毒殺とみられる形でこの世を去った林奇氏(写真:財新編集部)

日本でも話題になった中国のSF小説「三体」。そのテレビドラマ版をネットフリックスと共同で製作する予定だった中国側のパートナー企業創業者が毒殺とみられる形で、2020年12月25日にこの世を去った。この不可解な事件の背景には大ヒットIP「三体」を巡る確執が見え隠れし、さらには相続権を持つと主張する謎の遺族が登場する遺産争奪戦にも発展。中国全土で注目を集めている。

遊族網絡(編集注:Yoozooグループ、中国のゲーム開発企業でグループ会社が「三体」の全世界での著作権を所有する)の創業者・林奇(リン・チー)氏が毒殺された事件の謎が徐々に解明され始めており、浮上してきたさまざまな内情は驚くべきものであった。

財新記者は林奇氏に近い複数の関係者から少しずつ、事件の経緯を聞き出すことができた。林奇氏の体内からは複数の毒素が検出されている。また、この事件による遊族網絡の被害者は合わせて3人おり、他の2人の被害者は死に至っていない。

2020年12月25日、林奇氏は毒殺とみられる形で不幸にもこの世を去った。上海警察がこれまでに発表している情報によれば、林奇氏は故意に毒殺されたもので、この重大事件の容疑者となっているのは許という人物である。

容疑者は常時複数の毒薬を所持

本名は許垚(シュー・ヤオ)、今年で40歳。遊族映画業(編集注:「三体」映画版の製作を行った上海游族文化媒体有限公司)と三体宇宙公司(編集注:ネットフリックスと共同で「三体」テレビドラマ版を開発する遊族網絡の子会社)のCEOだ。

林奇氏をよく知る2人の関係者によれば、事件後、林奇氏の体内からは少なくとも5種類の毒素が検出され、その中には水銀とテトロドトキシンが含まれていたという。


本記事は「財新」の提供記事です

許容疑者が普段からアメリカのテレビドラマ「ブレイキング・バッド」(編集注:余命わずかな高校の化学教師が家族を養うため麻薬王になるというストーリー、中国語版のタイトルは「絶命毒師」)に心酔していたと林奇氏の複数の関係者は話す。

上海の青浦区には専門的に毒を製造している施設があり、許容疑者はダークウェブを通じて数百種類の毒薬を購入し、常時複数の毒薬を揃えていたという。

その後、許容疑者は猫や犬などのペットで実験を行い、それらのペットが死亡したのを確認した後に、人に対して毒を使用する準備を始めたとのことだ。

林奇氏の関係者によると、許容疑者は準備した毒を混入させた1瓶30粒入りのプロバイオティクス(サプリメント)を林奇氏に送り、林奇氏は秘書に促されてそれを服用した。また、秘書も同様のプロバイオティクスを服用したという。

林奇氏が服用を始めて数日後に毒入りのものを摂取すると、すぐに吐き気や頭痛などの不調が生じた。その後、12月15日前後に入院し治療を開始、12月25日に突然症状が悪化し、当日午後5時頃に息を引き取った。

法律にも非常に精通していた

状況をよく知る別の関係者によれば、林奇氏は華山医院にて急性テトロドトキシン中毒と診断され、大量の交換輸血(4万cc)と手術治療が施されたという。その後、容体はいったん安定したとのことだ。しかし同時に慢性水銀中毒の症状があったことにより、最終的に内臓の出血や心肺の衰弱が生じたために死期が早まってしまったという。

水銀とテトロドトキシンはどちらも劇薬に指定されている。水銀は毒性の強い重金属であり、単体で身体に入ると強い神経毒性を生じさせる。テトロドトキシンはフグなどの生物が持つもので、摂取するとめまいや吐き気、唇や指の麻痺などの中毒症状が表れる。潜伏時間は5分から4時間とさまざまで、今のところ有効な薬は開発されていない。

上述の関係者の話では、許容疑者は法律に非常に精通しており、犯行準備を周到に進めていたという。また、現在も黙秘を貫いており、毒を使用して林奇氏を殺害した詳細については話そうとせず、上級弁護士チームを立てたとのことだ。

