カルロス・ゴーン氏との対談動画をYouTubeに掲載して堀江氏が実感したこととは(写真:光文社提供)

国境をはじめとする、分断のラインは地図にはない。 あるのは君の頭の中だ――。堀江貴文氏の新著『それでも君はどこにでも行ける』から一部を抜粋・再構成し、堀江氏のメッセージをお届けします。

カルロス・ゴーン氏がたどり着いた場所

2020年の3月、レバノンを訪れた。新型コロナウイルスで海外渡航が厳しく制限される直前の、ギリギリのタイミングだった。あと数日、予定が遅れていれば行けなかったと思う。

目的は、日産自動車の元CEO、カルロス・ゴーン氏との対談だ。ご存じのとおり、ゴーン氏は在職中の2018年11月、東京地検特捜部に金融商品取引法違反の容疑で逮捕され、解任される。ところが保釈処分中の2019年12月、日本から何らかの方法を使って、レバノンに逃亡した。日本からは現在、国際手配されている。

まんまと出国を許した当局の対応は杜撰すぎて笑えないが、ゴーン氏の逮捕劇自体に不可解さは残る。いろんな意味で、道理が通っておらず、彼は逮捕直後から日本の検察組織の非道ぶりを訴えていた。検察に恨みが尽きない者として、ぜひとも対談の機会をうかがっていた。

ゴーン氏は2度と日本に入国することはできないと思われる。万一、入国できたとしてもテレビ局をはじめ多くの日本メディアが、彼とコンタクトを取るのは難しいだろう。ほとんど門前払いされる。まあそれは当たり前で、彼の立場からすれば、そんな取材を受けて、楽しい話ができるわけがない。

日本では事実上、会うことはできない。そんななか、ロンドンのレストラン経営者の知り合いが独自のルートで接触できるという。来る? と聞かれて「ゴーンさんにインタビューできるなら行く」と答えた。

そこから話が進み、対談企画が固まった。実はゴーン氏とは以前、日本で会える機会があった。しかし諸事情で流れてしまっていた。彼の側も、僕とは話をしたいらしかった。 ようやく会えるチャンスだ。楽しみに、日本を出発した。

ドバイ経由で16時間かけて、レバノンに到着した。3月の時点で各国は新型コロナウイルスの影響を受けており、空港内外の人影は少ないのだろうが、それにつけてもうら寂しい雰囲気だ。

あまり景気も良くなさそう。微妙な国に来ちゃったな、と思っていたが、車でベイルートの市街地に移動すると、景色はだいぶ変わった。古めかしい建物が、たくさん並んでいる。西アジアと中東の間に位置する、濃密なアラブ文化が漂っていた。

レバノンの語源であるレバンは、フェニキア語で「白」を意味している。山頂が雪で覆われた、レバノン山の景観に由来しているそうだ。オスマン帝国時代、当時の権力者たちがこの地方を呼ぶときに使ったこの呼び名が、そのまま国名となった。

「中東のパリ」と呼ばれた街並み

レバノンは、第二次大戦中にフランスから独立、大戦後は自由経済を採り入れた。金融や観光などの分野で国際市場に進出して、経済は急成長。首都のベイルートは中東経済の中心地となった。地中海有数のリゾートとしても知られ、数多くのホテルが立ち並ぶ街並みは、「中東のパリ」と呼ばれたそうだ。

しかし中東戦争が勃発。それに伴うPLO (パレスチナ解放機構)とパレスチナ難民の流入で、国内の宗派間のバランスが崩れだして、15年以上におよぶ断続的な内戦が起きてしまう。レバノン内戦、または第五次中東戦争とも呼ばれる戦禍で、国土は大打撃を受けてしまった。

かつて物流も豊かで、中東の金融センターだったベイルートのポジションは、ドバイやカイロなど周辺の都市に、ほとんど持っていかれてしまったのだ。いまでも市街地には、内戦時代の銃弾の痕や、爆撃の形跡が見受けられる。

もともとは、アルファベットを発明したり、紀元前15世紀から都市国家を建造し始めた、栄華を極めたフェニキア人の国だ。先進的な民族性ゆえ、身内同士で衝突の絶えない歴史は、宿命的なのだろう。

