対面では婚活が不利だった女性が、得意のネットで婚活を成功させた秘訣とは?(イラスト:堀江篤史)

2年前に結婚して出産したのに、両親にも妹にも報告していない女性がいる。群馬県で暮らしているWebデザイナーの平松真矢さん(仮名、43歳)だ。


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「小さい頃からかわいがられるのは妹ばかり。私はいつも邪魔者で怒られ役でした」

ここは東京・有楽町にある老舗のブラッスリー。格安で充実したランチコースを食べられる。筆者と向かい合って座っている真矢さんは華やかなワンピース姿ながらも表情は硬い。よほど悲しく悔しい思い出なのだろう。

ネットでしか彼氏を作ったことがない

「両親、妹とも仲が悪いので、結婚して家族を作りたいとは思っていませんでした」

生まれた場所で温かい家族に恵まれなくても人生は続く。真矢さんは大学を卒業後にダンスで身を立てることを志し、アルバイトや派遣社員をしながらお金を貯めてニューヨークに渡ったこともある。

ダンスで生計を立てるのは狭き門であり、それなりの人脈も必要となる。人付き合いが苦手だと自覚している真矢さんはダンスの道は諦めて、学生時代から興味のあったネットの世界での仕事を探し始めた。

結果的には、ネットが真矢さんの公私を救うことになる。現在の夫である俊之さん(仮名、42歳)との出会いはマッチングアプリであり、東京から群馬に拠点を移してからもフリーランスのWebデザイナーとして働き続けられているのだ。

「20代の頃から出会い系のサイトを使っていました。夫を含めて、私はネットでしか彼氏を作ったことがありません」

結婚願望がなかった真矢さんだが「ちゃんとした恋人がほしい」という気持ちで婚活ならぬ恋活アプリを利用していた。しかし、36歳になった頃から苦戦し始め、仕方なく婚活に切り替えたと振り返る。

「結婚相談所にも入りました。半年間で同年代の60人ぐらいにお見合いを申し込みましたが、全敗。お見合いすら組めないんです。私に申し込んでくれた2人は容姿がどうしても受け入れられなかったり、病気を抱えていたりで先に進む気にはなれませんでした」

あまりの事態に真矢さんは別の結婚相談所の門をたたき、自分のプロフィールを見てもらった。答えは「あなたは勘違い系」の一言。結婚相談所で人気なのはふんわりとした雰囲気の清楚系美人であり、個性的な容姿と雰囲気が前面に出ている真矢さんは異質なのだという。

「はっきり言われて胸にグサッと来ましたが、そのとおりだなと思いました」

得意のネットで“クリック営業”婚活を開始

その頃から真矢さんは得意のネットでの婚活に特化し始める。直接会うとコミュニケーションがちょっとぎこちない真矢さんだが、メールなどの文面は丁寧かつ饒舌で、知性と優しさを感じさせられる。実際、30代後半からの2年間で3人の男性と交際することができた。その1人が俊之さんである。

「マッチングアプリで閲覧履歴を残しておく作戦をよくやっていました。男性のプロフィールを読むと履歴が残る仕組みなので、『自分に興味があるのかな』と思った人が連絡をくれることがあるからです。私はこの作戦を全国の男性を対象に展開していました。今日は東海地方を攻めよう、などと決めて同年代の男性のプロフィールをクリックしまくるのです。クリック営業、と私は呼んでいました」

釣りで言うと、まき餌のような作戦である。このエピソードからしても真矢さんはネット婚活向きであることがわかるだろう。

クリック営業作戦で連絡をくれた俊之さんとは共通点もあった。ロードバイクだ。真矢さんは抜け目なくロードバイク愛を語りつつ、「中古のクロスバイクを買いに行くついでに桜を観に行く予定」を伝えた。俊之さんが「じゃあ、僕も一緒に行きます」と言いやすくなる環境を作ったのだ。

「会う前に、私は彼の希望である30代前半ではないことを確認しました。希望と合致していなくて申し訳ない、と。『大丈夫です。話ができることが大事ですから』との返事をもらいました」

共通の趣味の話で盛り上げておいて、実際に会う際にはハードルを下げる。高度かつ誠実な手法だと思う。俊之さんのほうも5年間も婚活を続けていて3人にしか会えていない、という切実な事情があった。

「高校を卒業してから自動車関連の工場で働いている人です。正社員ですが年収は低めで、見た目もあか抜けないしコミュニケーションも得意ではありません。アプリには向いていないタイプです」

やや厳しめに俊之さんの客観的評価を下す真矢さん。ただし、実際に会ってみたところ、俊之さんは自家用車で真矢さんの自転車を運んでくれる親切な人だった。

「食事はファミレスで割り勘でした。彼はあまり話すタイプでもありません。でも、ハワイの自転車イベントに興味を示してくれたし、一緒にいて違和感がありませんでした」

違和感がないという表現は、晩婚さんからよく聞くフレーズだ。ポジティブでないように響くが、結婚生活にはとても大切な要素だと筆者は思う。ドキドキハラハラするような恋愛感情は日常生活には不要である。ただし、人間関係や金銭感覚などの基本的な部分で違和感があったら、どんなに好みの異性とでも家族になることは難しい。

2人はその後も順調にデートを重ねて、5回目のデートの別れ際に俊之さんのほうから「このまま付き合ってもらっていいですか」との申し出があった。

「付き合い始めた直後に彼は会社を辞めてしまいました。私とのことは別として退職を決めていたみたいです」

仕事を辞めたからといって別れる気持ちにはならなかったと振り返る真矢さん。俊之さんのまじめな人柄を見抜いていたのかもしれない。実際、俊之さんは職業訓練学校に通ったうえでより待遇のいい会社への転職を決めた。

この間、東京と群馬で「約100キロの中距離恋愛」を続けていた2人。子ども好きの俊之さんが子どもを欲しがったため、結婚をほぼ見据えたうえで妊娠を目指した。

「一度、早期流産をしてしまいましたが、4カ月後にはまた妊娠できました」

淡々と語る真矢さん。結婚と出産から2年以上が経過しているからなのか、喜びに満ちあふれているようには見えない。

不器用ながらも家族を作り幸せな日々

「生活に追われているからです。子どもの世話と自分の仕事をなんとか回しています。車の運転が苦手なので、子どもがいなかったら群馬に移住しませんでした。一応、駅前に住んでいて、夫の実家は車で5分ですが、保育園もスーパーも遠いので困ります。働き口もないし、友だちもいない。移住はマイナスしかありません!」

東京にはたくさん友だちがいるんですか、と水を向けると、「いません。欲しいけれど、誰とも長続きしませんでした」と声を小さくする真矢さん。こだわりが強く、率直で、人に適当に話を合わせたりなどもしないからだろう。

でも、真矢さんは決して意地悪ではないし、親切で丁寧なメールをくれる。得意のネットを活用すれば気が合いそうな友だちは群馬県でも見つかるのではないだろうか。

「ありがたいのは、夫がいい父親でいてくれることです。子どもの頃は、弟の面倒をよくみていたらしく、保育園のお迎えなどを積極的にやってくれています。私との仲は普通です。たまに夜にマッサージをしてくれたりしてラブラブしています」

相変わらず表情をあまり変えずに話す真矢さん。よく聞けば十分に幸せな生活を送っているのに、それを認めてうれしそうにするという発想がないのかもしれない。多くの人からかわいがられるタイプではないけれど、不器用で憎めない人だなと筆者は思う。

両親と妹とはとっくに縁を切ったという真矢さん。それでも真矢さんは自力で人生を切り開き、自分の家族を作った。夜、マッサージしてくれる旦那さんなんて最高じゃないか。真矢さんの新しい家庭が温かいものであり続けることを願いたい。