現在のところ、許容疑者の動機や毒の購入、製造などに関する詳細のほとんどが明らかになっているが、毒を利用した犯行の一連の証拠を揃えて法的な土台を固めるには、まだ課題が残されていると言える。

財新記者が複数の遊族網絡の社員から得た情報によれば、許容疑者が債務や人間関係によって林奇氏に恨みを抱いていたという事実はない。

また、複数の情報源から得た情報では今回林奇氏以外に中毒症状を起こした2人の関係者のうち、1人は遊族網絡の社員で、残る1人は北京三体宇宙公司の副総裁である趙驥龍(ジャオ・ジーロン)氏である。

数回の検査が行われた後、趙驥龍氏には慢性中毒の症状がみられ、体内の水銀の量は基準値の約10倍になっていたという。治療を受けたのち、近々退院することができるとのことだ。

遊族網絡に詳しいある人物によれば、許容疑者と趙驥龍氏は長らく折り合いが悪く、仕事においてはライバル関係にあったとのことで、許容疑者が趙驥龍氏に意図的に毒を飲ませたと疑う余地はある。

許容疑者と林奇氏はどちらも1981年生まれである。許容疑者は2003年に西南政法大学法律学科を卒業した後、フランスとアメリカに留学し、2006年にフランスのポール・セザンヌ大学保険法学院を卒業している。

プロフェッショナルで控えめな印象

彼は過去、復星集団(中国の大手コングロマリット)にて10年にわたって法務業務に従事していたが、上司の個人的な問題などを告発したことなどが原因で復星集団を離職した後に、2017年に推薦を受けて遊族網絡で働き始めた。同僚からは「プロフェッショナル、控えめ、寡黙」という印象を持たれていた。

2017年、林奇氏が「三体」の著作権問題について悩みを抱えていた折、許容疑者は復星集団幹部の推薦を受けて遊族網絡の首席リスク管理者の任に就き、会社の法務および政府関連事務を管掌することとなった。

許容疑者は約3年の期間を費やして「三体」の著作権問題を処理した後、2018年に三体宇宙のCEOとなり、「三体」IPの孵化と開発の任に就いた。しかしこのとき、林奇氏は「許容疑者は法律問題には強いが、『三体』の製作業務を引き継ぐのに適しているのかわからない」と感じていた。そのため、関連する多くの業務を三体宇宙の副総裁である趙驥龍氏に託したのだ。

2020年9月1日、ネットフリックスが「三体」のテレビドラマを製作するという情報を発表すると、ネットではたちまち話題となった。林奇氏と三体宇宙副総裁・趙驥龍氏はプロデューサーとして、英語版ドラマのクレジットタイトルに名を連ねたが、そこに三体宇宙のCEOだった許容疑者の名前はなかった。

上述の林奇氏の関係者によれば、三体宇宙とネットフリックスとの契約は2年前に林奇氏が数人の若い社員を引き連れて締結したもので、「許容疑者の貢献はほぼゼロに近い」という。許容疑者は最も価値のあるクライアントとの協議に参加できていなかったのだ。

2018年、林奇氏は(「三体」映画版の製作を手がける)遊族映画業を許容疑者に託した。許容疑者は遊族網絡の取締役を兼任せず、「三体」プロジェクトの著作権問題に集中して取り組むこととなった。

現在のところ、趙驥龍氏が毒を盛られた経緯や詳細については明らかになっていないが、今回の事件により遊族網絡の社員に自身にも危険があるのではないかという危機感を募らせる結果となった。近いうちに幹部全員が検査を受けに行くとのことだ。

異例の遺産争奪トラブルに発展

林奇氏が毒殺されてからは、遺産相続に関する問題が注目を集めることとなった。1月11日夜、遊族網絡は会社の権益に変動があったことを公表した。林奇氏が保有していた株式の株主としての権益は3人の未成年の子どもたちに引き継がれ、母親である法定代理人の許芬芬(シュー・フェンフェン)が行使するという。

