ようやく多くの国でワクチンの接種が始まりましたが、国によって状況は少し違うようです(写真:Inside Creative House/iStock)

依然猛威を振るう新型コロナウイルスですが、ここへきてようやく多くの国でワクチンの接種が始まっています。ところが、ワクチンの生みの親であるパスツールの出身地フランスは、ワクチン推進には消極的で、接種ペースも他国に大きく遅れを取っている状態にあるのです。

日本では「距離」を置くワクチン接種だが…

パスツールは1888年、今でも免疫や予防接種に関する業績で有名なパスツール研究所を設立しました。ワクチンによって、結核や破傷風、ジフテリアといった病気を根絶し、予防できるようになりました。ワクチンは世界を変えた発明であり、人類の発展にも貢献したとされています。


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そして今、私たちは再びウイルスの世界的流行に直面しています。そのウイルスは感染力が非常に強く、命にも関わるうえに、急速に変異する可能性があります。死者の数はアメリカでなんと40万人、イギリスでは10万人、フランスでも7万人を超える水準になっています。

新型コロナウイルスによって引き起こされた世界の衛生的、経済的な破滅状態から脱するための唯一、最大の解決策は、ワクチンの集団接種だとされています。

日本は欧米諸国に比べて死者数などが少ないことから、ワクチンに関してはある種の「距離」を置く状況になっているようです。それでも2月末から医療従事者を皮切りに接種が始まるとされていることを考えると、今こそ他国で起こっている状況について考察、検討するべきではないでしょうか。

イスラエルは、早い段階でワクチン接種キャンペーンを始め、今年3月末までには、17歳以上の全国民にワクチンを接種する意向です。イギリスも、ワクチン接種のペースを速めています。同国には集団接種センター(年中無休・24時間営業)が開設され、政府はコロナウイルスの感染拡大を止めるべく、2月半ばまでに約1500万人に予防接種を受けてもらう計画としています。

では、フランスはどうでしょうか。フランスはワクチンプログラムに遅れが生じているだけではなく、ワクチンの開発(と生産)競争でも後れを取っています。サノフィのような優良な大手製薬会社があることを考えれば、これは非常に信じがたいことです。

フランスがワクチン接種で遅れをとったのにはいくつか理由があります。1つは、多くのフランス人がワクチン接種に抵抗感を示していたことです。数週間前に行われた世論調査の「ワクチン接種を受けるつもりか」という質問に対して、フランス国民の47.4%が「はい」、52.6%が「いいえ」と答えていました。現在では、「いいえ」と答えた人の比率は43%に減っていますが、それでも、ドイツよりも12ポイント、イギリスよりも22ポイント高い数字です。

「はい」と答える比率は日々、高まっており、フランス国民の過半数を占めようとしていますが、フランス人はもともと「ノン(いいえ)」と答えるのが好きな国民であり、よく反対デモに参加しているのもご存じのとおりです。何か提案されたらとりあえず反対するのはフランス人の国民性ともいえます。

もう1つは、政府自体が慎重だったことが挙げられます。ワクチンを接種するには5日前までに事前診断を行い、同意書にサインをしなければならないのです。このため、接種が始まって1週間経ってもフランスでは516人しかワクチンを受けていないという状態でした(同じ期間にドイツでは20万人が受けています)。

クリスマスを境に意識が変わった

もっとも、国民の意識はクリスマスのホリデーシーズン後に変わりました。なぜでしょうか。フランスより先にワクチン接種が始まった国を見ると、深刻な副反応はほとんどなく、これまでのところ大きな問題は生じていません。また、イギリスで昨年末突然、新型コロナウイルスの変異種が発見され、ウイルスを制御することがますます難しくなると実感し始めています。

フランス国民も生活の制限にはいい加減辟易としており、できる限り早く日常を取り戻したいと思っています。ワクチンの集団接種は今のところ、この「最悪な現状」から脱するための唯一の方法、あるいは希望に見えるようになってきました。

フランス人が日増しにワクチン接種へ前向きになっている今、政府はこれに応えられる状況にあるのでしょうか。どうやらそうではないようです……。

欧州連合(EU)域内では、昨年12月27日からワクチン接種が始まり、フランスでは2021年1月12日までに24万7167人が接種を終えています。ところがこれは、ワクチン接種をいち早く始めたイギリス(約280万人)はおろか、イタリア(80万730人)にも遥かに及ばない水準です。

