ライオンの世界では、メス集団が強いオスを1頭だけ選ぶ(写真:rusm/iStock)

自然界では、なぜメスよりもオスのほうが生存しづらいのか? 「NHKクローズアップ現代+」の解説を務める一方で、「全力!脱力タイムズ」など、さまざまなメディアに出演する異色の生物学者・五箇公一氏による『これからの時代を生き抜くための生物学入門』より一部抜粋・再構成してお届けする。

動物の中には性の分化が曖昧な種もいます。カタツムリは1個体の中にメスとオスの両方の生殖細胞を備えており、1匹で卵子も精子も作れます。そんな2匹のカタツムリは出会うと合体して、お互いの精子を交換して受精を行います。これを雌雄同体といいます。「マジンガーZ」のあしゅら男爵みたいな生物ですね。雌雄同体は一般的に貝類やウミウシ、ナメクジ、ミミズなど移動能力が乏しい種に多いとされます。

こうした動物たちの場合、もし、雌雄が二極化していたら、一生懸命移動しても出会った相手が同性だったときのガッカリ感というか、ダメージは絶大です。次の相手を見つけ出すまでに寿命が来てしまうかもしれません。だからお互いがメスとオスの両方の役割を果たせるように進化したのでしょう。

なぜカクレクマノミは「性転換」するのか?

アニメ映画で人気者になったカクレクマノミは性転換する魚です。最初は全員オスとして生まれ、集団の中でいちばん大きな個体がメスに性転換します。そしてその次に大きなオスの個体と交尾をする。小さくてつねに天敵の脅威にさらされるクマノミとしては、オスの多くを犠牲としながら、最大限にたくさんの卵を残せるいちばん大きなメスを1匹だけ残しておくという戦略をとったのでしょう。

逆にホンソメワケベラという魚は、最初はみんなメスで、群れの中で体がいちばん大きな個体だけがオスになって、周りのメスを従わせます。このケースでは大きくて強い個体が縄張りを守って、たくさんのメスを囲うことでたくさんの子孫を残すという戦略をとったものと考えられます。

子育ての必要性の高い鳥類や哺乳類では、メスとオスの分業はより進んだものとなり、雌雄同体の種や性転換する種はほとんど見られません。オスは縄張りを守ったり、エサを捕まえてきたりと、子孫繁栄に重要な役割を果たします。

一方で、子どもを生まないオスというのはメスから見れば、遺伝子の運び屋にすぎず、資源の無駄飯食いにもなります。とくに環境が安定していて、決まった遺伝子型さえコピーしていればいいのであるならば、オスは不要になってしまいます。

進化の途上で、有性生殖をやめたと思われる生物がいます。カブリダニというダニを食べる肉食性のダニは、もともとのオスの個体が少数です。このオスはメスと交尾して、受精させますが、受精卵が育つ過程でオスの精子の遺伝子は溶けてなくなってしまいます。結局メスのクローンが生まれてきて、オスの遺伝子は1つも入っていません。

このような形態を偽産雄単為生殖といいます。オスの遺伝子は使ってもらえないのですが、オスと交尾しないとメスは次世代のメスを生むことができません。なので、オスの受精が胚発育のスイッチの役割を果たしているのではないかといわれています。

ダニの多くは有性生殖をしており、カブリダニももともと有性生殖をしていたと思われます。しかし、彼らの生息環境において、それほど変異を必要としなくなったのかもしれません。そうなってくると、メスとしてみれば子どもを生まないオスを生産することは無駄になってきます。で、「もうオスを作るのはやめようかな〜」と進化している途中の段階がこの偽産雄単為生殖という中途半端な生殖様式なのではないかと考えられます。

これは、無性生殖=クローン繁殖の一歩手前の段階です。いよいよオスが一切不要という環境に適応すればクローン繁殖が始まると予測されます。このようにカブリダニという種は、生殖の進化の過程が観察できる重要な生物ではないか、と勝手に考えています(実際にその進化プロセスは、詳細な系統関係の分析が待たれます)。


(出典:『これからの時代を生き抜くための生物学入門』)

環境が安定していれば、オスは無駄になります。子どもを生まないくせに資源の半分を奪うだけの無駄飯食いになります。そうなってくるとあまりオスを生まない系統のほうが子孫=遺伝子を残すうえで有利になってくるし、いっそメスしか生まない系統のほうが繁殖戦略上、いちばん効率がよくなって、単為生殖へと進化することになります。

