今から備えておけることは?(写真:South_agency/iStock)

菅政権が誕生した。新型コロナウイルス(以下コロナ)と景気対策を最優先課題として取り組むと表明しているが、前途は多難だ。景気が回復するためには、コロナの流行が下火にならなければならないが、当面、そうなる可能性は低いからだ。

9月21日、世界保健機関(WHO)は、その前の週の世界での感染者が約200万人と過去最多だったと発表した。現在、感染拡大の中心はインド、アメリカ、ブラジル、アルゼンチンなど、アメリカを除いては熱帯から南半球だ。ただ、今後、冬場を迎える北半球では感染拡大の懸念がある。すでに、スペイン、フランス、イギリスでは感染が拡大し、各国は対応を迫られている。スペインでは首都マドリードの一部の地域でロックダウン、フランスでは屋外でのイベントの入場者制限、午後8時以降の屋外での酒類販売と飲酒の禁止、イギリスでは飲食店の深夜営業禁止や在宅勤務が推奨されるようになった。

日本は死者数以上に経済的なダメージが深刻

日本の対応は対照的だ。9月18日に「Go Toトラベル」の東京発着旅行を解禁、19日にはイベント制限を緩和したし、10月からは海外との渡航制限も一部解禁するという。朝日新聞は9月23日朝刊の1面トップに「全世界から入国、来月再開 観光客除き1日1000人程度 留学生は全面解禁 政府検討」という記事を掲載している。

政府が経済活動再開を焦るのは、日本の経済状況が悪いからだ。見づらくて恐縮だが、下記の表は主要国の4〜6月期のGDP成長率とコロナによる死亡者数の関係などを示している。

(外部配信先では表を全部閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください)


日本の人口10万人当たりのコロナによる死者数は1.19人(9月23日現在)で、欧米諸国よりははるかに低い。ただ、東アジアに限定すれば、日本は1人負けだ。人口10万人当たりの死者数は中国0.33人、韓国0.73人、台湾0.03人よりも悪い。東南アジアのベトナム0.04人、タイ人0.1人、マレーシア0.4人にも及ばない。

日本の特徴は死者数以上に経済的なダメージが深刻なことだ。2020年4〜6月期のGDP成長率はマイナス7.9%で、中国(プラス3.2%)、台湾(マイナス0.6%)、韓国(マイナス3.3%)を大きく下回り、大流行したアメリカ(マイナス9.5%)に近い。

このように考えると、日本のコロナ対策には大きな問題があると言わざるをえない。政府や専門家は、第2波での死者が少ないことを強調するが、国民は不安なのだろう。だからこそ、経済活動が停滞する。最初からPCR検査を拡充するなど海外と同様にやっていれば、影響ははるかに少なかったかもしれない。

今後、日本はコロナ対策を強化しながら、経済活動を推し進めなければならない。ただし、冬場に向けて再び感染が広がる「第3波」が到来してもおかしくない。WHOのまとめによると、9月9日現在、35種類のワクチンが臨床試験に入っていて、このほか、145種類が前臨床の研究段階にある。

8月11日、ロシア保健省は、国立ガマレヤ研究所が開発したウイルスベクターワクチン「スプートニクV」を承認したと発表し、アメリカ疾病対策管理センター(CDC)は、各地の保健当局に対して、11月にコロナワクチンの接種を開始できるように準備するように指示している。

ロシアのワクチンに世界中から疑義集まる

しかしながら、ロシアのワクチンについては、世界中の専門家が疑義を呈している。このワクチンの臨床研究は、9月4日にイギリスの『ランセット』誌に発表されたが、イタリアなどの研究者が、偶然にしてはほぼありえない結果についての説明や、不足情報の提示を求める「コレスポンデンス」を編集長に送っているが、ロシアの研究者たちは、疑義には回答しないと表明している。

ロシア以外のワクチン開発についても、第3相試験の結果が出るまではわからない。9月にはイギリスのアストラゼネカ社が実施しているコロナワクチンの治験で、横断性脊髄炎と考えられる重大な副作用が生じ、治験が中断した。

このワクチンは、コロナウイルスがヒト細胞に侵入するのを助けるスパイクタンパク質をコードする遺伝子を、風邪の原因となるアデノウイルスに移植したものだ。強い炎症反応が生じるため、海外の治験では1日4グラムのアセトアミノフェンを併用することが推奨されていた。この薬剤の日本での常用量は成人で1.0〜1.5グラムで、4グラムは最大許容量だ。高齢者や小児に処方する量ではない。これだけの解熱剤を使わなければ、接種に伴う炎症反応をコントロールできないのであれば、合併症のリスクは高いと言わざるをえない。