ゴーン氏との対談は、彼の滞在している某所で行った。日本の検察の根源的な問題、司法システムに対する意見などを語り合い、意気投合したと思う。その明晰な頭脳と、いまでも変わらない日本への愛情には感心した。

日本ではアンチの方が多い外国人ビジネスマンだろう。マスコミに対する不遜な態度からも、嫌な奴という見方をされがちだ。だが実像は、いわゆるインテリの紳士だ。

そもそも、若くしてグローバル企業のトップをいくつも兼任してきた超一流のビジネスマンが、単に嫌な奴なわけがない。多くのマスコミを敵にするという、似たような体験をしまくっている僕としては、共感する部分もあった。ゴーン氏は自身もワイナリーを所有する、ワイン好きだ。対談のあとは美味しいワインをふるまってもらった。

そしてベイルートのお薦めの観光地などを教えてもらい、そのうちのスキーリゾートに行ってみた。中東のスキー場など、日本人にはイメージできないかもしれないが、広くてきれいに整備されたレベルの高いスキー場だった。存分にスノーボードを滑りまくってきた。

対談動画の再生は200万回超え

正直、ゴーン氏がいなければ、レバノンになんか行く機会はなかった。しかし行ってみると、対談以外のアクティビティも、なかなか楽しめた。

長い内戦の影響で壊滅した経済は、その後の周辺国の不安定な情勢もあり、かつての地位を取り戻せていない。しかし豊かな自然は、いまも昔も魅力的だ。僕たちの行った3月は、まだレバノン山には白い雪が積もっていて、美しかった。3000メートル級の山並みが連なり、そこに地中海の風が当たって、豊富な雨に恵まれる。

現地では質のいい野菜が収穫され、地中海の魚もよく獲れる。シーフードレストランに寄ってみたが、本当に美味しかった。全体的に日本と似ているところがあって、日本人観光客には喜ばれるのではないか。

ゴーン氏との対談動画は収録後、すぐに自分のYouTubeチャンネルで公開した。僕の公式チャンネルのなかでも飛び抜けた勢いで再生回数を伸ばし、あっという間に200万回を超えた。日本のメディアがどこも成功していない単独のインタビューだ。マスコミは大騒ぎした。

だが、ニュースで取り上げられるのは、ゴーン氏の語りパートのみ。いつも僕の発信情報を勝手に引用するくせに、ほとんど僕の名前を出さない。テレビでまともに取り上げてくれたのは『サンデー・ジャポン』ぐらいだ。まあ、堀江貴文が単独取材に成功したのが悔しいというメディア側の理屈もあるのかもしれない。

あらためて思う。マスコミ、とりわけテレビの役割は、もう終わりつつある。スマホの出現で、情報の発信・受信の潮流は、垂直統合から水平分業の段階へ移行している。つまりテレビ(垂直統合)の情報より、インターネット(水平分業)の情報の方が、いまやメジャーであるということだ。

多くの人に娯楽と優れた情報を届けるという意味では、テレビはインターネットの汎用性に負けている。スマホの出現で、完全に勝負がついたのではないか。

グローバル社会で一番有効なのは「個人の力」

僕はこのとき、どこのメディアも使わず、個人の力でゴーン氏と連絡をつなぎ、取材することができた。利用したツールは、スマホだけだ。大手テレビ局もコンタクトを取りつけられなかった、注目度の高い情報を、個人が工夫次第で獲得できる。それが普通になっている時代だと、僕の読者には強く認識してもらいたい。グローバル社会で、一番有効なのは、個人の力だ。


世界中を実際に回り、その認識は強くなった。既得権益に守られていた組織や体制は、いたるところで急速に力を失い、スマホを駆使して行動する人の存在感が高まっている。

いまテレビが社会に残っているのは、単に惰性だ。視聴者の大部分は「家にあるから見ている」人たちだろう。価値が残っているとすれば、歴史と伝統ぐらいだ。実質的にはオワコンと化しているのだが、一方で歴史と伝統が、意外と強いのも事実だ。

登録者数が数十万人クラスの人気YouTuberが、テレビに出られるのを大喜びしているのを見ると、なんで? と不思議に思う。だが世間一般においては、テレビはもうしばらく「いちばん有名なメディア」であり続けるのだろう。