ただし、単為生殖だと、もし天変地異が起こって食料がなくなったり、水がなくなったりなどの劇的な生息環境の変化が生じたら、間違いなく絶滅するリスクは高くなってしまいます。

カブリダニも今はいいけれど、将来、何か起これば絶滅してしまうかもしれないのです。そう考えたらカブリダニは、せっかく進化させてきた有性生殖を捨てて偽産雄単為生殖へと鞍替えして、「退化」=「進化の逆行」をしていると見えるかもしれません。でも、実はこれも進化なのです。

「進化」という言葉は、「進む」という字が入っているから優れたものに変化すると思われる人も多いようですが、そうじゃないんです。

生物がどのように進化するかは、すべては環境が決めることです。そのときの生息環境において不利な形質=遺伝子は排除される。その環境で生き抜くうえで必要な形質であれば、より特殊化する。それまで有利だった形質が、環境の変化とともに消失する。あるべき形質・機能が姿を消す。人はそれを「退化」と呼びますが、それも進化です。

なぜ人類から「尻尾」が消えたのか

そう、太古の昔、人類にあったはずの尾がなくなったのは、進化なんです。必要がなくなったから、尾がないほうに進化したんです。

洞窟など、暗黒下で生息する動物の多くの目が退化しているのも、利用価値のない目を作る資源やエネルギーをほかの器官や細胞の成長に回したほうが得だということで目を作らない方向に進化したのです。

しかし、洞窟という生息環境が失われれば、目がないことが不利になって、絶滅してしまう種も出てくると考えられます。そのときそのときの環境で有利・不利が決まり、それまで圧倒的多数を占めていた形質や系統が突然消滅する。それが生物の進化の原理なのです。

話をカブリダニのオスに戻します。私も男ですから、遺伝子が使われないカブリダニのオスの不憫さには同情します。元はといえば、カブリダニのオスも、精子の運び屋にすぎなかったからこそ、遺伝子の交換が不要になればお役御免となったわけです。いってみればカブリダニのオス(の精子)は、メスの淘汰を受けて消滅したことになります。

結局、子どもを生むという機能がメスにある限り、メスが消滅することは絶対にありません。しかし、オスの方は、精子の運び屋にすぎないので、すべてのオスが生き残る必要はなく、最悪、ゼロになる(無性生殖)という憂き目にあうおそれもあります。オスが生殖にたどり着き、自分の遺伝子を残せるか否かの命運はメスに握られているのです。次はこのメスによる淘汰=「性淘汰」の話をしていきます。

生殖の競争というのは、優秀な遺伝子の取り合いになっています。生物にとっては、別種はおろか、同種であっても、すべて他個体は敵で、とにかく他個体よりも自分の遺伝子を少しでも多く残すことが重要となります。

このときメスとオスの間には不平等が生じます。子どもを生むことができるメスは圧倒的にオスにモテます。なぜならオスは子どもを生めないから。なので、オスはなにがなんでもメスを確保する必要がありますし、できれば少しでも多くのメスに自分の精子を与えることが自分の遺伝子のコピーを増やすことにつながるので、すべてのメスは、確実にオスに求められるのです。

一方のオスは、必ずしも全員がモテるわけではありません。メスにしてみれば、オス全員を受け入れる必要はなく、むしろ自分の卵子に少しでもふさわしい優秀なオスにだけ交尾をさせて、「エリート」な子ども(つまり、生き残る力、繁殖する力の強い子ども)を生むほうが、最終的に自分の遺伝子のコピーをこの世に広げるうえで得になります。

そこで、メスはオス同士の間で力比べをさせて、オス間競争に勝ち残った強いオスだけを選ぶように進化します。これがメスによるオスの淘汰=「性淘汰」といいます。

オスは「使い捨て」の存在

百獣の王ライオンの群れのリーダーは、成熟したオスです。リーダーは数頭〜十数頭のメスを従えたハーレムを形成します。


オスがメスを従えていると書きましたが、実際にはメス集団が強いオスを1頭だけ選んでいるのです。強さはオス同士のケンカで決まります。

メスにとっては、広い縄張りを確保できる強いオスの遺伝子があれば、自分の子どももまた強い個体となって生き残る確率が高くなると期待できます。

もし、逆にメス同士に争いをさせるとどうなるでしょう。争いに負けたメスは、群れを去るか、殺されてしまうことになります。種全体にとってメスを1頭喪失するのは大きな問題です。

オスが1頭いなくなるのはたいしたことじゃない(笑)。そういう意味でもオスは使い捨てなんですね。