本稿では詳述しないが、アストラゼネカ社以外の企業が開発中のワクチンも一長一短だ。開発が進むにつれ、同様の副作用が報告されるかもしれない。

そもそも、コロナワクチンの効果について、過大な期待は禁物だ。それは、最近になってコロナの再感染が複数報告されているからだ。とくに、8月末にアメリカ・ネバダ大学の医師たちが報告した25歳男性の症例は要注意だ。この症例は、4月に初感染し、その48日後に2回連続で陰性と判断された後、6月に再度、陽性となった。感染したウイルスはシークエンスされ、4月と6月のウイルスゲノムの間には有意な遺伝的不一致があったことがわかっている。

注目すべきは、再感染時の症状だ。詳細は不明だが、初回感染より、再感染のほうが重症だったという。以上の事実は、実際に感染しても十分な免疫がつかないことを意味する。

これは季節性コロナウイルス(新型でない)の免疫に関する報告とも一致する。9月14日、オランダの研究チームが、イギリスの『ネイチャー・メディスン』誌に発表した研究によれば、季節性コロナに罹患しても、半年程度で感染防御免疫はなくなり、4種類の季節性コロナのうち、ある1種類の季節性コロナに罹っても、ほかの季節性コロナの感染は防御できなかった。これは、読者の皆さんが一冬に何度も風邪をひくという経験とも合致するだろう。現時点で、ワクチンの開発成功に過大な期待は抱かないほうがいい。

コロナに備えインフルワクチンを打つという対策

では、われわれは何をすべきだろうか。私はインフルエンザ(以下インフル)ワクチンの接種をお奨めしたい。

なぜ、コロナ対策でインフルワクチンなのだろうか。それは、インフルとコロナ感染は発熱や上気道症状を呈し、臨床症状では区別できないからだ。また、インフルとコロナは同時に感染することがあるし、抗原検査やPCR検査が陰性でも感染は否定できない。今秋以降、インフルとコロナが同時に流行すれば、発熱患者はすべてコロナ感染の可能性があるとして取り扱わねばならなくなる。

インフルは秋から冬の1シーズンで1000万〜1400万人程度が罹患する。感染のピーク時には1日で約30万人が診断される。今年の秋以降、コロナの感染が否定できない発熱患者が大量に生まれる可能性がある。

6月24日、中国国家衛生健康委員会が、中国国内の1日当たりのPCRの検査能力を3月初めの126万件から378万件まで拡大したと発表したのは、インフル流行を念頭においたものだろう。

一方、9月1日現在、日本の検査能力はPCR検査が約6万件で、抗原検査が約3万4000件だ。これではインフル流行時には太刀打ちできない。

日本が貧弱な検査体制で第1波をやり過ごすことができたのは、2019〜20年のシーズンは1月以降にインフルの流行が収束したためだ。発熱で病院を受診する患者が少なかった。もし、インフルが流行していれば、医療現場は大混乱に陥ったはずだ。

今秋以降、そのような状況になれば、コロナ感染が否定できない患者に対しては、病院、自宅、あるいはホテルでの隔離を勧めざるをえなくなる。このような状況に陥るのは避けたい。そのためにはインフルやコロナに罹らないように注意しなければならない。手洗いやマスクなど基本的な対策に加え、私はインフルワクチンの接種を強くお奨めしたい。インフルに罹らなければ、コロナ感染疑いとして扱われずに済むからだ。

実はインフルワクチンを推奨するのは、もう1つ理由がある。それはインフルワクチンがコロナ感染自体をある程度予防する可能性があるからだ。

6月4日、米コーネル大学の医師たちは、イタリアの高齢者を対象にインフルワクチン接種率と、コロナ感染時の死亡率を調べたところ、両者の間に統計的に有意な相関が存在したと報告した。インフルワクチン接種率が40%の地域のコロナ感染の死亡率は約15%だったが、70%の地域では約6%まで低下していた。

インフルワクチンが免疫力全体を活性化?

もちろん、この結果の解釈は慎重であるべきだ。ワクチン接種率が高い地域は、経済的に豊かで健康状態がよい。両者の関係は単なる交絡かもしれない。ただ、彼らはこの点も解析し、その可能性は低いと述べている。

彼らが考えるもう1つの可能性は、インフルワクチンが免疫力全体を活性化し、インフルだけでなく、コロナに対する免疫力を高めたことだ。これは結核予防のために接種されるBCGワクチンが、コロナに有用とされる機序と同じだ。

BCGについても、最近、ギリシャの医師たちから興味深い研究が報告された。彼らは65才以上の入院患者198人を対象に、退院時にBCGワクチンとプラセボを接種する群にランダムに振り分け、その後、1年間に感染症(主に呼吸器感染症)を発症する頻度を調べた。

