技術は衰えない、とは、サッカー界で常識とされている概念だ。一度身につけたボール操作術は、簡単には失われない。体力は衰えても、技術は衰えない。体力の多少の衰えを補うだけの技術があれば、選手寿命はその分だけ延びると言うものである。中村憲剛や遠藤保仁、小野伸二や中村俊輔らが、長く現役を続けることができた理由のひとつとも言える。

 しかし例外はある。それはドリブルだ。ドリブルはトライしなくなると、その技術は次第に腐っていく。相手との関係、間合いや呼吸をどうずらすか。技術に加え、対敵動作がワンタッチ毎に絡むからだ。技術が衰えると言うより、感覚が鈍るが相応しい言い回しか。

 サイドで1対1の局面に立っても縦を選択せず、横へ逃げる。奪われるリスクが断然、高いのは縦抜けだ。その失敗を恐れ、リスクを避けようとすれば、その分だけドリブル技術は後退する。

 斎藤学、乾貴士、原口元気が出現する前、すなわち2010年南アW杯以前は、日本代表に特筆すべきドリブラーはいなかった。現日本代表の久保建英、堂安律、伊東純也、三好康児、昨季のJリーグを賑わせた三笘薫、坂元達裕、松尾佑介、汰木康也、さらにはJ2で話題を呼んだ本間至恩等々、ドリブラー天国と言いたくなる現在の日本の姿を、つい10年前まで、まるで想像することができなかった。

 採用される布陣が変わり、ウイングなるポジションが用意されたことと、それは大きな関係がある。ポジションに相応しい人材が育ったという話だ。しかし10数年前、筆者が「ウイングと言うポジションが存在する4-3-3や4-2-3-1が増えることを望む」と意見すれば、こう反論されたものだった。「布陣は選手ありきで決めるもの。布陣ありきで決めるものではない。日本のストロングポイントは中盤(真ん中)。優秀なドリブラーがいないのに、4-2-3-1や4-3-3を採用するのは本末転倒だ」と。

 だが、ドリブラーがいないのに、代表チームのスタイルは、ウイング的なポジションがある4-2-3-1や4-3-3的なものに変わっていった。世界の影響を受けざるを得なかった。Jリーグにもその流れは波及した。

 ドリブラー天国はその産物に他ならない。布陣が選手を育てたーーと言えば少々、強引で乱暴な意見に聞こえるかもしれないが、これぞサッカー的な考え方だと自負している。

 1980年代後半から90年代前半に掛けてのブラジルには、ウイング文化が存在した。三浦カズはそこで左ウイングとして活躍。ブラジル全国選手権の記者投票で、左ウイング部門の3位に輝いた実績をひっさげ、日本に鳴り物入りで戻ってきた。しかし、時の読売クラブは4-2-2-2を採用する中央攻撃主体のサッカーだった。左ウイングにとって、居場所を見いだしにくい布陣ながら、カズは、左サイドハーフとして開いて構え、4得点7アシストをマークした。

 だが、そのプレーはあまり評価されなかった。FWなのに得点が少ないと言う印象を与えることになった。そうした空気を察知したカズは、ウイングからストライカーへ、サイドから真ん中への転身を図った。それが奏功。選手としての成功に繋がったわけだが、現在なら話は違っていた。ウインガーとして大成していたに違いない。 当初はドリブル得意なサイドアタッカーだったが、真ん中へ転身を図ることになった有名選手は他にもいる。中田英寿は、アンダーカテゴリーの時はサイドのタッチライン際をドリブルで疾走する推進力に富むドリブラーだった。中盤のゲームメーカーではなかった。