驚異の視聴率になった『半沢直樹』は、アジア圏の若者からも人気を集めた。元テレビ朝日プロデューサー鎮目博道氏は「韓国ドラマは国のバックアップを受け、海外展開を前提に制作されている。『半沢直樹』は海外でもウケたが、ほかの日本ドラマは苦しい状況が続きそうだ」という――。
画像=TBSホームページより

■総合視聴率44.1%、『半沢直樹』の驚異的な数字

コロナ禍で家にいる時間が増えて、私たちがテレビを見る期間も増えた。そしてそんな中、多くの人が夢中になったドラマは多分、韓国ドラマと『半沢直樹』だったのではないか。

これまではあまり韓国ドラマに興味がなかった人でも『愛の不時着』や『梨泰院クラス』などにハマったという話はよく耳にする。そして『半沢直樹』は最終回の総合視聴率(リアルタイム視聴率とタイムシフト視聴率の合計)が44.1%(ビデオリサーチ調べ、関東地区、世帯)という驚異的な数字をたたき出し、日本中に大ブームを巻き起こしたことは改めて言うまでもない。

しかし、よく考えてみれば両者は「ブームになっている」というその一点では共通しているものの、演出や脚本など「ドラマとしての方向性」は随分違うようにも思える。

一体その差は何なのか、ということが私はとても気になった。そして両者は世界でどう捉えられているのか、ということも気になる。

そこで、海外のドラマに詳しかったり、海外で制作に携わっていたりする「事情通」の人たちに話を聞いてみた。するといろいろと面白い分析が飛び出してきたので紹介したい。

■従来の映像演出とは異なる「手法」

「『半沢直樹』は、漫画であり演劇であると思います。もし演者のセリフがなかったとしても、画面に吹き出しをつければ内容が分かりそうな感じがします。単純化して、分かりやすくデフォルメしたことで、ヒットしたのではないでしょうか」と語るのは、フランスの映画学校を卒業し、ヨーロッパの映画・テレビ事情に詳しいテレビプロデューサーの津田環さん。

確かに、歌舞伎役者などの「舞台人」をキャスティングし、「顔芸」とも言われるほどの激しい演技と、それを強調するために「どアップ」サイズの映像を多用したことが『半沢直樹』というドラマを強く印象づけたのは、誰しもが感じるところだろう。津田さんはその手法を「黒澤明や小津安二郎以来、日本の映画・ドラマが目指してきた映像演出とは異なるものであり、あまり王道の映像演出ではない」と分析する。

そしてその「どアップ・顔芸」の演出方針が、功を奏して『半沢直樹』が大評判となっているのが中国・台湾なのだという。

台湾を中心に中華圏でドラマ制作にあたる匿名希望のAさんは最近、台湾人からこんな感想を聞くことが増えた。「日本のドラマはテンポが遅くてつまらないから見ていられない。でも、『半沢直樹』だけは面白い」

そして、それとほぼ同じ声を中国大陸でも聞くことが増えたという。

■中華圏にも受け入れられたが……

かつては日本のトレンディードラマが大流行し、「世界で一番日本のドラマがみられている」と言われていた台湾。しかし、韓流ブームにより日本のドラマの人気は低下、韓国のドラマにその座を奪われた。

いまや日本のコンテンツは一部の「日本マニア」の間でその人気を保つのみで、たまにポツンと話題になる程度なのだという。余談だが最近では、多部未華子さん主演のNHKドラマ『これは経費で落ちません!』が台湾のドラマ関係者の間で比較的話題になったそうだ。

ともかくそんな「日本ドラマはテンポが遅い」ということで敬遠されがちな中国大陸や台湾で、『半沢直樹』は例外的に受け入れられているという。そしてその理由をAさんはこう分析する。

「中国や台湾の人は感情表現が豊かというか、はっきりしています。それに比べて日本人は感情表現が分かりにくいと思われがち。しかし『半沢直樹』の激しい『顔芸』とどアップ多用の演出は、中華系の人たちにはとても分かりやすかったのだと思います。これほど『どアップ』を多用する演出は、中華圏にもありませんから」

そしてAさんは、『半沢直樹』の「顔芸・どアップ」が受け入れられたのには、こんな背景もあるのではないかと考えている。

■若者世代に合った分かりやすさとテンポ感

「コロナ禍で最近は止まってしまっていますが、最近、中国大陸ではインターネット向けのドラマが盛んに制作されていました。若い人はいまやドラマといえばインターネットで見るもの、という感覚になっていて、そういう若者向けに10分くらいの短いドラマを予算をかけて制作するのがブームになっていたのです。そういう『分かりやすいドラマ』を好む視聴層に『半沢直樹』の演出は、しっくり来たのだと思います」

つまり『半沢直樹』の演出手法は「ネット向き」で「若者向き」の演出だったということが言えるのではないかというのだ。テンポが良くて、単純に分かりやすい、という要素は現在の若者のニーズに合っているという側面があると言えるのかもしれない。

では、韓国ではどうだろうか。実は韓国でも『半沢直樹』は人気なのだという。韓国ドラマに詳しい韓国ライターの児玉愛子さんはこう話す。

「韓国でもケーブルの日本専門チャンネルで放送されていたり、不法アップロードなどもあって、日本で評判になったドラマなのでよく見られています。韓国人は復讐ものが大好きで、勧善懲悪が好きですね。みんな実生活は大変ですから、ドラマを見てスカッとしたい! というのは確実にあります」