中間解析の結果は興味深かった。感染症を発症したのは、BCG群で78人(25%)、プラセボ群で72人(42%)であり、その差は統計的に有意だった。BCG接種が感染症発症率を45%減らしたと言えそうだ。

もちろん、この試験は小規模で、さまざまなバイアスが影響している可能性がある。追試が必要だ。また、この試験はコロナが流行する前の2017年に開始されており、BCGワクチンのコロナへの有効性について証明されたわけではない。BCGのコロナの予防効果については、豪州で医療従事者を対象としたランダム化比較試験が進行中であり、その結果が出るのを待たねばならない。現時点で、コロナ対策予防にBCGワクチンを推奨することはできない。

ただ、この手の研究成果は、コロナ流行後、多数発表されるようになっている。9月7日、メキシコの医師たちは、スイスの『アレルギー』誌に、MMRワクチン(麻疹、風疹、おたふく風邪)を接種後、コロナに感染した36例はいずれも軽症であったと報告した。MMRワクチンが免疫全般を活性したためと考えられている、

このような研究結果を総合的に判断すれば、今年はインフルワクチンを接種しておくほうがよさそうだ。

今年のインフル流行、楽観論は禁物

ただ、今年のインフルの流行については懐疑的な声もある。インフルは世界中を循環し、冬場に南半球から赤道を通って日本に流入する。コロナの流行のため、海外との交流が激減している日本では流行は小規模かもしれないと考える専門家もいる。現に、9月13日までの2週間のインフル感染者は7人で、例年の100分の1という。

私は、このような楽観論は禁物と考えている。海外渡航を再開すれば、インフルの流入は避けられないからだ。インフルは2019〜20年のシーズンは流行していないため、日本人の集団的な免疫力は低下している。いったん流入すれば、大流行へと発展する可能性もある。そうなれば、インフルワクチンの需要が高まり、品薄になるはずだ。

日本では65歳以上の人や、60〜64歳で基礎疾患を有する一部の人が、公費での定期接種の対象となっている。それ以外の人は任意接種で、費用は自己負担だ。医療機関によって異なるが、費用は5000〜1万円程度だ。

外来診療をやっていると、「以前、インフルワクチンを接種したが、インフルに罹ってしまいました」と言われる方もいるが、これは誤解だ。そもそも、インフルワクチンはインフルの感染を完全に予防するわけではない。感染率を減らすとともに、もし感染した場合の重症度を緩和するのだ。

外来診療をしていると、このことを痛感する。インフルは普通の風邪と異なり、発熱や倦怠感などの症状が重い。外来の診療室に患者さんが入ってくれば、一目でインフル感染患者とわかることも多い。

ワクチンを打っている場合は違う。一目見ただけでは、普通の風邪と変わらないのだ。私は、冬場に風邪を疑う患者を診察する場合、必ず「インフルワクチンは打ちましたか」と聞くことにしている。接種歴がある場合、たとえ症状が軽くても、インフル検査を実施する。少なからぬ患者が陽性となる。その場合、周囲にうつさないように指導を徹底する。

効果は5カ月程度、確実に接種するには

話を戻そう。インフルワクチンは不活化ワクチンで、感染・複製力を失わせた病原体成分が投与される。このため、ワクチン接種後も免疫力は時間の経過とともに低下する。効果は5カ月程度しか続かない。受験生など、絶対に感染したくない場合には2回の接種も考慮したほうがいいのだ。

実は、我が国ではインフルワクチンの接種者が少ないことが知られている。厚生労働省の「定期の予防接種実施者数」によると、2018年度の65歳以上のインフルエンザの予防接種実施率は47.9%だ。韓国の85.1%、イギリスの72.0%、アメリカの68.7%とは比べるべくもない。

このため、政府は国民全員分のインフルワクチンは準備していない。今年は接種希望者が増えると予想されるため、厚労省は、昨年の冬より7%多い3178万本、最大で6356万人分を準備すると公表しているが、最大でも国民の半分程度ということになる。


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厚労省は定期接種の対象である高齢者や、子どもなど優先度が高い人たちに対して、早めにインフルワクチンを接種するよう呼びかける方針を明らかにしている。そして、それ以外の年齢層については、言明は避けている。これは考えものだ。持病を有する人、高齢者や乳幼児と同居している人など、法定接種の対象外であっても、是非、接種をお奨めしたい。

では、どうすればいいだろうか。例年、早い施設ではインフルワクチンは10月から接種が始まる。確実に接種するためには、職場あるいは最寄りの医師に今からお願いすることをお奨めしたい。