第1次世界大戦後、民間航空の飛躍的な発展により新たな航空路が開設されるなか、新型飛行艇の開発もスタート。新型機はイタリア空軍のデモンストレーションにも用いられ、指揮した空軍大将はアメリカ大統領から勲章まで授与しました。

双胴三尾翼の新たな大型飛行艇の誕生

 第1次世界大戦後、疲弊したヨーロッパから海外にビジネスチャンスの拡大を求めたイタリアは、その一環として新たな航空路の開設を模索、それに伴い空軍省の肝いりで各航空機メーカーによる新型飛行艇の開発が始まります。そのひとつがサヴォイア・マルケッティ社で誕生したS.55型飛行艇でした。

 日本においてイタリアの飛行艇が活躍する比較的知られたアニメのひとつに、スタジオジブリが制作した『紅の豚』が挙げられます。ストーリーのなかでは、主人公ポルコの若かりし頃の話として第1次世界大戦中の空中戦が描かれており、そこではイタリアと火花を散らしたオーストリア・ハンガリー帝国の飛行艇、そしてこれを徹底的に研究してイタリアが開発したM.5型水上戦闘機などが登場します。

 第1次世界大戦は1918(大正7)年に終わりますが、それからわずか数年間でイタリアの飛行艇はサイズも形状も大幅に進化を遂げます。そのなかでも当時としては革新的なデザインと高い性能を持っていたのがS.55型だったのです。


飛行中のS.55X型飛行艇。全長16.5m、全幅24mで双胴の機体はフロートを兼ねており、中に2から3名が搭乗した(吉川和篤所蔵)。

 同社のマルケッティ技士とトーレ技士により設計されたこの機体は、双胴に3枚の垂直尾翼を装着した特異な形状で、搭載するイソッタ・フラスキーニ・アッソ500型エンジン(500馬力)2基は空気抵抗を低減させるため、主翼上面中央付近に前後背中合わせになる、いわゆるプッシュ・プル方式で配置されていました。

 S.55型は1923(大正12)年8月に初飛行を成功させると、安定した性能で数々の飛行記録を樹立していきます。1927(昭和2)年2月には、アフリカ大陸西端の都市ダカール(現・セネガルの首都)を飛び立ったS.55型飛行艇『サンタ・マリア』号は、南大西洋を横断し、南米ブラジルに到着します。その後リオ・デジャネイロやニューヨークを経由して、4か月で4万8000km以上を飛行してイタリア本国へ帰還しています。

地中海周辺諸国へのプロパガンダ飛行

 1928(昭和3)年5月には、イタリアの独裁者ムッソリーニを支えた、通称「ファシスト四天王」のひとりである空軍次官イタロ・バルボがS.55型飛行艇の操縦桿を握り、9日間かけてフランス〜スペイン〜イタリア領サルデーニャ島の地中海西方を回る飛行にも成功しました。

 翌1929(昭和4)年6月には、さらに32機のS.55型を中心に各種飛行艇35機、搭乗員136名からなる大編隊をもって、15日間かけてギリシャ〜トルコ〜ソ連を飛行して巡る地中海東方ルートの一大飛行にも成功します。


分厚い主翼の中央に配置された操縦席内部。操縦士と副操縦士が左右に座るが、長距離飛行機としては狭いスペースであった(吉川和篤所蔵)。

 これら一連の長距離飛行の成功によって自信をつけたイタリアは、さらに大掛かりなプロパガンダ飛行を企画。イタリア空軍創設10周年となる1933(昭和8)年に、その節目を記念して大西洋横断飛行を行う計画を立てます。これはイタリア海軍の協力を得て承認され、昇進して空軍大将にまでなったバルボ自らが飛行計画の陣頭指揮を執ることにしたのでした。

 大西洋横断飛行用に用意されたS.55飛行艇は、エンジンが出力の高いアッソ750V型(880馬力)に換装され、これにより最大速度は282km/h、航続距離は4500kmに性能向上を果たしています。そのため同機は「S.55X」型と呼ばれました。

大将自ら率いたイタリア空軍の一大遠征

 高性能なS.55X型飛行艇24機からなる大編隊は、1933(昭和8)年6月1日にイタリアの首都ローマ近郊にある港町オルベテッロを飛び立つと、イギリス領北アイルランドやアイスランドの首都レイキャビクを経由し、48時間後にカナダへ無事到着、約2400kmの大西洋無着陸横断飛行に成功したのでした。

 カナダ到着後、今度はアメリカに向けて再び飛行します。まず北米大陸内陸部にあるシカゴ上空にV字形の編隊で現れると、市民から熱狂的な歓迎を受けたのでした。ちなみにこの偉業を受けて、シカゴ市内の7番目の大通りは「バルボ通り」に改名されています。

 さらにニューヨークではブロードウェイで大パレードが開かれたほか、アメリカのルーズヴェルト大統領からバルボ空軍大将に対して飛行十字勲章が送られます。こうして、イタリア空軍としての大々的なパフォーマンスを成功させたバルボは、帰国したのち新たに設けられた空軍元帥のポストに就きました。


大西洋横断飛行用のS55X型飛行艇。イタロ・バルボ空軍大将が搭乗した同機は、主翼下面に民間コード“I-BALB”が描かれている(吉川和篤作画)。

 これら数々の遠征飛行の成功により、S.55型飛行艇はブラジルやスペイン、ルーマニアの各国軍にも採用されたほか、民間機としてソ連のアエロフロート航空でも就航しています。またイタリア本国においても、第2次世界大戦終結まで洋上哨戒機として使用されました。

 ちなみに、このモダンなデザインの飛行艇も『紅の豚』に登場します。S.55型飛行艇はファシスト・イタリア空軍の所属機として登場するので、その姿をチェックしてみると面白いかもしれません。