最後の直接対決となった第2回討論会でも互いにコロナ・経済対策を批判し合った(写真:Morry Gash/Pool via REUTERS)

11月3日の投票日まで約10日となり、最終盤を迎えたアメリカの大統領選挙。現地時間の10月22日夜には最後の直接対決となる第2回テレビ討論会が開かれた。

9月29日の第1回は共和党のドナルド・トランプ大統領の過剰な割り込み発言や互いの中傷合戦で「討論会の体をなしていない」と言われたが、今回は各テーマの冒頭発言中だけは相手側のマイクをミュート(消音)にしておくという異例の対策が採られ、比較的まともなディベートが展開された。

前回の反省からか、トランプ氏は好戦的態度ながらもやや控えめに見え、逆に民主党のジョー・バイデン前副大統領は身振り手振りを交えて比較的エネルギッシュに感じられた。「今回の選挙はこの国の品位がかかっている」というバイデン氏の言葉が特に印象的だった。

ただ、有権者のほとんどがもう投票先を決めており、期日前投票もすでに5000万人近くに及ぶ現在、この討論会だけで支持率に大きな変化が出るとは思えない。直近の平均支持率は50.7%対42.8%と、依然バイデン氏がリードしている(10月21日時点、リアル・クリア・ポリティクス集計)。

右派メディアが連日大きく報じているバイデン氏次男のウクライナ・中国ビジネスをめぐる汚職疑惑について、バイデン氏は自身の関与を「戯言だ」と否定した。逆にトランプ氏も納税疑惑を突かれたが、「監査が終われば納税証明書は公開する」とこれまでどおりの説明を繰り返し、何とか切り抜けている。

「石油産業が破壊される」とトランプ氏

新型コロナウイルス対策に関して、トランプ氏は「責任は中国にある」と述べ、「ワクチンは数週間後にはできる」「ウイルスはすぐに消えてなくなる」などと相変わらずの自己弁護と楽観論に終始した。そしてバイデン氏が政権を取れば移動制限などで「経済は窒息する」とし、気候変動対策の強化で「石油産業が破壊される」と批判した。

一方のバイデン氏は、マスク義務化や店舗などでのアクリル板設置、学校での人数制限など明確な指針をつくって経済を慎重に再開させると語ると同時に、22万人以上の死者を出した現政権の責任を追及した。

気候変動対策については「クリーンエネルギーを核に経済成長を図る」と強調。石油産業に対しては連邦補助金を廃止するとともに、再生可能エネルギーへの移行を促す方針を示した。石油ガス業界と環境保護活動家らが激しく対立している「フラッキング」(水圧破砕法を使ったシェール開発)の廃止については、「国有地に限る」と説明した。

今回の討論会でもそうだが、トランプ氏は選挙戦を通じてバイデン政権になった場合の経済的な悪影響を声高に主張している。大型増税や規制強化などを根拠に「バイデン氏は社会主義者だ」とのレッテルを貼り、「彼が大統領になったら経済恐慌に突入する」と有権者の不安をあおってきた。だが、本当のところはどうなのか。

確かにバイデン氏は、大企業を中心とした企業と富裕層に対する増税案を政策として掲げている。

法人税制ではまず、連邦法人税率を現行の21%から28%へ引き上げる。トランプ減税で35%から21%へ引き下げられたものを半分巻き戻す形だ。また、会計上の純利益が1億ドル(約105億円、以下、1ドル=105円換算)以上の企業に15%のミニマム税を導入するほか、国内生産への回帰を促すためアメリカ企業の海外利益に科すミニマム税を21%へ倍増する。バイデン氏は、アマゾンなど「大企業の税逃れを終わらせる」と主張している。

さらに、海外生産品の販売によりアメリカ国内で稼いだ利益に対しては、法人税率28%の1割にあたる2.8%を追加課税する。海外生産に対する「懲罰税」とも言われるものだ。

