祖父母に補聴器をプレゼントしようとして「質のよい補聴器はスマートフォンやノートPCよりも高価である」ということに気づいたエンジニアが、コスト1ドル(約105円)で製造できる激安の補聴器を開発しています。まだ臨床試験段階までは至っていませんが、この補聴器が製品化すれば、発展途上国の人々を含め、難聴に苦しむ多くの人が救われる可能性があるとのことです。

LoCHAid: An ultra-low-cost hearing aid for age-related hearing loss

https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0238922

This $1 hearing aid could treat millions with hearing loss | Science | AAAS

https://www.sciencemag.org/news/2020/09/1-hearing-aid-could-treat-millions-hearing-loss

「高音が聞き取りにくくなる」といった加齢に伴う難聴により、人との会話が難しくなり、高齢者が孤立し認知の低下が加速するともいわれています。このような難聴症状を持つ65歳以上の人々は世界に2億3000万人も存在しますが、発展途上国の人々にとって補聴器は高級品であるため、なかなか手を伸ばせるものではないとのこと。

インドのムンバイ出身であるジョージア工科大学Saad Bhamla准教授も、かつて祖父母に補聴器をプレゼントしようとしたところ、予算が足りずに購入できなかったという過去を持ちます。質の良い補聴器は5000ドル(約52万7000円)ほどの値段で、質が劣る補聴器でも500ドル(約5万2700円)もするため、発展途上国ではほとんど「贅沢品」の扱いだそうです。

そこでBhamla氏は、手に入れやすい既成パーツを利用した安価な補聴器を新たに開発しました。Bhamla氏と同僚はまず、小さな基板に周囲の音を拾うためのマイクをハンダ付けし、高音を大きくするための増幅器と周波数フィルターを加えました。そして、ボリューム調整、電源スイッチ、市販のイヤホンを利用するためのオーディオジャック、バッテリーホルダーも取り付けたとのこと。

写真に写っている男性がBhamla氏。



このマッチ箱サイズの補聴器は「LoCHAid」と名付けられました。LoCHAidはその小ささゆえに首からネックレスのようにぶら下げることが可能。Bhamla氏によると、大量に製造することが可能になれば、1個当たりのコストは1ドル(約105円)にまで下がるとのことです。



またLoCHAidの優れている点は作り方がGitHubで無料公開されているため、誰でも自分で作ることが可能ということ。自作した場合、かかる時間は30分程度、コストは15〜20ドル(約1600〜2100円)になるとのことですが、それでも十分に安価といえます。

GitHub - bhamla-lab/LoCHAid-2020-PLOS-ONE: Files for low-cost hearing aid (LoCHAid) paper in PLOS ONE

https://github.com/bhamla-lab/LoCHAid-2020-PLOS-ONE



作り方は以下のムービーでも解説されています。

SI Movie1 for Sinha et al. PLOS ONE 2020. Construction of the LoCHAid. - YouTube

Bhamla氏がテストを行ったところ、LoCHAidは低音をそのままの音量に保ちながら、高音だけを15デシベルほど大きくすることが可能だったとのこと。またLoCHAidは犬の鳴き声のような突然発生した大きな音をフィルタリングすることも確認されています。加えて、人工耳のテストでは音声認識を改善する可能性が示されており、WHOの推奨する補聴器の基準6つのうち5つをクリアしました。

ただし、LoCHAidは個々人に合わせて細かく調整したり、難聴以外の病気の治療に利用することはできないという点に制限があります。またLoCHAidは防水性と耐衝撃性を備えているものの、使用から1年半で劣化するとも研究者は述べています。ややサイズが大きいのも難点といえますが、これについては研究者がより小さいバージョンを開発中です。

そして、LoCHAidが製品化するための大きな課題は、臨床試験を通過することにもあります。また難聴の人は自分が難聴であることに気づいていなかったり、補聴器をつけることを「不名誉」だと考えていたりするとのことで、人々に補聴器を浸透させることも、課題の1つとのこと。研究者らは、最終的には老眼鏡のように、処方箋なしでLoCHAidが店頭で入手可能になることを目標に開発を進めています。