フランスは他国同様、医療従事者や基礎疾患のある人、高齢者など国民をグループ分けし、段階的にワクチンを接種していく計画です。1月18日以降は75歳以上の国民は正式に接種を受けられるようになり、3月初めには65歳から74歳まで、春以降には50歳から64歳までの人が受けられるようにする、というのがマクロン政権の計画です。

もっとも、現場はかなり混乱しているようです。接種の予約はネットあるいは、専用の電話番号経由でできるようになっています。私の父も2月3日と3月2日と2回、それぞれパリで接種する予約を取ることに成功しましたが、この日受ける段階で接種センターに十分なワクチンがあるかどうかは現時点ではよくわかりません。

国民のワクチンに対する抵抗感を払拭するために、他国では国のトップがテレビカメラの前で公にワクチンを接種する場面もありますが、フランスではこうしたことも行われませんでした。

勝者はドイツ、アメリカ、イギリス?

では、いま市場に出ているさまざまなワクチンについて、再び考察してみましょう。現時点ではワクチン開発と生産における勝者はファイザー・バイオNテック連合(トルコ系ドイツ人夫妻が開発に成功)を擁するドイツと、モデルナのあるアメリカ、そして次にアストラゼネカのあるイギリスでしょうか。

ヨーロッパではすべてのワクチンは欧州医薬品庁(EMA)によって承認されなければなりません(EMAは現在、イギリスのアストラゼネカ製ワクチンについて審査しています)。その後、ワクチンはヨーロッパ各国の医療当局によって承認される必要があります。

イギリスは、ブレグジット(EU離脱)のおかげでワクチン接種を他国に先駆けて始められました。上記のヨーロッパでの承認手続きの必要が一切なく、イギリス国内での承認で十分だったからです。

一方、EU加盟国はワクチン入手もEUを通じて行わなければなりません。EUは、加盟国の人口に合わせてワクチンを配布すべく、20億回分以上のワクチンを先行予約しています(そして、そのワクチンはすべての加盟国向けに同じ価格で販売されます)。

これまでのところ、欧州では2つのワクチンが承認されています。1つは、昨年12月21日に承認を受けたファイザー製の「mRNA」ワクチンです。このワクチンは90%または95%の有効性があるともいわれています。もう1つは今年1月6日に承認を受けたモデルナ製です。アストラゼネカとオックスフォード大学によるワクチン(臨床試験の第3段階)も、1月29日に承認される見込みです。

サノフィ研究所がワクチンを市場に投入できるのは2021年の末だとしています。実に他国の大手製薬会社から1年遅れです。古典的な方法を採用しているため、開発により時間がかかっているのです。

フランスによるこの「失敗」は、この国が抱える大きな問題と直結しています。つまり、サイエンス分野への資金援助が乏しいということです。こうした理由から、フランスの優秀な研究者の多くは、大きな研究を行うためにはアメリカなどへ渡らなければならなかったのです。

一部の国はロシア産ワクチンの「スプートニクV」のように、独自ワクチンを使った独自の接種キャンペーンを開始しています。中国産ワクチンのシノバックはインドネシア、トルコ、ブラジルが購入していますが、その有効性は50%程度しかないとされています。

いずれにしても、誰もがこれほどまでに迅速に開発され、大量生産されたワクチンはこれまでにないと認めています。これはまさに偉業です。

ギリシャが望む「ワクチンパスポート」とは

さて、各国でワクチン接種が進む中で、「ワクチンパスポート」の発行を望む人も増えてきています。ワクチンを接種した人が、旅行したり、外出したり、イベントに参加したり、レストランを訪れたりできるようにするものです。

観光客が戻ってくることを期待するギリシャは、このパスポートをできる限り早く導入したいと望んでいます。もちろん、倫理面で論議を呼ぶ可能性はあります。しかし、(あらゆるカテゴリーの)すべての希望者がワクチンを接種することが可能となり、接種していない人々が接種を自ら決断したのであれば、パスポートの発行も公正な自由選択に基づいたものであると見なされるかもしれません。

もちろん、ワクチンの長期的な副作用は未知数であり、人によってワクチンに対する考え方が違うのは当たり前です。ワクチン接種した人の感染力が弱まるわけでもないので、引き続き感染対策は必要になるでしょう。

一方でワクチンは個人のことであると同時に、市民の1人、国民の1人、あるいは世界に暮らす人の1人として自治体や国、世界に対して何ができるか、ということでもある気がします。ワクチンを受けることですぐに日常が戻ってくるわけではありませんが、接種することで1日も早く日常を取り戻せる、と希望を持つことができるのです。