――花火が夜空を彩ることはなかった。パルメイラスは準決勝であっさり敗れ去った(0ー1)。それもメキシコのティグレスという決して世界的に有名ではない相手に、内容的には完敗だった。パルメイラスはシュート数、枠内シュート、ボールポセッション、パス本数すべてが劣っていた。GKウェベルトンのファインセーブがいなければもっとゴールを奪われていたことだろう。
先制されても40分は同点にする時間があったというのに、選手は苛立ちはじめ、結局は何もできなかった。ブラジルのメディアの多くは、そのメンタリティの弱さが最大の敗因だと指摘している。プレーの内容は本当にお粗末だった。
しかし、これは予測されていた悲劇ではあった。パルメイラスはリベルタドーレスの準決勝、決勝も決して内容は良くなかった。準決勝のリーベル・プレート戦のセカンドレグでは0-2で負けたが、審判が相手のゴールを2つ取り消したため、0-4で負けていた可能性もある。決勝では“貧しい”サントスに対し、相手GKのミスのおかげでやっと勝利している。
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外部リンクサッカーダイジェストWeb