■「アップを多用する演出」は古い

どうやら韓国でも、日本とほぼ同じ理由で人気を博しているようだ。もともと日本と同じく儒教思想の国で、「勝ち組と負け組」の格差や、自殺率の高さなど社会問題にも共通する点も多い両国では、コンテンツに求められる要素も類似して当然なのかもしれない。児玉さんは「梨泰院クラスは韓国の半沢直樹である」とする論考も書かれている。確かに、ふたつのドラマの構図は似ている点が多いと言えるだろう。

では、韓国の人は『半沢直樹』の「顔芸・どアップ」についてはどう感じているのだろうか。児玉さんはこう指摘する。

「かつて韓国にもアップを多用する監督がいました。その監督の撮り方は韓国で『古い』といわれ、ロングが多いイ・ビョンフン監督の『チャングム』なんかが映像もキレイで支持を得たんですよね。韓国ではまさに『チャングム』の頃、明暗が分かれました。

『冬ソナ(冬のソナタ)』も美しい風景が入ったのもよかったと思っています。アップが多いと疲れちゃいませんか?(笑)」

韓国では「アップを多用する演出」は古いとされているという。むしろロングで美しい映像を撮影し、映像表現を豊かにすることが大切で、そうしたドラマの人気が高いのだ。『半沢直樹』の「顔芸・どアップ」については「外国のドラマだから」という理由であまり気にされていないのではないかと児玉さんは分析する。

写真=iStock.com/bowie15
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bowie15

■韓国ドラマは「世界を見て」制作されている

「われわれがインド映画を見て、出演者がいきなり踊り始めても別に気にしませんよね? 『インド映画はそういうものだ』と思うだけです。韓国の人が『半沢直樹』の顔芸、どアップを見ても『日本のドラマだから、そういうものなんだな』と思うだけで、あまり気にしていないんだと思います」

児玉さんの話で、韓国ドラマとの違いが随分明らかになってきた気がする。そして、そこには韓国ドラマが元々「世界を見て」制作されているのに対して、『半沢直樹』など日本のドラマが「日本国内を見て」制作されているという違いもあるような気がする。

そもそも日本も韓国も「ハイコンテクストの国」つまり「文脈や背景が共通認識となっていることを前提としたコミュニケーションの国」であるという共通点があると思う。「お約束」や「言わずもがな」を重視する側面が強く、外国人にはなかなか理解し難い社会であるという意味では、非常に似ている部分があると思う。

しかし、韓国はそもそも人口およそ5000万人で、コンテンツは外国でヒットするのを前提としないとなかなか利益を上げられない。国も「コンテンツ振興院」などの機関を設け、世界各国で韓国のコンテンツを全面的にバックアップする体勢をとっていることなども有名だ。韓国のコンテンツは、たとえ韓国という国の文化を知らなくても楽しめるように「人類共通のテーマ」を意識的に掘り下げて描いているような気がするのだ。

■日本で受けても世界で評価されるとは限らない

現に、私は大学でテレビ制作についての授業も持っているが、その授業を受けているメディア志望の学生たちは口をそろえたように韓国ドラマに高い関心を示している。「日本のドラマよりも、韓国のドラマの方が俳優の演技も、撮影も優れている気がする。特に脚本は韓国の方が素晴らしい」という感想を口にする学生もいた。

そういう意味では、日本ドラマの低調さを、『半沢直樹』は分かりやすい演出論とテンポの良さで打ち破り、世界的に好評を博したという意味で特筆すべき成功であると言えるのだろう。しかし、ヨーロッパの映画・テレビに詳しい、前出の津田プロデューサーはこう指摘する。

「『半沢直樹』は確かに分かりやすいのですが、映像作品として高みを目指しているとは思えません。単純化して分かりやすく作ったら、ヨーロッパでは『負け』です。日本のドラマにも、もっと人としての葛藤を描く、深い脚本が必要ではないでしょうか。このままでは『日本らしくて面白い』という評価は得られても、『素晴らしいドラマだ』という評価は世界では得られないと思います」

『半沢直樹』がアジア地域をはじめとして世界的な大ヒットとなったのは「あの優れた原作と、豪華で一流な出演者、そして時代の空気に合った爽快なストーリー」がそろい、しかもさまざまな環境と幸運に恵まれたからであることは間違いない。

しかし、『半沢直樹』は演出論としては決して「王道ではない」という指摘があるのも事実だ。

もし「柳の下の2匹目、3匹目のドジョウ」を狙って、『半沢直樹』の模倣を安易に繰り返すような風潮になってしまっては、日本のドラマにとってあまり良くない未来が待ち受けているのではないか、と僭越ながら危惧してしまうのである。

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鎮目 博道(しずめ・ひろみち)
テレビプロデューサー・ライター
92年テレビ朝日入社。社会部記者として阪神大震災やオウム真理教関連の取材を手がけた後、スーパーJチャンネル、スーパーモーニング、報道ステーションなどのディレクターを経てプロデューサーに。中国・朝鮮半島取材やアメリカ同時多発テロなどを始め海外取材を多く手がける。また、ABEMAのサービス立ち上げに参画。「AbemaPrime」、「Wの悲喜劇」などの番組を企画・プロデュース。2019年8月に独立し、放送番組のみならず、多メディアで活動。上智大学文学部新聞学科非常勤講師。公共コミュニケーション学会会員として地域メディアについて学び、顔ハメパネルをライフワークとして研究、記事を執筆している。Officialwebsite:https://shizume.themedia.jp/Twitter:@shizumehiro
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(テレビプロデューサー・ライター 鎮目 博道)