ブラジル・リオデジャネイロの鉄道、スーペルヴィア(SuperVia)社の車両基地。JR西日本は2015年から経営に参画している(写真:JR西日本)

日立製作所や川崎重工業など日本のメーカーが製造した鉄道車両が世界各地で活躍している。鉄道事業者による鉄道運営の海外展開は車両メーカーと比べると事例は少ないが、東京メトロがベトナムで現地運営会社の支援、フィリピンで都市鉄道の人材育成、インドネシアで運営維持コンサルティングを行うなど東南アジア諸国で積極的な動きを見せている。

JRでは2007年に開業した台湾高速鉄道において、JR東海の三島研修センターで研修を受けた台湾人の教官が乗務員の育成に当たっている。JR東日本もタイで車両や地上設備のメンテナンスを行ったり、インドで進められている高速鉄道プロジェクトにおける技術支援を行ったりしてきたが、2017年12月にはオランダの鉄道会社アベリオや三井物産とともにイギリスの旅客鉄道会社ウェストミッドランズトレインズ事業の運営を開始し、本丸の鉄道運営に乗り出した。

三井物産・JOINと参画

JR西日本は2015年12月、ブラジル都市旅客事業への出資会社「ガラナアーバンモビリティ(GUMI)」の株式33.9%を取得し、海外鉄道事業の経営に乗り出した。GUMIへの出資比率はJR西日本のほか、三井物産が50.1%、海外交通・都市開発事業支援機構(JOIN)が16.0%出資している。

当初、GUMIはブラジル最大級のコングロマリット、オデブレヒトグループと組んでブラジル国内の鉄道4事業(リオデジャネイロ近郊鉄道、サンパウロ地下鉄6号線、リオデジャネイロLRT、ゴイアニアLRT)の経営にあたってきた。出資比率は、オデブレヒトが60%、GUMIが40%。出資者全体から見ればJR西日本の位置づけはかなりマイナーだった。

その後スキームが大きく変更され、2019 年5月にGUMIは4社のうち、リオデジャネイロ近郊鉄道を営むスーペルヴィアの支配株主となった。GUMIに出資する三井物産、JOINともに鉄道運営の現場ノウハウを持っているわけではない。必然的にJR西日本はスーペルヴィアに対する積極的な関与が期待されることになった。

リオデジャネイロはサンパウロに次ぐブラジル第2の都市で人口1600万人。コパカバーナ海岸など観光都市としても知られるが、治安は悪い。殺人、強盗は日常茶飯事。鉄道沿線の住民が鉄道のケーブルなどを盗んで運行不能になることもしょっちゅうだ。


キリスト像が立つコルコバードの丘の上から見下ろしたリオデジャネイロ市街(写真:marchello74/iStock)

では、なぜJR西日本は海外における鉄道事業の展開先としてブラジルを選んだのか。同社海外鉄道事業推進室の平野剛室長は、「日本だけでなくヨーロッパも含めて、競合する鉄道事業者がブラジルにはいなかったこと、三井物産、JOINという経験豊富なパートナーに恵まれたことが理由だ」と話す。

同社にとって初めての海外での鉄道展開。「第1に事業性を確保しながら海外事業のノウハウを確保したい。そして海外で学んだことを日本の鉄道に活かしていきたいということでスタートした」(平野室長)。事業性、つまり収益の確保はもっとも優先される条件だった。

スーペルヴィアはリオデジャネイロ州からコンセッション契約によって2048年まで鉄道運営権を付与されている。7路線、102駅を有し路線長は270km。約2500人の社員が従事する。1日平均の利用者数は59万人で、規模的には日本の大手私鉄レベルに匹敵する。

改善の余地はあちこちに

ただ、平野氏は脱線事故が毎年のように起きていることを心配視する。また過去には保守作業の不備から列車自動停止装置(ATS)が故障し、運転士がATSを切って運転した際に不注意でほかの列車と追突事故を起こすというアクシデントが起きたこともあった。「悪く言えば、一刻も早く改善する必要がある。良く言えば、日本のノウハウを学んでいただければ劇的に改善される余地が十分にある」(平野室長)。