それらの手続きが完了すれば、遊族網絡には支配株主がいなくなり、許芬芬が実際の会社の支配者となる。

しかし、その公表が行われた翌日、非摘出子の親族が遺産の争奪戦に参加するという事態に発展した。1月12日正午、ウェイボー上に「糖醋個里脊啦」というアカウント名のユーザーが以下のような内容の文章を投稿した。

「許芬芬と林奇は離婚してから何年も経っている。また、私の姉は林奇と2019年に友人の紹介を通じて知り合い、結婚手続きはしていないが、すでに子どもが生まれている」

同ユーザーが公開した出生医学証明書のコピーには、新生児の名前は林某清、父親の名前は当時38歳の「林奇」と記されている。また、証明書が発行されたのは2020年12月となっている。

この声明によれば、林奇氏が事件の被害にあって以降、遊族網絡は同ユーザーの姉からの面会の要求を拒否し、故意にその子どもの法的な相続人としての身分を認めなかったのだという。そして知らぬ間に株式の相続人が公表され、かつ林奇氏の遺体を慌てて火葬したとのことだ。

この人物はすでに遊族網絡に弁護士からの書簡を送付し、林奇氏が被害にあった事件の調査状況や株式相続などの事項について回答するよう要求しているという。

また、林某清と林奇氏の親子鑑定を行い、林某清とその他の第1順位相続人の同等な権益を保証するよう求めている。財新記者は遊族網絡と「糖醋個里脊啦」にコンタクトを取っているが、今のところどちらからも返答はない。

事情を知る関係者によれば、この女性の経歴は複雑で、林奇氏と知り合って1カ月後に妊娠したのだという。「民法典」では非嫡出子は嫡出子と同様の相続権を有すると規定されている。

林奇氏に近い人物によれば、許芬芬はすでに弁護士を通して関係者との交渉を行っているとのことだ。もしこの非嫡出子と林奇氏との親子関係が認定され、非嫡出子が林奇氏の遺産分配の対象となった場合、法律に従えば6分の1の相続権を獲得することとなる。

林奇氏は生前、筆頭株主だった

また、財新記者の知る限りでは、今回の毒殺事件は調査が完了していないため、林奇氏の遺体はまだ火葬されていない。

1月15日、遊族網絡は林奇氏が保有していた520万株は、1月13日に上海市第一中級人民法院により司法凍結されたと公表した。遊族網絡によれば、林奇氏の親族の代表者が今回の凍結の申請者と連絡を取り合っており、この申請者は1月14日に親族代表者との「和解協定」に署名したという。協定の取り決めによれば、申請者は協定に署名してから2日以内に訴訟の取り下げを申請するかすべての財産保護措置の取り消しを申請する。

林奇氏は生前、遊族網絡の筆頭株主であり、同社の株式を2.197億株保有していた。また、持ち株比率は23.99%に上り、市場価値は約28億9600万元(約460億円)に相当する。しかし、林奇氏は生前に彼の持ち株を処理する旨の遺言や遺贈に関する取り決めを行ってはいなかった。

林奇氏は遊族網絡の株式以外にも、大量の重要な資産を独立して保有している。彼は上場企業である遊族網絡とは別に、同時に約20の「游族系」の会社で重役を務めていたのだ。

この中には「三体」の映画の製作を行った遊族映画業、および「三体」の全世界における著作権所有者である三体宇宙(上海)文化発展有限公司が含まれている。

三体のネットドラマは間もなくクランクアップ

この1年間、遊族網絡のセカンダリーマーケットでのパフォーマンスは会社の思うようにはいっておらず、その市場価値は2020年初旬に比べて4割近く縮小している。「三体」の著作権の行く末が株価に大きな影響をもたらす可能性がある。

現在、三体宇宙はすでにグローバルストリーミングメディアであるネットフリックスと「三体」の英語版ドラマを協力して製作する契約を交わしている。テンセントビデオの「三体」ネットドラマも間もなくクランクアップする予定だ。また、遊族網絡はすでに「三体」のゲームプロジェクトを正式に始動することを発表している。

財新記者:関聡

※原文の配信は1月18日