キックオフから間もなくして、川崎フロンターレの優勝を確信した。勝つか引き分けで優勝が決まる、2位のガンバ大阪との大一番。拮抗した展開が予想されたが、両者の実力差は明白だった。

 立ち上がりから川崎が一方的にボールを支配し、G大阪が自陣で耐えしのぐ時間が続く。宮本恒靖監督の下で整備されたG大阪の守備組織がそう簡単に崩れることはなかったが、何とかマイボールにしてもすぐさま奪い返され、再び攻撃を浴びてしまう。


中村憲剛の腕にキャプテンマークを巻く大島僚太

 そんな展開に陥れば、決壊するのも時間の問題だった。

 22分にレアンドロ・ダミアンのゴールが生まれると、その時点で勝敗は決したと言ってもよかった。その後は家長昭博のワンマンショーが始まる。故障を抱えながらもこの重要な一戦に挑んだ背番号41は、45分、49分、73分と、古巣相手に容赦ないハットトリックを達成。終了間際にも途中出場の齋藤学がダメを押した。

 この勝利で川崎は勝ち点を75に伸ばし、G大阪との差を17に拡大。ポイント差をそのまま表すかのような圧勝劇で、川崎が2年ぶり3度目の頂点に立った。

 今から5カ月も経たないほど前、再開したばかりのJリーグで味わったのは、川崎の圧倒的な強さだった。味の素スタジアムで行なわれたFC東京戦で、川崎は前半だけで4得点を奪い"多摩川クラシコ"と呼ばれるライバル対決を制している。

 今季より採用された3トップの破壊力は絶大で、右ウイングの家長を中心とした攻撃スタイルが機能。まだその頃はリモートマッチだったから、ピッチ上で奏でられるリアルな音が記者席にまで届いていた。バシッ、バシッとリズミカルに刻まれる川崎のパスワークのサウンドは実に軽快で、必死に対応するFC東京守備陣を嘲笑うかのように、次々にゴールに迫っていた。

 新システムにおいて、進化を感じさせたのは大島僚太だった。

 昨季までのボランチではなく、ひとつ前のインサイドハーフにポジションを移した大島は、より攻撃的な能力を発揮できるようになっていた。持ち前のパスワークだけでなく、セカンドストライカーのようにスペースに飛び出し、エリア内でボールを受ける役割もこなし、見事に先制ゴールも奪っている。

「ポジションが変わったからゴールが取れたかといえば、そうでもないかなと。ただ、ひとつ前の選手に絡んでいくイメージとかは多少できるのかなと思うので、プラスには捉えています」

 前線の選手と連動し、ゴールに迫っていくプレーイメージが生まれたことで、テクニカルな印象の強かった大島には、怖さが備わったのだ。

 谷口彰悟の出場停止でキャプテンマークを巻いてピッチに立ったG大阪戦も、大島は"怖い選手"だった。ボールを失うことはなく、躊躇なくくさびを通し、スペースを見つければ一気に前に飛び出していく。G大阪を圧倒したこの試合において、川崎の攻撃のほとんどは、この10番を中心に回っていた。

 大島のプレーを見ていると、とにかく落ち着きがない。もちろん、いい意味で、だ。

 常に首を振り、位置取りを細かく変え、視野とパスコースを確保するから、次のプレーに迷いがない。これは攻撃時だけではなく、守備の場面でも同様で、味方と相手の位置をこまめに確認しながらプレスをかけに行く。高い位置でのボール奪取を狙う今季の川崎スタイルにおいて、大島のこの動きは重要だった。

「2点取ったら3点目、3点取ったら4点目を狙うサッカー」

 鬼木達監督は常々、ゴールに向かう意識を選手たちに求めていた。実際に今季の川崎は、このG大阪戦を含め17試合で3得点以上を記録している(うち5得点以上は6試合)。

◆香川真司以来のインパクト。川崎のルーキー三笘薫をぜひ日本代表へ>>

 象徴的だったのは、レアンドロ・ダミアンのゴールで先制した直後の場面。G大阪のキックオフで試合が再開されると、すぐさまプレスをかけにいき、マイボールにして再び攻め込んでいく。1点取ってもひと息つくのではなく、どん欲にゴールを求めていった。

 その意識の裏には、昨季の悔しさがあるからにほかならない。リーグ最少の6敗ながら、得点を奪いきれずにリーグ最多の12引き分け。これが響いて、3連覇の夢が絶たれることになったのだ。

 それゆえに導入した3トップによる新スタイルは、試合後のインタビューで鬼木監督が「チャレンジ」という言葉を多用したように、大きな挑戦だったはずだ。

 ともすれば、これまで培ってきたものが崩れ落ちる危険性もあった。だが、コロナ禍のハードスケジュールの中で、若手の台頭を促しながらスタイルを確立していったのは、鬼木監督の優れたマネジメント能力の賜物だろう。

 そしてその"超"攻撃スタイルの中心で攻守に存在感を放ったのは、紛れもなく大島だった。

 試合終盤に象徴的なシーンがあった。大島に代わって中村憲剛がピッチに立つと、大島は自らのキャプテンマークを外し、ぎこちない手つきで中村の左腕に巻いた。

「僚太が入ってきた頃のことを思い出した。成長していく姿を見てきたので、あの場面はちょっと感動しましたね。育て方が間違ってなかったなと(笑)。もともと優しい子で、選手としてもすばらしいし、彼がいるからこそ、ここ5年くらい僕も輝くことができた。そういう意味でも感謝しています」

 今季かぎりで引退する中村は、その場面を感傷的に振り返った。おそらく中村にとって、大島は自身の後継者であり、18年間在籍した心のクラブを託すことのできる存在として認めているのだろう。

「心置きなく、先に進める」

 中村のいない"アフター憲剛"の川崎で、大島が新たなバンディエラとなる。