年収40万ドル以下の個人には増税せず

個人税制ではまず、所得税の最高税率を37%から39.6%へ引き上げる。また、年収100万ドル(約1億0500万円)超の富裕層の投資収益(キャピタルゲインと配当収入)に対する税率を、現行の20%から39.6%へ上げる。富裕層ほど全収入に占める投資収益の比率が高く、税負担率が相対的に低いためだ。

加えて、社会保障財源として年間13.77万ドル(約1445万円)までの所得に12.4%(雇用主と6.2%ずつ折半)の税率が課せられている給与税について、年間40万ドル(約4200万円)超の所得に対しても追加で12.4%を課税する。さらに、年収40万ドルを超す富裕層の所得控除を所得全体の28%までに制限するほか、相続時の財産取得価格を時価に引き直す「ステップアップ制度」を廃止する。同制度により不動産など相続資産を売却するときに譲渡益課税額が少なくなることを問題視したものだ。

全体的に富裕層を狙い撃ちした増税であり、バイデン陣営では年収40万ドル以下の個人には増税しないと説明している。中・低所得層には育児や介護、住宅取得に対する税額控除を拡充する意向で、拡大傾向が続く所得格差の是正を目指している。

こうした増税案は今後10年間で総額4兆ドル(約420兆円)規模に上ると言われ、これだけなら景気には当然、大きなダメージとなる。

しかし、バイデン氏はそれを上回るほどの財政支出も同時に提案している。最も大規模なプランが、2050年までの温暖化ガス排出量実質ゼロ達成と経済再生の両立を図るための4年間で2兆ドル(約210兆円)という巨額投資だ。いわば米国版の「グリーンリカバリー」である。


バイデン氏は増税を原資にインフラ投資など大規模な財政支出を提案している(写真:Morry Gash/Pool via REUTERS)

その中には気候変動リスクへの耐久性を高めるためのインフラの再建や、電気自動車(EV)普及のための50万カ所に上る充電ステーションの建設、温暖化ガスを排出しない公共交通機関の整備、2035年までに電力部門の温暖化ガス排出ゼロを実現するための税制措置などを含む。

また、「バイ・アメリカン」戦略と称して、4年間にアメリカ製品の政府調達に4000億ドル(約42兆円)、EVや5G通信網、バイオなど先端技術の研究開発支援に3000億ドル(約31.5兆円)の財政資金を投じる方針だ。これにより製造業で500万人の新規雇用を創出すると主張している。

さらに育児・介護への7750億ドル(約81.3兆円)を支出することにより10年間で保育士・介護士など300万人の新規雇用を目指すほか、マイノリティが経営する零細企業に1500億ドル(約15.7兆円)を支援するなど人種的正義(レイシャル・ジャスティス)を実現するといったプランである。

これらの増税や財政支出はあくまで選挙公約であり、当選した場合の実現が保証されたものではない。実現には連邦議会の承認が必要となり、大きな不確実性が伴う。

ウォール街は民主党圧勝なら景気拡大を予想

とはいえ、現状の世論調査ではバイデン氏の優勢が続いており、連邦議会選でも下院(全435議席改選)は民主党が現有議席と同様に優位に立つ。そして上院(全100議席の約3分の1改選)においては、民主党は現有47議席に対して51議席まで伸ばす可能性が高まっており、わずかながら過半数を奪回する勢いにある(リアル・クリア・ポリティクス集計)。

つまり、民主党が大統領と上下両院の3つで勝利し、「ワシントン支配」を強める可能性が高まっている。アメリカでは民主党のイメージカラーにちなんで、これを「ブルーウェーブ(青い波)」などと呼んでいる(日本ではトリプルブルーとも)。

ブルーウェーブの可能性が増す中、ウォール街ではアメリカ経済への影響について、ポジティブな解釈が目立ってきている。

ゴールドマン・サックスのエコノミストは今月のレポートで、「ブルーウェーブが実現した場合、経済見通しを上方修正する可能性が高い」との見解を示した。現在、アメリカの実質GDP(国内総生産)成長率予想について2020年がマイナス3.5%(市場予想の平均はマイナス4.4%)、2021年が5.8%(同3.7%)とかなり強気だが、これをさらに上方修正するというのだ。