スーペルヴィアの運営権にはメンテナンスも含まれる。そのため、インフラは州が所有しているが、インフラのメンテナンスはスーペルヴィアが行うことになっている。


スーペルヴィアのターミナル、セントラル駅に停車する電車(写真:JR西日本)

JR西日本の参画後、担当者が線路の状況をチェックしたところ、レールの品質があまりよくなくて傷ができやすく、レール破損を招きやすいことがわかった。線路下の排水が悪いため、雨が降ると水がたまりやすく路盤がドロドロになることもわかった。乗り心地が悪くなるだけでなく安全面にも支障が出かねない。また、電化柱もメンテナンスの状態が悪く腐食が進んでいることがわかった。

安全性向上に向けた技術支援を行うため、JR西日本は電気系と運行系の経験を持つ2人の社員を現地に出向させたほか、必要に応じてさまざまな部署のスタッフが1〜3週間出張などして対応している(現在の出向者数はコロナ禍の影響で流動的)。

ブラジルの鉄道は日本の鉄道とはさまざまな面で違いがある。たとえば、ブラジルでは電車が5分程度遅れても利用者はさほど文句を言わないらしい。そのため、「定時性を確保するための日本の仕組みがブラジルでは必要とされていないことを、行った後に初めて気づいた」(平野室長)。技術的なアドバイスを行う際にも、「日本でやっているから」と説明しても納得してもらえず、技術的な根拠をきちんと説明する必要があるという。


セントラル駅に停車する車両は中国製(写真:JR西日本)

運行面での取り組みとしては、安全運転対策として、日本で日常的に行われている指差喚呼や点呼時の相互確認、眠気防止対策などを提案した。また、ダイヤ通りに電車が来ない理由を調べたら、運転士は始発と終着のダイヤは把握しているものの、中間駅の時刻を把握していないことが判明し、運転士の力量によって早く行きすぎたり遅くなったりということが起きていた。そこで運転士に中間駅の時刻を示す時刻表を携帯させることを提案した。節電できる運転技術の提案も行った。

経営参画から5年。あらゆる部署を見て回って気づいたことは、検査の仕組みやルールすらない分野があるということだった。ある機器が故障しても、それを誰が修理し、その後誰が検査するかが決まっていないケースもあるという。

JR西にも大きなメリットが

今年6月、JR西日本の提案を受けて、スーペルヴィアは543項目からなるアクションプランを策定した。JR西日本はコロナ禍で出張できないこともあり、テレビ会議で支援しているという。

JR西日本が出資を決めた2015年はリオデジャネイロ五輪の前年であった。ブラジルへの投資に関しては五輪後の経済成長を見越し、JR西日本は明るい見通しの乗車人員見通しを立てていたはずだ。実際には、五輪後の経済回復は遅れ、さらに現在のコロナ禍でその見通しは大きく狂っているに違いない。さらにスーペルヴィアに行っているアドバイスはコンサルティング契約という形は取っているものの、「将来的にはお金をもらいたいという気持ちはあるが、今は経営状態も厳しいので、無償で契約を結んでいる」。その意味では、収益的にはJR西日本の持ち出しといってよい。

とはいえ、JR西日本からさまざまな提案を受けているスーペルヴィアにメリットがあるのは当然としても、JR西日本もスーペルヴィアとの議論を通じて社内の鉄道ノウハウに磨きをかけるメリットがありそうだ。「考え方が違う海外の鉄道マンと議論をすることで、自分の会社の課題にも通じるような見方ができるようになってきた」と平野室長は話す。

人材育成という点では、ひょっとしたら当初見込んでいた以上のメリットをJR西日本は享受しているかもしれない。スーペルヴィアで得たノウハウがJR西日本の隅々まで行き渡れば、JR西日本の安全運行への取り組みもさらに強固なものになるに違いない。