コロナにかかった彼が見た嘘偽りない現実をすべてつづろう(写真:プラナ/PIXTA、写真はイメージ)

あなたの周りにコロナに罹患した患者はいるだろうか。そして、もしも“いた”としたならば、そのときあなたはどんな対応ができただろうか。

9月25日現在、日本には累計約8万1000人のコロナ陽性者数がいる。人口約1億2650万人に占める割合は0.06%。確率だけで考えれば出会う可能性は極めて小さいように思える。

沢田耕平さん(仮名・28歳)も同じように「自分とは関係ないだろう」という感覚を持っていた1人だった。東京のとあるパーソナルトレーニングジムで働いており、ジムで鍛え上げられた筋肉の鎧に、カゼ一つ引いたことがない免疫力の高さもあれば当然だろう。(関係者のプライバシーに配慮して一部の事実を脚色しています)

身体は大丈夫だったが精神的に追い詰められた

そんな沢田さんが、新型コロナウイルスに感染したと判明したのは8月20日のことだった。

「まさか……でした。今になって思い返せば、変に体力に自信があったからナメていたんですよね。自分の軽率な行動で、会社やお客さん、家族や友人などに大きな迷惑をかけてしまって……身体は大丈夫だったんですけど、精神的にはかなり追い詰められていました。ただ僕の場合は、周りの人のおかげでつぶれずに済んだのだろうと思えます」

症状のほうは幸いにして命に別条のない軽症で済んだ沢田さんは、行政により7日間のホテル隔離を体験した。その経験は、沢田さんにとって、コロナで死ぬこと以上に社会的に殺されてしまうのではないかという恐怖。そして、周囲の人たちの反応がどれほど希望になるかを教えてくれたという。

症状が発覚した日から付けはじめた沢田さんの手記を基に、その顛末を記してみたい。

●沢田さんの手記

8月23日(日曜日)
本日は休日。昨晩は遅くまで友人と飲んでいたため昼に起きたのち、一緒に住んでいる彼女と渋谷へ。買い物につきあった後、居酒屋で焼酎2本飲んでいたらなんとなく身体がだるくなり23時頃に帰宅。すぐに寝たが、午前1時頃に酷い悪寒で目が覚める。体温を測ると37.5℃。月末は仕事のスケジュールがパンパンになっている状態。「まずいなぁ……」と思いつつ、朝起きたら調子が戻っていることを信じて寝た。

「昼間買い物をしている間は、自覚症状もなにもありませんでした。夜にお酒を飲んで家に帰ってきたあたりから調子が悪くなってきて、一瞬コロナが頭を過りました。というのも、その2日前に、大きな繁華街へ飲みに行っていたからです。寝不足で体調が悪い中、さらに脱水を招くお酒を飲んで……抵抗力も落ちていたんだと思います。職場の上司からも“体調が万全でないなか、繁華街に行くのはやめておけ”と注意されていたのに、その禁を破ってまんまとコロナに罹ってしまったら……考えると怖くなったので、“いつものカゼと同じだ”と何も考えないようにして寝ました」

8月24日(月曜日)病院→保健所PCR検査 自宅待機1日目
朝7時30分に目が覚める。関節がきしむように痛い。最悪の体調だ。体温は38.5℃。職場に連絡をすると、出勤せずにすぐに病院で検査するよう指示を受ける。電話で予約して9時に近所の医院へ。一般患者とは違う裏口から通される。高熱もあるためインフルエンザ検査を行ったが陰性。「ではPCR検査を受けに保健所へ行って」と慣れたような感じで、紹介状を渡される。13時30分にタクシーで近所の保健所へ。大量の人。PCR検査は右から左へ流されるように手際よく終了。熱さましの薬を貰い、結果が出るまで『絶対に自宅から出ないように』と念を押され、自宅待機が言い渡された。

「熱が出たときは、『このまま黙ってようかな』って一瞬考えてしまいました。やっぱりコロナと判定されるのは怖いですよ。僕の場合はお客さんと密に接する仕事なので不可能ですが、すぐに熱が下がる場合もあるし、黙って仕事に行っている人は結構いるんじゃないかなと思います。