その根拠としてまず、2021年1月20日の大統領就任直後(1〜3月期)に2.5兆ドル(約262兆円、対GDP比12%)規模の財政刺激策を盛り込んだ新たなコロナ対策法案が可決される可能性が高まることを挙げる。議会での対立で難航していた法案で、現金給付や失業保険給付増額、企業の資金繰り支援などが含まれる。その大部分は2021年に支出され、残りはそれ以降の2〜3年で支出されると予想している。

加えて来年7〜9月期までに、今後10年間で総額約2兆ドル(約210兆円)に上る企業・富裕層対象の増税が立法化される一方、インフラ、気候変動、医療、教育向けに今後10年間で少なくとも2兆ドルの財政支出拡大を行う法案が可決される可能性が高いことを挙げる。

バイデン氏はインフラなどに4年間で2兆ドルの財政支出を提案しているが、上院で民主党が60議席未満では共和党からフィリバスター(議事妨害)の圧力を受けるため、支出規模は提案よりも絞り込まれると見る。ただ、当初の4兆ドルの増税案についても、法人税率は提案の28%までは上がらず、キャピタルゲイン税も現行の20%と提案の39.6%の間に落ち着くとの見方だ。追加給与税導入は難しいと予想している。

増税懸念織り込んだ後に株価反発?

ゴールドマンは、ブルーウェーブは景気とともにインフレ率も押し上げ、FRB(連邦準備制度理事会)の利上げ再開が最大2年程度早まる可能性があるとも指摘する。今のところ利上げ時期は2025年初頭と見ているが、2023年まで前倒しされるかもしれないという。

同じくアメリカを代表する投資銀行であるモルガン・スタンレーのストラテジストは、もし民主党圧勝が早急に伝われば、市場はまず増税懸念を織り込むかもしれないが、その後は財政出動による恩恵と景気回復局面の継続を確認することで、アメリカ株式に押し目買いのチャンスが訪れるかもしれないと指摘している。

期日前の郵便投票が想定以上に早く進んでいるため、投票日から1週間以内に選挙結果が判明する確率を70%と見ており、景気を刺激する新たなコロナ対策についてもやはり来年初めには導入されると見込んでいる。


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大和総研ニューヨークリサーチセンターによると、過去の大統領選の結果を基にその後の実質GDP成長率と株価の動向を見ると、1969年から2019年までの期間を対象とした場合、民主・共和党候補のどちらが勝っても大きな差異はない。

一方、議会選挙の結果を基にすると、共和党が上下両院で支配政党となっているほうがGDP、株価ともに堅調という。共和党が大統領・上下両院を独占した場合に最も堅調で、次に大統領と議会の支配が各党別々の「ねじれ」が続き、民主党が大統領・上下両院を独占した場合が最も冴えない。

ただ、これらはあくまで過去の統計上の結果であり、大和総研では「コロナの感染拡大に伴う景気後退に直面する中では、ブルーウェーブは追加支援などを迅速に決断する環境が整う」として「必ずしも悲観的にとらえる必要はない」と指摘している。

上下院が「ねじれ」の場合は政策難航

むしろ、バイデン氏とトランプ氏のどちらが大統領になっても、上下院がねじれとなった場合には、税制改革など予算手当てが必要な政策は両党の譲歩が必要となり、迅速な政策執行が難しくなる。とりわけバイデン氏の推進するオバマケアの拡大や増税などは共和党の反発が強く、妥結の見込みは薄い。

先述のゴールドマンの見通しでも、バイデン氏が当選して共和党が上院で過半数を維持した場合、新たなコロナ対策は1兆ドルには遠く及ばないとの予想だ。インフラ投資などバイデン政権のその他の政策も共和党の抵抗に直面し、さらなる縮小を余儀なくされる。トランプ氏が再選された場合も、共和党が両院の過半数を獲得できない場合は、コロナ対策の規模はかなり抑えられると見ている。

党派対立がますます先鋭化している近年の状況を考えても、大統領選の結果だけでなく、議会選の結果が極めて重要といえる。