■米中対立に振り回されるだけでは終われない

新型コロナウイルスの感染拡大の第2波などもあり、世界経済は依然として先行き不透明な状況が続いている。それに加えて、米中対立の激化の悪影響もある。わが国企業を取り巻く経済環境と国際情勢は目まぐるしく変化している。

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そうした状況を見ると、わが国企業が中国に依存して成長を目指すことは難しくなりつつある。米国政府によるファーウェイや、中芯国際集成電路製造(SMIC)への制裁などがわが国企業の収益獲得と事業運営に与える影響は軽視できない。また、わが国が輸入に頼るレアアース(希土類)などに関しても、中国が米国に対抗して輸出管理を厳格化する可能性がある。そうした変化の、負の影響は過小評価できない。

しかし、足元の貿易など経済データを見ると、わが国企業が中国などから必要とされていることがわかる。コロナショックや米中対立などをピンチではなく、むしろシェア拡大のチャンスととらえ、設備投資の積み増しに動く企業もある。

そうした考えを成果につなげるために、わが国企業は変化に能動的に対応し、自社の強みの強化と発揮を目指すことがより重要になる。

■コロナショックで加速した“デジタル人民元”の導入

世界経済の今後の展開を考える上で重要な点は、コロナショックの発生と米中対立の激化などによって、変化のスピードがこれまで以上に早まっていることだ。顕著な変化の一例として、新型コロナウイルスの感染発生によって、有力なITプラットフォーマーが社会と経済に与える影響の大きさが明らかになった。

中国や欧米諸国ではコロナショックを境に、経済のデジタル化が勢いづいた。中国人民銀行(中央銀行)は“デジタル人民元”の実証実験を重ね利便性と透明性の高い通貨体制を目指している。オンライン教育や診療、新薬開発などでも中国はデジタル技術を積極的に取り入れている。ソフトウェア開発を中心に、中国経済における「DX(デジタルトランスフォーメーション)」には他の主要国以上の勢いを感じる。

その結果、コロナショックを境に、IT先端分野などでの米中対立は激化している。世界の政治、経済、安全保障の基軸国家(リーダー)である米国は、IT分野での中国企業の台頭を食い止めなければならず、ファーウェイへの制裁発動などに踏み切った。中国共産党政権は米国に対抗して輸出管理法を成立させた。当面、対立は先鋭化するだろう。

■ファーウェイへの出荷を止めたソニー

そうした状況の変化は、わが国企業に大きな影響を与える。キオクシア(旧東芝メモリ)の上場延期に加え、スマートフォンなどに欠かせない画像処理センサー(CMOSイメージセンサー)市場で50%超のシェアを持つソニーは、米国の制裁に応じてファーウェイへの出荷を止めた。いずれも収益や事業継続にはマイナスだ。

わが国には米中の有力ITプラットフォーマーに匹敵する企業が見当たらない。また、コロナショックの発生を境に、わが国では中国などからのインバウンド需要が消滅した。飲食、宿泊、陸運(バスや旅客鉄道)、航空、百貨店などの業況は厳しい。

ワクチンの使用が可能になったとしても、そうした需要がコロナショック以前の水準を回復するかは不透明だ。経済面での対中依存の限界への懸念など、わが国経済の先行き不安が高まるのは無理もない。

■共産党政権のHVシフトが日本の追い風に

一方、貿易統計などの経済データを見ると、半導体製造装置などの分野でわが国企業が強さを発揮していることがわかる。その意味では、世界経済の環境変化の加速は、わが国企業がより高い成長を目指すチャンスでもある。

財務省が発表した4〜9月期の貿易統計(速報ベース)はわが国の製造技術の高さを確認する良いデータだ。同期間、36の国と地域の輸出先のうち中国と台湾、およびスイスへの輸出額が増加した。重要なのが中国と台湾への輸出増加だ。

9月15日の米国による制裁発動を控え、中国のファーウェイは半導体在庫を台湾などからかき集めた。また、中国のSMICは半導体製造能力の強化のために、わが国の半導体製造装置の購入を増やしたようだ。中国の需要に対応するために、台湾もわが国の半導体等製造装置などを買い求めたとみられる。

端的に言えば、経済のデジタル化を推進する中国と、世界の半導体供給基地として存在感を発揮する台湾(特に、半導体受託製造大手のTSMC)にとって、わが国企業の半導体製造装置などの技術力は欠かせない。それに加えて、コロナショックによる戸建て住宅需要の高まりによる塩化ビニール樹脂や半導体用のシリコンウエハーへの需要に支えられて、高純度素材分野でもわが国企業は競争力を発揮している。

また、世界の自動車産業でもわが国企業が強さを発揮している。9月まで6カ月続けて中国の新車販売台数は前年同月の実績を上回った。同じ期間、トヨタ自動車はレクサスの人気上昇などによって中国での売り上げを伸ばした。その状況は、エンジンの欠陥などから中国のシェアを落とした韓国の現代自動車と対照的だ。中国は環境対策面で国際社会を主導したい。

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そのために、共産党政権がEV(電気自動車)に加え、HV(ハイブリッド自動車)を重視し始めたこともわが国自動車メーカーの追い風だ。以上より、データを確認するとコロナショックと米中対立の先鋭化は、わが国企業が競争力を発揮する機会になっている。変化がもたらす影響には、プラスと、マイナスの両面がある。その点を常に念頭に置くことが大切だ。

■“景気は気から”で逆張りの発想を

今後、わが国企業に求められることは、変化への対応力を高めることだ。そのために、個々人の新しい発想の重要性は高まっている。

米国の制裁によって、一時的に中国の半導体製造能力向上などへの取り組みは鈍化するだろう。その影響に目が向かうと、わが国経済の対中依存が行き詰まるといった見方が強まり、先行きへの慎重、あるいは弱気な心理が増えやすい。“景気は気から”であることを考えると、弱気心理が増えれば景気は低迷する。

ただ、それがすべてではない。逆に言えば、周囲が先行きに悲観的な見方を持ち始める状況は、コストを抑えて設備投資等を行い、その後の回復の恩恵をより良く取り込むチャンスだ。過去、韓国サムスン電子は、半導体などの市況が悪化する局面で設備投資を積み増し、わが国からの技術移転や資材調達を重視して輸出競争力を高めた。それは“逆張り”の発想の代表例といえる。

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株式投資にせよ企業経営にせよ、景気や相場環境が安定している場合は、大きな問題が起きることは少ない。反対に、株価下落など環境が大きく変化し、先行きへの懸念などが高まり始めた時にこそ、企業や個人の実力が問われる。状況が良いときに力を蓄え、環境が変化したときに投資を行うなどして成長の持続性を高める発想が必要だ。

■設備投資を積み増す日本電産、信越化学

足許、わが国にはそうした考えを持つ企業がある。キオクシアや信越化学、日本電産は設備投資の積み増しを重視している。それが示唆することは、わが国の製造技術が比較優位性を維持しているということだ。

欧米ではコロナウイルスの感染が一段と深刻だ。米中対立がわが国企業の収益などに与える影響も軽視できない。そうしたリスクに対応するために、わが国企業は産学連携などを強化し、人々の自由な発想がさらに迅速、大規模かつ柔軟に発揮される体制を強化すべきだ。

そうした取り組みによってわが国企業は独自の生産要素(ヒト、モノ、カネ)を活かして最先端の製造技術を生み出し、米中から秋波を送られる存在を目指さなければならない。成長期待の高い有力ITプラットフォーマーが見当たらないわが国経済にとって、そうした発想を持つ企業が増えることが、今後の景気回復に大きな影響を与えるはずだ。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。
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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫)