林眞琴氏(63)が検事総長に就任したのは7月17日である。それは林氏だけでなく、検察組織全体にとって特別な日だった。

 何しろ法務省、検察庁を巡っては、去年から今年にかけて「黒川問題」という猛烈な嵐が吹き荒れた。その嵐を潜り抜け、ようやくこぎ着けた新検事総長就任の日。しかし、意気揚々と船出したはずの林氏の足元で由々しきスキャンダルが起こっていたことは、まだ全く知られていない。いや、こう表現した方が正確だろうか。新検事総長の船出に水を差すその不祥事を、検察が隠蔽した、と――。

 そもそも、検察組織を嵐の渦に巻き込んだ問題の主役たる黒川弘務元東京高検検事長と林氏の関係は、さまざまな因縁に彩られている。

「船出」早々のスキャンダル

 ともに東京大学法学部卒の二人は司法修習35期の同期で、司法記者によると、

「黒川氏と林氏は早くから『将来の検事総長候補の双璧』と言われてきました」

 総長候補に擬せられる者は捜査畑ではなく、法務省、通称「赤レンガ」の要職を歴任する。その通例にならって赤レンガ派として歩んでいた二人のキャリアに大きな影響を与えたのが、検察組織を揺るがしたあの事件である。2010年、厚労省局長だった村木厚子氏の「冤罪」を巡って発覚した大阪地検の証拠改竄事件だ。

「黒川さんは10年8月に松山地検トップの検事正に就任していたのですが、事件の発覚を受け、就任からわずか2カ月で本省に呼び戻され、『検察の在り方検討会議』の事務局を任されたのです」

森まさこ元法務大臣

 と、法曹関係者。

「その会議で提言を取りまとめた後、翌年には官房長に就任。12年に第2次安倍政権が発足した時もその地位に留まり、結局、16年9月まで官房長を務めた。官邸との太いパイプが築かれたのはこの期間です」

 一方の林氏は、

「大阪地検の証拠改竄事件を受け、最高検の検察改革推進室長に就任。検察の立て直しに力を尽くした後、法務省の刑事局長になっています」(同)

 黒川氏が官房長、林氏が刑事局長を務めていた16年9月、「定年延長問題」に繋がる“事件”が起こる。

「検察上層部が林氏を法務事務次官に、黒川氏を地方の高検検事長に転出させる人事案の承認を求めたところ、官邸が拒否。黒川氏が事務次官に就任し、林氏は刑事局長に留任することになったのです」(同)

 その後、「官邸の守護神」などと呼ばれるようになった黒川氏は19年1月に検察ナンバー2の東京高検検事長に就任。林氏は前年に名古屋高検検事長に転出していた。客観的にはこの時点で、検事総長への道は黒川氏の前に敷かれたように見えるが、そこに立ちはだかったのが当時検事総長だった稲田伸夫氏だ。

「黒川さんが検事総長に就任できるリミットは定年の63歳になる前日の今年2月7日だった。稲田さんがそれまでに辞めれば黒川検事総長誕生となっていたが、林さんに後を託したい稲田さんは総長の地位にあり続けた。そこで繰り出されたのが、黒川さんの定年を半年延ばすという前代未聞の案だった」(同)

 それに加えて政府が、検察幹部の定年延長をその時々の内閣の判断でできるようにする検察庁法改正案を国会で成立させようとしたため批判が巻き起こった。しかしその最中、黒川氏に「賭け麻雀スキャンダル」が飛び出してあっけなく辞任。後任の東京高検検事長には林氏が就き、さらに7月、検事総長に林氏が就任したのである。

 まさに嵐のような日々を経て誕生した林検事総長。だが、林氏が感慨に浸っていられた時間は決して長くなかった。なんと、林氏の検事総長就任を祝う宴席で部下がセクハラを働いたのである。しかもそれはただの部下ではなく、検事総長秘書官という重要な立場にある人物だった。

「検事総長秘書官といえば、検察事務官のトップである東京高検事務局長への登竜門と言われるポスト。ノンキャリの出世コースとしてはかなり良い位置につけていたと言っていいでしょう」

 法務省関係者がそう語る。

「検察庁法には『検事総長秘書官は、検事総長の命を受けて機密に関する事務を掌る』とありますが、その仕事内容を一言で言うなら、『検事総長の付き人』。スケジュール調整の統括などが主な仕事です」

 林氏と同日付けで検事総長秘書官に就任したその人物の名は、ここでは仮に武内氏としておこう。

「武内さんの秘書官になる前の肩書は法務省刑事局刑事課の上席補佐官。林さんに指名され、引っ張られる形で秘書官になったと聞いています」(同)

 最高検関係者が言う。

「飲み会が開かれたのは、7月17日だったそうです。そこにはこれから武内さんの部下になる職員たちも出席していました。宴会は3次会まで続き、2次会から3次会にかけて、武内さんが女性職員に対してセクハラ行為をしたようです」

 検察関係者は、

「林さんが1次会で帰ったのか2次会にも顔を出したのかははっきりしないのですが、『林さんが帰る前から武内さんのセクハラは始まっていた』と指摘する声もあります」

 として、こう明かす。

「セクハラの内容としては、女性の腰に手を回すといった行為の他、『言葉にするのも憚られるほどの言葉のセクハラ』があったと聞いています。『これからウチに来ない?』との発言もあったらしい。被害女性とその周りにいた職員が直訴しコトが発覚しました」

