正しく「男性育休」を知れば認識は変わるはずです(写真:Yuji_Karaki/iStock)
2020年現在、日本における男性の育休(育児休業)取得率はわずか7%に過ぎず、まだ制度の定着には程遠い状況です。その要因はさまざまですが、1つには男性育休にまつわる“思い込み”があります。
実際、「男性が育休を……」と言っただけで、「会社を長期間、休まれると困る!」と開口一番に言う中間管理職や、「育休を取りたい気持ちはあるのですが、会社に迷惑がかかるので……」とつぶやく若手社員、「私は専業主婦だから、夫は育休を取れません」と答える主婦など反応はさまざまです。
株式会社ワーク・ライフバランスの小室淑恵社長とみらい子育て全国ネットワークの天野妙代表による共著『男性の育休 家族・企業・経済はこう変わる』で取り上げている、「男性育休にまつわる7つの誤解」の一部を紹介します。
おむつ交換などだけでなく洗濯してくれるだけでも
「男性が育休を取っても、家庭でやれることは少ない」
この言葉は本当によく耳にします。しかし、3児の母である筆者の天野に言わせれば、男性が育休中にできること、妻に喜ばれて役に立てることは山ほどあります。
たとえば、新生児のおむつの交換です。新生児は1〜3時間ごとにおむつ交換が必要ですので、家にいる夫が替わってくれたら、妻はそれだけで助かります。また、授乳(ミルク)も同じ間隔でありますし、着替えも頻繁に必要です。新生児のケアが苦手な場合は、洗濯担当になってくれるだけでも喜ばれるでしょう。
新生児のケアだけでなく、産後の妻の身体をケアする役目も重要です。新生児を抱えた生活は、まさに猫の手も借りたいほどの目まぐるしさ。夜も授乳とおむつ替えで妻はまとまった睡眠をとることができません。夜中の子守りを夫に頼みたくとも、次の日夫が仕事に行くと思えば、妻はどんなに寝不足でも夫に子守りを任せることに躊躇してしまいます。もし、夫が育休中であれば分担しやすくなり、妻はまとまった睡眠をとることができます。
最近明らかになったのは、産後の女性の10人に1人は産後うつを発症するということ。産後うつは、乳児虐待や本人の自殺にもつながりかねない深刻な病気です。産後うつの原因は、出産直後のホルモンバランスの乱れと、授乳などによる睡眠不足や生活リズムの乱れであると言われています。夜中の授乳と夜泣きの対応を育休中の夫が担当することは、母体保護の観点からも極めて重要なのです。そのためか、育休を取得しきちんと家事育児を行なった当事者の男性から、「男が育休を取っても意味がない」といった言葉を耳にしたことは一度もありません。
とはいえ、子育てを夫に頼らずに「ワンオペ育児」(家事育児の全てを一人でこなす状態のこと)で乗り越えた女性たちからは、「夫は役に立たない」「夫が育休を取っても子どもが一人増えるだけ」という意見が出ることもあります。実際、総務省の「社会生活基本調査」によれば、妻が仕事をしている・していないにかかわらず、六歳未満の子どもを持つ男性で家事育児時間がゼロの人は、約7割もいます(図1−2)。
記事中の図はすべて『男性の育休 家族・企業・経済はこう変わる』(PHP研究所)より
(外部配信先では図を全部閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください)
しかも図を見ると分かる通り、家事育児に参画している人の割合は、2006年からの10年間でその比率がほとんど変わっていないのが現実なのです。もちろん家庭環境・労働環境によって家事育児に参画できないという男性も多いと思いますが、この「家事も育児もしない」夫たちを揶揄して、「ゼロコミット男子」や「イクジ(育児)ナシ夫」という言葉が生まれたほどです。
育休はその後のライフスタイルが変わるきっかけに
内閣府経済社会総合研究所の調査によれば、男性の育休取得が、その後の積極的な家事育児参画のきっかけになることも分かっています(図1─3)。育休中、一定期間にわたり家事育児にコミットすることで、それが習慣化され、育休取得後の家事育児時間が長くなったり、担当する家事育児の数(種類)が増えたりすることも明らかになっています。
ですから、たとえ現時点で、世の男性の7割が「ゼロコミット男子」でも、育休時に男性が役に立たないと決めつけるのは早計です。育休取得は、その後も長期にわたって男性の家庭進出につながる契機となる可能性があるからです。
ところで、そもそも「ゼロコミット男子」が7割にものぼる原因はどこにあるのでしょうか。男女の性別役割分業意識などの文化的な背景や男女の学歴・所得格差など、要因はいくつかありますが、筆者が着目しているのは「知識の獲得機会の欠如」と「産後の環境」です。
まず、「知識の獲得機会の欠如」に着目している理由を説明します。日本では、男女問わず、「育児」に関して現行の義務教育・高等教育での教育機会がありません。現状は育児知識の全くない男女がいきなり親になるケースが多く、虐待が起きる要因の1つとも考えられています。虐待防止の側面からも、昨今は母子保健法が整備され、妊娠中の女性を対象とした自治体主催の「母親学級」や助産師訪問が普及するようになりました。
しかし、男性が表立って参加できる教育機会はまだ少ないのが現実です。「両親学級」と謳っている講座もありますが、その内容は母親中心の講義が多く、疎外感を感じる男性も少なくありません。
男性側の家事知識獲得機会が欠如
また、家事の知識に関しては、特に男性側の知識獲得機会が欠如しています。通常、女性は義務教育課程の「家庭科」で家事の基本的な知識を習得する機会があります。一方で、男性の年齢によっては、「男子は技術」「女子は家庭科」と分かれていた時期に育った人もいます(今は、男女ともに「家庭科」が義務教育課程に入るようになりました)。
加えて、家庭環境が影響している場合も多いでしょう。「男は仕事、女は家庭」といった性別役割分業意識が強い親のもとでは、「男子厨房に入るべからず」と息子を家事から遠ざける家庭も散見されます。こうした「上げ膳据え膳」での実家暮らしが長い男性の場合、自らの家事の知識・スキルが足りないことにさえ気づかずに、父親になる場合もあるでしょう。
ちなみに、筆者天野の夫は義務教育で家庭科を習わなかったためか、あるいは家庭環境のためか、料理はもとより、家事がほとんどできませんでした。結婚直後、夫の引っ越し荷物の底からボタンの取れたシャツやズボンが複数出てきて驚いたのですが、夫から「裁縫ができずボタンが付けられない。実は着られるシャツが減って困っていた」と打ち明けられました。
あきれ気味の筆者でしたが、習っていないのであれば仕方がありません。実は男性側も家事スキルの欠如に困っていたのです。「ゼロコミット男子」は男性側のマインドセットの問題もありますが、意図せずして知識獲得の機会を得られなかったケースも多々あります。「家庭科」は、生活を営むために性別を問わず必要な科目ですが、その存在意義をまざまざと見せつけられた、筆者にとって忘れられない出来事でした。
夫婦の関係性を決めるのは乳幼児期
次に、「産後の環境」に、筆者が注目している理由を説明します。よく言われるのが、里帰り出産によって生じる夫婦間の「育児スキル」格差です。
産後の母体にとっては、慣れない育児をサポートしてくれる実母(義母の場合もある)の存在は非常にありがたいのですが、里帰り出産は育児のスタート時期にタイムラグが生じるため、夫婦間で育児スキルの差が大きく開いてしまうのです。
妻の里帰り期間中、独身時代に戻ったかのように、好きなだけ仕事や遊びに時間を使う夫もいる一方で、妻は育児と格闘する日々が始まります。こうして先に育児スキルを身につけた妻は、自宅に戻ったら、育児スキルが全くない夫とともに育児をしなければなりません。いわゆる「産後クライシス」を招く原因は、この育児スキルの差も一因だと言われています。
一方、東レ経営研究所の渥美由喜氏が示す「女性の愛情曲線」によると、子どもが巣立った後、女性の愛情が下降してそのまま「愛のない夫婦」になるか、愛情が徐々に回復して「愛のある夫婦」になるかは、出産直後から乳幼児期の夫のふるまいにかかっているそうです(図1─4)。
また、男性の中には、妻の出産後もこれまでの働き方を変えずに(あるいは変えられずに)、夜遅くに帰宅する人もいます。残念ながら、そうした環境下で男性が育児の実態を理解するのはかなり困難です。
妻の妊娠中は育児参画に意欲を燃やしていた男性が、家事育児に関する知識獲得の機会の欠如や産後の子育て環境などが原因で意欲冷却してしまい、結果的に「ゼロコミット男子」となってしまうのは、余りにもったいないと感じます。しかし、妻の出産直後に夫が育休を取ることができ、一定期間家事育児にコミットすることが可能になれば、話は別です。
男性の育休は、妻の出産後も男性の家事育児参画が継続するかしないかを決定づける、重要な契機と言えるでしょう。
外部リンク東洋経済オンライン