とんでもない数の人たちが検査を受けていた

保健所に行くと、検査を受ける人が30〜40人ぐらいいたことがまず驚きでした。検査は距離を取って列を作り、5分ほどで終わるんですけど……とんでもない数の人たちが検査を受けているんだなと(この日の東京都全体の検査者数4389人)。また、同棲していた彼女は朝、元気だったので通常どおり出勤したのですが、昼すぎに調子が悪くなったらしく同じく病院〜保健所でPCR検査を受けて帰ってきました。彼女も接客業なので、僕がうつしたのか……と考えると酷く落ち込みましたし、ものすごい不安でしたね」

一方、沢田さんの職場では、朝、沢田さんから連絡を受けてからすぐに対策に動いた。まず保健所に相談したところ、行政の対応がコロナ初期に報道されていた印象とまるで違うことに驚いたという。以下代表の弁。

「沢田から連絡を受けたときは、『これは大変なことになった』と正直、大きなダメージをうけることを覚悟しました。なぜなら今年の春先にフィットネス協会が出したコロナの陽性患者が出たときのガイドラインでは、『ジムは閉めて全館消毒』。『過去2週間ほどの来館者を全員トラッキングする』など、かなりの大事をすることになっていたからです。

ところが保健所に相談してみると、現在は“濃厚接触”の定義が『マスクを外した1m以内で15分以上話をした』ことであり、今回、沢田が接したお客さんは1人も“濃厚接触者”にあたらないというんです。だから、店を閉めなくとも、消毒もしなくていいし、『会員の人にもコロナに罹ったことは告知しないほうがいいでしょう』とアドバイスを受けました。その代わりにしつこく何度も言われたことは、『当人は不安だと思います。皆様で支えて、守ってあげてください』ということでした」

8月25日(火曜日)自宅待機2日目
不安なまま目覚める。起床時の体温は36.9℃。体温は戻りつつあるも食欲はなし。午前10時。昨日の病院から電話。『陽性反応が出ました。この後保健所から連絡があります』と告知を受ける。軽症者の扱いなので、病院ではなくホテルでの隔離生活となるようだ。昼過ぎには彼女にも保健所から結果の電話が来る。結果は陽性。最悪の結果だ。

それでも彼女は『かかっちゃったものはしょうがないから、早く治して1日も早く仕事に復帰できるよう一緒にがんばろう』と励ましてくれた。その言葉に救われる。夕飯は『隔離されたら食べられなくなるから』と彼女のリクエストでマクドナルドを食べた。たくさん食べた。……ものすごくおいしかった。

仕事はクビになることを覚悟した

「陽性という結果を聞いたときは目の前が真っ暗になりました。職場の全スタッフ、お客さんに対してとんでもない迷惑をかけてしまった。会員さんがジムをやめてしまったら、経営が傾いてしまったら……いろんなことを考えました。正直、クビだろうなとも覚悟していましたね。ここ数日間の行動と会った人について全部詳細に聞き取りを受けました。

『大丈夫。悪いようにはならないから、今は何も考えずに安静にしていろ』という言葉に少し安心しましたけど……会わせる顔がありません。実家の母親からも『今は外出するな』とLINEがたびたび来ていたんですけど、それを無視する形になってしまって。『それみたことか』とひどく怒られました。両親は親戚や周りの人には言えなかったと思います。田舎ではやっぱり差別意識がすごいみたいですし、それで仕事をクビになった人や病んでしまった人が結構いると聞きますからね。

実は僕のいとこもコロナに罹ってしまい、もともと肺の弱い人だったので一時は危篤状態になるほど危なかったらしいです。命は助かりましたけど、親戚周りはやっぱり“コロナは怖い”という意識がむちゃくちゃ強いでしょう。そういう不安が一斉に襲ってきて、一体これからどうすればいいのだろう……と落ち込んでいたとき、救われたのが『一緒にがんばろう』という彼女の言葉です。人の言葉でこんなにも救われるんですね。本当に感謝です」