スケベな「嫌われ上司」

 被害の報告を受けた検察上層部の対応は早かった。

「武内さんは7月31日までは最高検の幹部名簿に名前がありましたが、8月1日の名簿では、武内さんの前任者が秘書官に返り咲いています。検事総長秘書官を解任され、東京地検事務局総務課の統括捜査官に異動となりました」

 前出の最高検関係者はそう明かす。

「検察庁内には事務官の等級を表す『グレ(グレード)』というものがありますが、武内さんは今回の件を受けて7グレから6グレに降格になった。グレを落とされるというのは相当なことで、退職金が1ケタ違ってくる、と言う人もいる。16年には、NHKの女性記者と不倫して情報を漏洩し、タクシーチケットまでもらっていた幹部事務官が6グレから4グレに降格となりました」

 現在50代の武内氏。事務官としてのキャリアをスタートさせたのは、東京地検ではなく前橋地検だった。

「地方採用の検察事務官でも、出世すれば東京高検管内に異動になることもありますが、武内さんのケースはその典型例。彼は今も所属は前橋地検で、奥さんも前橋時代の後輩事務官だそうです。ただ、同僚たちの評判は良くない」

 そう話す先の検察関係者が、ある検察事務官に武内氏について聞いたところ、

「セクハラでの解任と聞いても驚きはないですね」

 とした上で次のように語ったという。

「武内さんは下にはパワハラ、セクハラを日常的に行い、上には媚びへつらう、典型的な『嫌われ上司』。下には雑用ばかりやらせて、キツい物言いはしないものの、ネチネチネチネチ細かいことを言う。しかもとにかくスケベで、飲み会の席では必ず女性の隣に陣取るのです」

 林氏は、かような人物をわざわざ指名して検事総長秘書官に就任させたのだ。

怒りをぶちまける森大臣

「林検事総長の船出に大きな傷がつきかねない、ということで検察庁内には厳しい緘口令が敷かれている」

 と、検察関係者(前出)。

「森法務大臣(当時・以下同)にも報告を上げていないのでは、という人もいる。大臣が知れば検事総長の責任問題だと騒ぐ可能性があるから隠しているのではないか、と」

 黒川氏の賭け麻雀問題を受け、森大臣は「法務・検察行政刷新会議」を設置。去る9月10日に4回目の会議が行われたばかりだ。

「検察官の倫理を問う会議がまさに進行している最中に検察事務官のセクハラが公になれば検察組織は相当なダメージを受けることになる。それもあり、森大臣に報告を上げていないのかもしれません」(同)

 一連の経緯について林氏は何と言うか。自宅に帰ってきたところで武内氏のセクハラについて質したが、

「その件は話さない。僕はこういうところでは受けないから。帰って下さい」

 と、歩き去ってしまった。

 自民党総裁選が行われた日、森大臣に今回の件について報告を受けていたかどうか聞くと、

「報告はないです。全くないです。事実ならひどいですね。すぐ隠すんですよ。黒川さんの(賭け麻雀問題の)時も、私のところに報告が来たのはいよいよ記事が出るって時。もういつものことです、この隠蔽体質は。常にそう。大臣には情報を上げない。マスコミを操作する。それの繰り返しですよ。ほんっとうに頭にきますね」

 怒り心頭の森大臣。

「黒川問題を受けて、私が今まさに刷新会議をやっているところで、なんで隠すんです! 本当に、全然懲りてない。早急に事実確認をします」

 取材の途中からは、本誌(「週刊新潮」)記者に「逆取材」を始めた。

「セクハラってどんなだったの?」

――言葉にするのも憚られるようなセクハラ発言と、腰に触るなどの……。

「えっ!? えっ!?」

――林氏の就任を祝う席で。

「えっ!? 祝う席なの!? 総長もいたの!?」

――いたという話も……。

「もー財務次官のセクハラ問題であれだけ大騒ぎになったのに……」

 本誌の取材後、法務省に確認し、報告を受けたという森大臣に改めて聞いた。

「人事権を持つ大臣に降格から2カ月近くも報告がないのは、私はおかしいと思います。黒川さんのことがあれだけ大問題になって、刷新会議でもこれだけ大ごととして取り組んでいるのに、最後までこの隠蔽体質は変わりませんでした。もう、もう、本当にがっかりです」

 法務省のHPでは、森大臣が設置した「刷新会議」で扱われた「検察官の懲戒処分等の概要」という資料が公開されている。

「それを見ると、13年以降、セクハラが13件あったことが分かります。検察官だけでこの数ですから、検察事務官も含めればもっと多いはずです」(全国紙デスク)

 元東京地検特捜部副部長の若狭勝弁護士が言う。

「セクハラをしたとされる今回の事務官は、検察の男性社会的体質にどっぷりと浸かってきたため、旧態依然とした考え方をひきずり、“これくらいなら大丈夫”と思っていたのかもしれません。どちらにせよ林さんからすれば、自分の就任祝いの席で秘書官がセクハラをしたというのは、許せないことでしょう」

 今回の件により、自身の“人を見る目”が曇っていることが満天下に晒されてしまったのだから、林氏の怒りが収まるはずもない。

「週刊新潮」2020年9月24日号 掲載