「交際ゼロ日」で結婚したカップル。そこに至るまでの経緯と現在とは?(イラスト:堀江篤史)

「交際ゼロ日」で結婚したという夫婦がいると聞いて、神戸に向かった。老舗喫茶店「にしむら」の座席を確保して待っていてくれたのは、ともにIT系のフリーランサーである三浦枝里子さん(仮名、49歳)と圭太さん(仮名、42歳)。

顔つきというか雰囲気が似ている。枝里子さんのほうがチャキチャキと話して、圭太さんは優しそうで朴訥なところも仲良し姉弟っぽい2人だ。

予期せぬ流れからの“交際ゼロ日婚”

交際ゼロ日婚と言っても、知り合い期間がなかったわけではない。ボランティア活動を通して信頼関係はあり、一緒にシェアハウスに住もうとしたところ予期せぬ流れで結婚に行きついたという。上手に説明できそうな枝里子さんのほうに時系列で説明してもらった。


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枝里子さんは東京で会社員として長く働いていた。職業は現在と同じくWebディレクター。出社義務はなく、自宅作業が大半なので、当時から「どこでも働ける」環境は整っていた。

ただし、若い頃は働き方を自分でコントロールできるほどの腕も人脈もない。26歳のときに学生時代の先輩と結婚した枝里子さんだが、相手の転勤先にはついて行けなかったと振り返る。

「私がどうしても仕事を続けたかったからです。一緒に暮らしていた頃も単なる同居人みたいになっていたので、彼が単身赴任をしてからは夫婦であることが曖昧になっていました」

そのうちに前夫に「お付き合いしたい人」ができる。不倫はしたくないので別れたいと言われ、枝里子さんは淡々と受け入れた。

「私が何もしてあげていないのだから、そりゃ好きな人ぐらいはできるだろう。致し方のないこと。自業自得だな、と思いました」

離婚したのは36歳のとき。一人暮らしをしながら仕事に邁進していたところに、3つの事件が重なった。2011年のことだ。

「東日本大震災に、私と父の入院が重なったんです。両親は地元の神戸に住んでいて、母は膝が悪いので父の看病をやりきれません。私も自分が倒れるなんて思ってもいませんでした。これはアカンな、と関西に戻ることにしました」

2年間は実家で両親と一緒に住みながら看病と仕事を両立させていた枝里子さん。父親が回復したこともあり、実家近くで一人暮らしを再開することにした。

「長いこと東京にいたので関西に友だちがいませんでした。助け合える人間関係が欲しい。そう思って、東京の友だちに大阪での同業者飲み会を紹介してもらいました」

その飲み会での縁から、神戸を中心とするIT系のボランティア活動の団体に誘われた。会計係をしていたのが圭太さんだったのだ。

「イベントのときは、『お金』と書いたガムテープを体に貼って歩き回っている係です(笑)。スポンサー企業からいただいた500万円ぐらいの資金を1人で管理するので、ごまかしたりはしない人であることはわかっていました。リーダータイプではないけれど信用が置ける人です」

圭太さんの人柄を淡々と評価する枝里子さん。信用しつつも恋愛感情があったわけではない。

思わぬ誤解を受け、同居人ではなく婚約者扱いに

シェアハウス構想が持ち上がったのが2016年の春。圭太さんが会社員時代の後輩男性2人と一緒に住むことを計画。フリーランスになることを考えていた枝里子さんは「渡りに船」だと感じた。

「独立するには固定費を下げなければと思っていたからです。一部屋空いていませんか?と圭太さんに打診しました」

完全に店子モードであるが、洗濯などは4人一緒にするつもりだったと枝里子さんは明かす。圭太さんは7歳下だが、後輩男性はさらに若い20代後半。「寮母さん」のような存在として住もうと思っていたらしい。

しかし、実際には2人きりで住むことになった。後輩の1人は夜勤続きで生活パターンが合わないので不参加となり、もう1人は入居1週間後に東京転勤が決まったのだ。これではシェアハウスではなく同棲である。

「親には説明しておこうと思いました。まずはうちの実家に圭太さんを連れて行き、大家さんとして紹介。変な人ではないので安心してね、と伝えたつもりです」

今度は同じく兵庫県県内に住んでいる圭太さんの両親に2人で会いに行った。店子として紹介されるつもりだったが、なんだか様子が違う。明らかに「長男の婚約者」として扱われているのだ。

「困ったなー、と思いました。私は年上のバツイチであることすら話していません。どうするんですか?と圭太さんに聞いたら、『(結婚ということで)ダメですか?』なんて返してくるんです。そもそも付き合ってないじゃん!と思いました」

両親への「あいさつ」が終わった後に、2人で結婚を前提に話し合うことになってしまった。枝里子さんは年齢もあって子どもは望めないことなどを圭太さんに説明。すべての項目に関して圭太さんは「問題ない」との回答。枝里子さんは自ら外堀を埋める結果となった。

「断る理由がなくなったのです。生理的に無理な相手ならばそもそも一緒に住もうとは思わなかったし、助け合えるパートナーがいたらいいに決まっている。そう考え直すことにしました」

人好きの圭太さんは25歳ぐらいから結婚願望があり、合コンの幹事などを積極的に引き受けていた。しかし、典型的な「いい人」キャラなので自分の恋愛にはほとんどつながらなかったようだ。

2016年の夏。枝里子さんと圭太さんは結婚式を挙げた。交際ゼロ日婚を報告したボランティア仲間たちから「何が起きたのかわからない」との率直な感想をもらったらしい。実際のところ、2人も「同僚レベル」から徐々にお互いを理解して愛情を深めていったのだ。枝里子さんは同じ業界であることのメリットを指摘する。

「最初の結婚相手は安定した業界の人でした。同じ会社の女性社員は残業なしでいいお給料をもらっていたようです。私たちが働くIT業界は切羽詰まった状況だと猛烈に忙しくなります。それをわかってはもらえませんでした」

ネットワークエンジニアであり、しかも自分と同じくフリーランスの圭太さんには働き方の説明は必要ない。それに加え、家族になる際のさまざまな課題に対して「何事も話し合って冷静に解決する」姿勢は、ボランティア活動のときと変わらない。

「どちらかが一方的に決めたりするのではありません。課題に対する解決策をA、B、Cと並べて一緒に検討して合意する形です。それがすごく楽ですね」

一緒に暮らし始めるとお互いの意外な一面が見えてくる

意外な喜びもある。一緒に生活を始めて、枝里子さんは圭太さんが食べることが大好きな人なのだと初めて知った。枝里子さんは時間があればレンコンの煮物など「地味な和食」を作るほうだ。圭太さんはそれがとてもうれしい。

「料理を作れたんですね!と感動してくれています。私、料理をしない人だと思われていたようです……」

2人とも旅行好きだが、車の運転が得意な圭太さんは遠方へのドライブや温泉を楽しむタイプ。枝里子さんは助手席に座ってさまざまな温泉地を巡ることに新鮮さを感じている。

「私は運転できないですが、街歩きは得意です。小さな路地にあるいいお店を探して、躊躇なく入れる自信があります。圭太さんとは視点が違うのでそれを楽しんでいるところです」

読書好きという共通点もあり、週1回だけ開店するブックカフェを2人で営んでいた時期もある。性格や特技は異なるが、同じ方向を見ている夫婦なのだ。

一緒に住もうと思える相手ならば助け合えるパートナーにもなれる――。枝里子さんの感想は結婚へのハードルを下げるヒントになりうると思う。助け合って暮らしているうちに恋愛感情が芽生える局面もあるだろう。小さく始めて大きく育てる結婚生活もいいものかもしれない。