一方、沢田さんの勤務先であるジムでは、保健所の意向を聞いた直後から、専門の医者や大学教授など有識者の意見を募りつつ夜中まで会議を重ねていた。沢田さんから「陽性」との結果報告を受けたときには、“『所属トレーナーから陽性者が出た』という事実をすべての会員顧客に告げる”という最終結論を出していた。

ジムの代表は語る。

「沢田の行動をトラッキングした結果、金曜日に勤務が終わった夜に繁華街で感染し、土曜日が勤務。日曜日が休日で発症なので、顧客やスタッフと接触の機会があったのは1日だけ。僕としてもコロナはしっかり対策をすれば、過剰に恐れるものではないと考えています。

ただ、世の中を見てもコロナに対する危機意識の違いは人それぞれです。トレーナーに陽性患者が出たことで『ジムに行きたくない』と思う会員さんもいるでしょうし、外資系など企業によっては報告義務を課しているところもあります。直ちに全会員さんにお伝えしようと決めました。その結果、100%ではありませんでしたが、それに近い会員さんから理解をいただけました。

やはり皆さん、東京のど真ん中を拠点にしている以上、コロナとどのように向き合うかを真剣に考えている方が多く、過剰に恐れることもしなければ、対策を疎かにすることもない。発表をした以降も予約が減ることはありませんでしたね。それでも、ジムからクラスターが出てしまったら死活問題です。僕自身、数日間は枕を高くして眠ることができませんでしたね」

ちなみに、沢田さんの彼女が勤める会社は、同じように当該人物と濃密接触した疑いがなかったため、保健所の助言どおりに告知をせずに営業を続ける選択をし、その後も感染者も出なかったという。

「コロナは容体が急変する病気なので絶対来て」

8月26日(水曜日) 自宅待機3日目
朝起きてグレープフルーツを食べる。味覚はない。体温は36.6℃。薬を飲まなくても平熱を保てるようになってきた。関節痛の違和感もだいぶマシに。調べてみるとホテル行かずに自宅待機のままの人もいるらしい。彼女も陽性だし、このまま自宅待機でいいんじゃないだろうか。

夕方に保健所から連絡が来たので聞いてみると「コロナは容態が急変する病気なので絶対に来てください」と強く断られた。明日の午後に迎えの車が来るという。ちなみに交通費、ホテル、食事の費用もタダとのこと。明日から離れ離れになる彼女にカレーを作ってあげた。隔離生活はどんなものになるのだろう。不安しかなかった。

8月27日(木曜日)ホテル隔離1日目
8時起床。体温36.7℃。14時20分ごろに病院への送迎車が来た。彼女と別れて白のワゴン車に乗る。“東京2020”のロゴが見えた。オリンピックで使う予定の車だったのだろうか。車内はクリアシートで後部座席を区切った完全な防疫仕様。通常は2〜3人が乗るらしいが、1人で東京駅近くのビジネスホテルへ。

車から降りると、ホテルの入口で防護服を着た担当者から説明を受ける。ずいぶんと遠い。5mほど離れた場所から話されるので聞こえづらい。館内に入ると、ペッパー君(ロボット)が出迎えてくれた。『コロナニマケナイデクダサイ』『コロナニマケナイデクダサイ……』。そんな言葉を連呼するペッパー君の声に心細くなり涙が出そうになる。必要なものを受け取ってエレベーターで自分の部屋へ。隔離生活がはじまった。

「ホテルは一般的なビジネスホテルのシングルルーム。説明してくれた重装備の職員の人との距離。ペッパー君の無感情な声に、『ああ、俺コロナになっちゃったんだな……』と気分がかなり滅入りました。部屋から出られるのは、食事を1Fのロビーに取りに行くときのみ。

朝食8〜9時。昼食12〜13時。夕食18時〜19時の3回。やることがないので、食事のアナウンスが流れるとみんな一斉に1Fに向かうので、エレベーターはパンパン。“全員陽性なんだよな……”と思うと気持ちのいいもんじゃないです。あたりまえですけど、皆さん一言もしゃべらない。下向いて、どよーんと暗い。まるでゾンビの群れのようで、自分もその一員なんですけどね。初日の夕食は唐揚げ弁当。結構重いものが出て驚いたんですけど、食べたらものすごく疲れてしまい、あっという間に寝てしまいました」

一緒に飲んでいた友人も……

8月28日(金曜日)ホテル隔離2日目
AM 7:30。「検温してください」という館内放送で起床。体温35.8℃。健康観察シートに書き込んだ。ホテル隔離で初めての朝。目覚めは悪くない。朝食はおにぎり3種盛り弁当。時間ギリギリに弁当を取りに行ったが弁当2つ確保できたので1つは間食に回す。昼食はサバの定食。夕食は肉団子。意外と重くて、美味しいのが嬉しい。飲み物は水とお茶が飲み放題。あとは自動販売機のジュースが買える。

ホテル隔離中は外からの差し入れは15時〜17時の間のみ。前日に申請する必要があり、酒たばこなどは禁止。プロテインを忘れたので誰かに頼もうか悩む。しかし隔離されているとメシを食う以外、やることがない。このままでは身体が鈍ってしまうので、久しぶりに自重トレーニングを再開。半身浴もはじめた。SNSは何があるかわからないので、念のため見るだけに。あとはTVか、Netflix。午前1時就寝。

「ごはんを食べる以外は本当にやることがないので、自然と考える時間が多くなっていました。ジムの先輩や上司の人たちとも事務的な連絡を取っていましたが、会員さんたちにコロナが出たことを告げたということを聞かされていなかったので、いろんなこと考えては不安になって……コロナの症状はよくなっているんですけど、精神状態がどんどん病んでいって、鬱みたいになっていました。LINEや電話で外部と連絡は取れるので、気晴らしに電話でもすればいいのかもしれませんけどね。

僕が感染したと思われる日に一緒に飲んでいた友人も、『無症状だから大丈夫だ』と言っていたのが、ここにきて陽性になったと連絡がありました。友人や家族に電話をするにも、何を話していいのかわからず、こちらから進んで連絡する気が全然起きてこない。結果的にどんどん塞ぎ込んでいってしまったと思います」

8月29日(月曜日)ホテル隔離5日目
AM 7:50起床 体温 36.0℃。平熱が平均より下がって低体温になっている。ずっと冷房の中にいることが原因だと思う。朝食は定番のおにぎり弁当。朝は食べない人が多いから沢山余ってるので間食用に2ついただく。コロナの症状はもう完治したといえるぐらいよくなった。トレーニングと半身浴を再開したことで、身体の調子はかなりベストに近く太陽の光を浴びたい欲求がすごい。ただ、健康になった分、自由にならないストレスが強くなる。

「会員さんたちからメッセージが来たんですよ。1週間以上ジムに顔出してないですし、パーソナルトレーニングもずっとキャンセルになっていましたからね。『いったいどういう状況なんだ?』って責められてもしょうがないです。

でも、違った。皆さん『ゆっくり体を休めて戻ってきたら全力でお願いします』とか『早く治してベストコンディションで戻ってきてくださいね!』とか、10数人ぐらいから、すごくポジティブな言葉で励ましの言葉をいただいて……本当にうれしかった。やっぱりいちばん不安だったのは、僕が担当していた会員さんに迷惑を掛けてしまっていたことです。それまで病んでいた気持ちがすごく楽になって、一日も早くパーソナルトレーニングをやりたいという意欲が湧いてきました」

8月30日(水曜日)ホテル隔離7日目
AM 7:30起床 体温 36.0℃。今日でホテルを出る最後の日。朝の検温も無事に済ませ、朝食のおにぎり定食を食べたら、1週間暮らしたこの部屋を出る。結局、シーツ交換も掃除も一度もしなかった。出る時にPCR検査はなかったけど、もう陰性になっているのだろうか? 外に出ると猛暑。冷房の暮らしで夏の暑さにまったく気づかず。ただ開放感がとんでもなくて、太陽がめちゃめちゃ気持ちよかった。帰りは自費だが、家に帰りホッと一息。しばらくしたら彼女も帰ってきて感動の再会を果たす。改めて今回のことを思い、周囲の人に迷惑を掛けたこと。そして助けてもらったことを深く感謝します。

発症から6〜10日で人に感染させなくなる

「出るときも最後まで事務的な感じでした。本当に治っているのか不安だったので『PCR検査は受けないのですか?』と聞くと、PCR検査は死んだウイルスにも反応してしまうので、完治していてもしばらくの間は陽性反応が続いてしまうと説明を受けました。これで職場に戻って本当に大丈夫なのか不安だったのですが、発症から6日〜10日で人に感染させることはなくなるらしいんです。

僕は完全に体調は復調していましたが、不調が続いていたら延長もあると聞きました。そういう意味では彼女がホテル療養中、味覚がまったくない状態が続いていたようですが、それぐらいでは出てこれたようです。現在も体調はまったく問題ないそうですが、まだ味覚は完全に戻ってきていないそうです。それでも無事に隔離を終えて2人ともまた家に帰って来られたことがうれしかったですね」

ホテル隔離が終了した沢田さんは、その翌週には職場に復帰した。

「ジムでコロナが出たことをすべての会員さんにお伝えしたというのは、復帰した後に聞きました。休んでいるのは僕だけだったし、皆さん、僕がコロナになったんだとわかっていましたね。だからこそLINEもいただけたんでしょうけど。ただ、最初はやっぱり怖かったです。隔離中は優しかった同僚たちも本心では『なにやってんだよ!』とあきれていたと思うんですよ。迷惑をかけて本当に申し訳ない気持ちしかありませんでした。

久しぶりに出社すると代表に『コロナに罹ることは誰にでも起こりうることだからしょうがないよ』と言っていただいて。寝不足で体調が万全でない密の場所に飲みに行った軽率な行動については叱られましたけど……本当に戒めと、感謝の気持ちしかありませんよ」

今回の騒動を経て、沢田さんの上司であるジムの代表はこんな感想を得たという。

「人間の健康を扱う仕事をしている以上、僕らも世界各地からコロナに関しての情報を取って感染対策をしてきてはいます。だけど、今回のことで『コロナを完全に防ぐことは不可能だな』と改めて感じました。沢田が罹ったことは問題じゃない。コロナに罹るのは誰でも起こりうることです。たとえ沢田やうちのスタッフに『飲みに行くのを控えろ』と言って、それを全員が守ったとしても、彼らには家庭があり、彼女や友達がいる。その人たちの行動まで規制をかけることはできませんからね。

いま、プロスポーツの業界でも、選手の家族がものすごいストレス下にあると聞きます。たとえばプロ野球選手の奥さんが、ランチ会に出かけてコロナに感染。旦那さんにうつしてチームが活動停止……なんてことになったら取り返しがつかないですよね。選手と同等かそれ以上に家族の方もプレッシャーと戦っています。

今回、保健所からも、相談した専門医や大学教授からも、『罹った人を絶対に責めるな』と口をそろえて言われました。コロナによってストレスフルな環境にいる人たちの精神的なケア、そして今の厳戒態勢をどこまで続けていくべきなのか。もう考えなければいけない時期にきていると思います」

それでも不幸中の幸いだった

誰もがコロナに罹ってもおかしくない時代。今回、運悪く罹患してしまった沢田さんは、それでも不幸中の幸いだったという。


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「そういう意味では僕は幸運でした。正直なところ、僕の場合は症状が軽かったので、体調のことよりも、社会的な反応がすごく怖かったです。隔離中もテレビをつければ連日コロナの特集をやっていて……ちょっと大きく報じすぎなんじゃないかとも思いました。コロナに罹るとむちゃくちゃ不安です。恐怖です。ただ、不安のなか周りの人たちがどうやって接するかが本当に重要なんだと思います。僕も一時は精神的に病んでしまいましたが、周りの人たちの言葉のおかげで助かったと思っています。僕の今回の経験で最も得た教訓です」

新型コロナウイルスは、人と人の距離感を壊す病なんてことも言われている。もしあなたの周りに感染者が出たとき、どんな対応であり、振る舞いができるだろうか。これからのwithコロナ、そして次の時代に向けて、感染予防対策と共に考えていかねばならない問題である。